第113話 伝説の教師。去りゆくあなたへ「バカチンがぁぁ!」
ハティさんが砦へと向かう。
コレットが「クレイグおば様を助けて」って言ったからだ。
僕たちが着いたときには、ハティさんとクレイグさんが対面していた。
あれが?コレットのおばさん?
まだ若い。
そしてアイマスクをしている。
彼女はバルコニーに出ていた。
「アガートラーム!」
ランドルフの怒声。
「その人に近づくな」
向かい風が吹く。
生え際の後退が分かるほど前髪が割れている。
だけれど、そんなこともお構いなしに矢を番えてハティさんを睨む。
ハティさんはそれを一顧だにしない。
「君の目をこの『右腕』なら治すことができる」
ハティさんは静かに言った。
「それには僕の右腕の力を分けることになる。つまりは『眷属』にならないといけない」
彼は眉根を寄せて言った。
「今すぐでなくてもいい。君が決めることだ」
どこか悲しそうに言う。
そうか。欠損を補うだけじゃなく、元の腕のように擬態できる「銀の右腕」。
その「魔法」の腕なら、無理なことじゃない。
「アガートラームっ!」
ランドルフがもう一度呼ぶ。
今度は殺意に満ちた声。
「彼女をたぶらかすな『悪魔』が!」
そう言って矢を放つ。
避けたらクレイグさんに当たるだろっ!
え?
矢が……曲がった?
カーブを描くように横から襲う「矢」。
それをハティさんは飛び退いてかわす。
「エガちゃん……」
残念そうなハティさん。
「また、会おう」
告げるとランドルフの腹に拳を見舞う。
え?何?瞬間移動?
無茶苦茶だよ……チートキャラすぎ。
あの苦戦は一体何だったのさ。
◇
全てが終わり、僕たちは本営から逃げ出した。
少し離れた森で息を整える。
すると、コレットがカクンって膝を折って座り込む。
「あ、あれ?」
不思議そうな顔。
「あはははは、腰が抜けちゃいました」
恥ずかしそうに笑う。
ハティさんが黙って背中を向けてしゃがんだ。
「え?」
「ほら」
ハティさんは不思議そうにするコレットに催促する。
「え…と」
「おんぶ」
ちょ、背中に触られるの、トラウマなんじゃ……
「だいじょうぶ」
そう言ってハティさんが笑う。
コレットが僕の顔を窺う。
僕も笑顔で頷いた。
「じゃあ」
躊躇いがちにコレットがハティさんに寄りかかる。
「よっと」
そう言って立ち上がった。
コレットが涙をこぼし始める。
わかるんだ。
触れているからはっきりと。
ハティさん、震えている。
平気そうに装っているけれど、顔が真っ青。
「ごめん……なさい」
「なにがぁ~?」
コレットの謝罪にハティさんがおどけて言う。
「お礼を言うのは僕の方だよ」
「え?」
「だって、本物の『蕾』をおんぶできるんだもの」
「あははははは」って笑う。
ホント、わざとらしい。
◇
エルフの集落。
ユー・ツリー・ビレッジのハティさんの家に帰ってきた。
「ただいま……あああっ!?」
僕は悲鳴を上げた。
なぜって?
フェンリルナイト&エリーゼさん。アンジェさんが玄関に正座していたからだ。
「ハル・ロッシェ様!」
みんなで土下座する。
あ、ティアさまとジャンヌさんだけは離れたところで見ていた。
「お帰りなさいませっ」
え?いや?なに……なんなの?新手の嫌がらせ?
「私たちは、ハル様のお言葉で目が覚めました」
んん?なんだっけ?
……あっ!
『帰ってきたら覚悟しろよ!それまでの間、今のアンタらが『自分自身を誇れるか』ちゃんと考えておけよ!』
そう啖呵切って、出て行ったんだ。
「私たちは、自分が恥ずかしい!」
ボロボロと涙をこぼし始める。
「コレット、ごめんなさい!」
そう言ってみんな、改めて土下座する。
ティアさまとジャンヌさんを除いてだけど。
それから僕を見る。
いや、なんか怖いって。
「ハル様っ、どうか私めに『罰』をお与えください」
さっきから何なのさっ。
「さあ、我々を『殴って』ください」
いやいやいやいや、あれは勢いだから。
「お願いします!私を『殴って』!」
にじり寄ってくる。
怖い怖い怖い……
「ささ、遠慮なく!思いっきり」
「どこがいいですか?顔ですか?顔いきますか?」
「腹パンですか?」
「踏んづけてもいいですよ?」
「ぜひ、おみ足でグリグリと……」
だから、怖いって。
泣きながら僕に縋りつくなっ!
「私を『殴って』」のコール。
なんなの、この人たちっ、変なテンションだよ!
って、ティアさまぁっなに鼻息荒くしているの!?
「い、いいぞ。このシュチュっ!逆『総受け』とはっ」
タメだ、この人も。
ハティさん、コレット助けて……
なんで顔背けるのさっ!
結局自分でどうにかするしかないのかよ。
何だよ、この「被虐ゾンビ」たち。
僕は席払いした。
「あ~、みなさぁんん、いいですかぁ」
僕はさして長くない髪を、首を振ってかきわける仕草をした。
「人という字はぁ~、ひとりの人間が足を踏ん張って立っているんです」
「はぁ」
突然の演説に、さしもの「被虐ゾンビ」たちが止まった。
「人に罰を与えてもらって、清算できると思ったらまちがいでぇす」
ちょっとシャクレた感じで言ってしまう。
「お前たちは、腐ったミカンじゃなぁい。自立した人間でぇす」
「じ・ぶ・ん、で。罪の意識を持って、己の心で罰するだけでじゅ~うぶんなんです」
「大事なのは、二度と繰り返さないこと。そして、より優しくなることなんです」
僕の言葉に「おお~」と感動の声が漏れ出る。
「しぇんしぇいは、そう、思ってまぁす」
「わかったかっ、このバカチンがぁっ!」
この一喝で、みんなが立ち上がる。
『しぇんしぇ~』
『ハルしぇんしぇ~』
わらわらと僕に抱き着いてくる。
いや、ちょ……おまえら、密集しすぎっ!
潰れるって、「圧潰」するって!
「と、とぉにかく!あの『月』に向かってランニングだ!」
『はい!コーチっ』
苦し紛れの僕の言葉。
みんなで頷いて駆け出す。
……ああ、青春だなぁ。
後ろを見送っていた。
ああ、そのまま去って行ってくれ……
そう思っていたら、エリーゼさんが僕の隣に来た。
ちょっと険しい顔。
え?なに?もしかして殴られる?
「ハル」
唇を尖らせて、ちょっと拗ねた感じ。
頬を赤らめている。
え?なんで胸倉掴むの?
ぐいっと引き寄せられた。
「ありがとう。怒ってくれて」
――― チュッ。
頬に柔らかい感触。
あ、え、ああ……
「カッコよかった」
その言葉と共に僕は卒倒した。
「は、ハル?」
誰かの驚いている声が聞こえたような気がした。




