第106話 「ラザロ・オルレア辺境伯」の真実!娘を守るため無能を演じた男。そして潜入する「村人A」の影
チャプ―――――
湯気が煙る浴室。
私はクレイグさんの手をとって歩く。
「うふふふふふ」
クレイグさんが微笑む。
「どうかしました?」
私の問いに嬉しそう。
「あなたはとても優しい子なのね」
「どうしてですか?」
「こうして私の手をとって、気遣いながら歩いてくれるんだもの」
「ありがとうございます」
私は彼女を誘導して、バスチェアに座らせる。
クレイグさん、相変わらずアイマスクをしている。
「気になる?」
え?この人、見えているの?
「見えていないわよ」
……まさか。
「そう、その『まさか』。私は『視える』のよ。表層心理が」
私は身を引く。
「あなたも、私が怖いの?」
「い、いえ。違います」
「そう。ねえ、コレット。背中を洗ってあげる」
「あ、え?」
「前に座ってくれる?タオルと石鹸も渡してくれないかな?」
「は、はい」
私は警戒しながらもクレイグさんにタオルと石鹸を渡す。
そうして、彼女の前に座った。
泡立てた石鹸を私の背中に広げる。
優しくタオルでこすってくれる。
「痛くない?」
「いえ、とても気持ちいいです」
「うふふふふふ」
クレイグさんがまた笑う。
「コレットは可愛いわね」
そう言って私の脇腹をつつく。
「ひゃん!?」
思わぬ刺激に声を上げてしまった。
「ホント、コレットは可愛いわね」
振り向くと微笑んでいる。
私と同じ、栗色の髪。
「まさか、こんな日が来るなんて思ってもみなかった」
「ランドルフに感謝しなきゃ……『姪っ子』に会わせてくれるんだもの」
私は固まった。
◇
「この木箱は、A棟で良いんですか?」
「おう、頼むわ。数、多いから慌てなくていいぞ。怪我するなよ」
「はい。ありがとうございます」
僕は納品の手伝いをしている。
そして、あえて離れた場所に納品するであろう荷物を選ぶ。
「すみません、A棟ってどこですか?」
僕は検品している衛兵に聞いた。
「ん?ああ、この道をまっすぐ進んで、右側に黄色の旗が立っているだろ。そこを右に曲がった先にあるぞ。札が架かっているから近くまで行けばわかる」
衛兵は何の警戒もなく言う。
「ありがとうございます」
僕はお礼を言うが、ちょっと気になった。
あれ?この人、首都(王都)で見たモブじゃないか?
ハティさんに「スンアナゴ」にされた。
「どうした?あっちだぞ」
衛兵は僕を不思議そうに見る。
「あ……はい」
僕はバレる前に離れた。
……ふふっ、これはいけるぞ。
イケメンぞろいの「魔狼騎士団」にはできない「潜伏スキル」。
そう、僕のこの「ザ・普通」なビジュアル。
すなわち、記憶に残らない「村人A」として溶け込むことができるのだ。
ふははははは、ざまぁ見ろ!イケメンども、悔しかったら真似して見せろ……
――――――空しいな。
◇
「うふふふふふ」
クレイグさんはご機嫌で笑っている。
「コレットの髪は指通りがいいわね」
そう言ってブラッシングしてくれる。
「できた」
手探りでブラシを化粧台に置く。
「さて、と」
そう言って椅子に座り直す。
「何か、聞きたいことがあるでしょ?」
「その……いっぱいあって」
私はいまだに混乱したままだ。
クレイグさん、私を「姪っ子」って。
それって、「私のおばさま」ってことだよね。
「私はまだ30歳前よ。『おばさん』って言われるとちょっと傷つくわね」
え?あ、『視えている』んだった。
「コレットも『視える』のでしょう?」
「はい……」
「苦労するわね。でも、あなたは無事なようで良かったわ。兄さんのおかげかもね」
その言葉に私は拒絶感を覚えた。
私を見てくれなかったお父様。
私を捨てたお父様。
「コレット、怖い『顔』をしないで」
悲しそうな声。
でも、それでも――――
「私はあなたよ」
どういうこと?
クレイグさんはちょっとだけアイマスクをずらした。
ちょっとしか見えなかった。
けれど、その下にはひどい火傷の痕が見えた。
「私は、目を焼かれたの。この『視える』力のおかげで」
私は血の気が引くのが分かった。
「そうよ。もしかしたら、あなたも同じ目に遭っていたかもしれないの」
そして、立ち上がるとベッドへ私を誘った。
(「あの悪魔」が私を監視している。イメージを「視せる」から)
隣に座るよう促し、そっと手を重ねた。
私は、彼女をじっと見つめる。
【高貴なる洞察】が彼女のイメージを鮮明に映し出した。
◇
「クレイグ!」
ラザロお兄様の声。
でも、私は痛みで答えることができない。
「だれが、なぜ、なぜこんな……」
声が震えている。
「ラザロじゃないか」
愉快そうな声。アドニス……
「その女はな、我が妹でありながら『民を惑わした魔女』だ」
私は怒りで歯噛みした。
「何が、『人の心が分かる』。何が、『人の痛みが分かる』だ」
「家族の『心の痛み』を理解せず、癒しもできない出来損ないが」
そうして嘲弄する。
「まあ、なんの取り柄もなく、『力』にも目覚めていない『歩く死体のラザロ』には関係がないかな」
そう言って私に歩み寄る。
「命があっただけでもありがたいと思え」
なにが、「ありがたいと思え」だ。
それだって、お前の「人気取り」のための道具にしたのだろう。
お前は、グリードという男に「私が魔女だ」と告発させた。
そして、嘆き悲しむふりをして人々の同情をかった。
―――あの日。
私が薪の上につり下げられた時。
この男は火を放たれる前に飛び込んできた。そして、人々に懇願した。
「せめて、魔に魅入られた『眼』だけで勘弁してくれ!私の妹なのだ」
人々はその言葉に感嘆した。
そうして命を奪うのを辞めた。
人々はアドニスの言葉通りの行動をとった。
焼き鏝で「眼」を焼いたのだ。
……すべてはこの男、アドニスの思惑だ。
お前が、「悪魔」と手を組んでいたのは知っている。
ジェラルドお兄様を殺した。
アッシュお兄様も殺した。
すべて私は「視て」いた。
その「真実を視ていた私」が邪魔な二人が結託したのだ。
そう、「悪魔」とアドニスが「火刑」を仕組んだ。
「フフフ」
アドニスが笑う。
「余計なことをするなよ」
そう、低い声で言う。
この男は、つくづく……
「ラザロ」
アドニスがラザロお兄様に声をかける。
第二王子のラザロお兄様に対して、第三王子のアドニスが偉そうに―――
「無能で、無気力なお前には国政は任せられん」
ラザロお兄様は、いつも覇気がない。
優秀だったジェラルドお兄様の陰に隠れていた。
「お前向きな領地を用意してやる。そこでゆっくりと余生を過ごすがいい」
そう言って私から離れ、歩いて行く。
「そうだろ?従順に過ごすしか能のない、ラザロ伯爵殿」
肩を叩く音がし、アドニスが去っていく。
「すまない。すまない、クレイグ……」
ラザロお兄様が私に歩み寄る。
冷たいものが落ちてくる。
……「涙」?
「娘を、娘を守るためとはいえ、私は、お前を……」
「お兄様?」
「娘もお前と同じなのだ。王位を継ぐ『資質』を持って生まれた」
ラザロお兄様が震えながら言う。
「私は、娘だけは、あの子だけは、『我らが希望』を守らなければならない」
「私の『眼』が正しければ、あの子こそが、この大陸に巣くう『悪魔ども』から私たちを解放してくれる希望なのだ」
お兄様、まさか……「未来を見通す眼」をお持ちだったの。
「恨んでくれ。許さなくていい、視えていたのならなぜ救ってくれなかったのかと」
「抗うこともなく、逃げ続けるこの兄を、恨んでくれ」
そう言って声を殺して泣き続けた。
◇
―――――え?
私は目の前にいるクレイグさんの顔を改めて見た。
(そうよ、コレット。あなたのお父様『ラザロ』はあなたのために『無能』を演じた)
そう囁く。
「ウソっ、嘘だよっ!」
私はクレイグさんを突き飛ばして叫んでいた。
お父様は私を見てくれなかった。
お話をしてって、遊んでってお願いしても相手をしてくれなかった。
声をかけてもすぐにいなくなってしまう。
お母様も私を見てくれなかった。
すぐにどこかに遊びにいってしまって。
使用人に預けっぱなしで。
「あなたの『眼』には、『視えて』しまうもの」
クレイグさんが呟く。
「うそだよ……そんなの」
なんなのよ、それ。
そんなの、ないよ。
いっぱい、いっぱい意地悪されたんだよ。
お父様もお母様もいないところで。
誰も見ていないところで。
私は要らない子だって……
助けてくれなかったのに。
見てくれなかったのに。
私はどうしたらいいのよ。
誰を、誰を恨んだらいいのよ。
ジャガイモ仲間のみなさんへ
今、改めてご覧いただいている方。
1日の疲れが取れていたら幸いです。
これからお仕事でしょうか?
学校でしょうか?
新生活の始まり?
大変な毎日を日々、着実に積み重ねているみなさん!
目立たなくても、その「芯」はヴィクトリ―です!




