第99話 古傷 ~癒えない彼のトラウマ~
ん~、エルフの集落ってのんびりしていてとってもいいところ。
私、コレットは大きく伸びをした。
ついこの間まで戦場にいたことを忘れてしまうくらい。
変な事件?に巻き込まれたり、温泉に行ってみんなでアイスを食べたり……
こんなに楽しい思いができるのって「お姉ちゃん」に出会ったおかげだ。
お姉ちゃんはとっても頭が良くて、強くて、優しい。
弟のハティさんのことが大好きでいっつもくっつきたがる。
ときどき本当に血が繋がっているのか疑っちゃうくらい。
そういうハティさんも優しいお兄ちゃん。
初めて会った時は噂話のイメージがあったから怖かったけれど。
一緒に過ごすうちに、ちょっとポンコツで面白いお兄ちゃんだって思うようなった。
それなのに、いつも黒い靄のような魔力を抱えている。
私たちと話している時はその靄は消えるんだけれど。
あの「憎い」っていう黒い心の声はなんなんだろう?
今はハルたちがエルフの集落の畑を見に行っている。
ハルってばほんと、頭の中がジャガイモ畑のことばかり。
「珍しい品種ばかり」って今日もウキウキしながら出て行った。
ちょっとは、他のこと……私を気にしても良くないかな?
私の見つけた「雲母」を大切に持っていてくれた。
殺されそうになったとき私を「守るんだ」って助けてくれた。
気にならないわけないじゃない。
そんなことを考えていたらハティさんの後ろ姿が見えた。
麦わら帽子に作業着姿。
……農作業をしに行くのかな?
私は立ち上がると後ろを追いかけた。。
◇
ハティはトマトを収穫している。
エルフの集落は安全だ。
共和政府も手を出せない。
それはアンジェを拘束していたという事実からくる。
長い時をかけて人里を守り続けていたアンジェ。
そして族長の孫娘である彼女を捕らえていたのだから、本来ならば全面戦争だ。
だが、温厚な種族でもある彼らは進んで攻めようとはしない。
それに、彼らエルフはこの戦の「真の黒幕」を警戒している。
その者につけ入らせないためにも、今は体勢を整えている。
ハティはというと、つかの間の休息で気が緩んでいた。
安全な場所という思い込み。
アンジェや姉がいるという心理的な安心感。
彼にとってエルフの集落は故郷に近い雰囲気があり、心地が良い。
精霊たちが活発で、彼を歓迎してくれる。
冗談めかして「こっち(の住人として)こいよ」とまで誘ってくる。
悪い気はしないのだ。
(今日はトマトと鶏肉のパスタにしようかなぁ)
そんなことを考える。
(メインディッシュはトマトグラタン?野菜たっぷりの)
みんなが笑顔でご飯を食べてくれるのが嬉しい。
(トマト尽くしだと食べた感じが同じで飽きちゃうかなぁ)
いっしょに台所に立つのも楽しみだ。
あまりに気が緩んでいたようだ。
後ろから忍び寄るものに、彼は警戒していなかった。
◇
珍しい。
ハティさん、ぜんぜん私に気づいていない。
【高貴なる洞察】で視てもお料理のことばかり。
すっごく楽しそう。
ハティさんはロリ……じゃなくて「蕾愛好者」を自称する。
小さな子を見るととんでもなく甘やかす。
そして不服だけれど、まだ子供の私も猫かわいがり。
う~ん、これだけ無防備だとイタズラしたくなる。
ぎゅって抱き着いたらどんな顔するかな。
いつもみたいに「にへらっ」って笑うのかな?
それとも照れちゃったりして……
私は物音をたてないように後ろから忍び寄った……
◇
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴が響き渡る。
その声にフェンリルナイトたちが集まってくる。
彼らが目にしたのはへたり込んでいるコレット。
そして……
「ご、ごめん、なさい。ゆるして、ゆるして……」
体を震わせて泣いているハティだった。
「いじめないでっ、ぶたないで……」
自分で肩を抱いて震えている。
何かに怯えて震える幼子のような姿。
最狂の魔人の面影はない。
「あ、ああ、わ、わた、わたし……」
コレットも愕然とした顔で座り込んでいる。
彼女もまた、ただ身を震わせていた。
「ハティ!」
エリーゼの悲鳴が聞こえる。
猛然と走ってくる。
「お、おねえ―――――」
コレットが顔を上げてエリーゼを見た。
「弟に触るなっ!」
今まで一度も向けられたことはない。
敵意に満ちた顔。
エリーゼがコレットを突き飛ばす。
「あ……」
何が起きたのかわからないという顔。
呆然と目の前の光景を見る。
地面に伏せるとともに目にしたのは、エリーゼがハティを抱きしめる姿。
「だいじょうぶ、だいじょうぶよ『信繁』……」
そう言って頭を撫でる。
「お姉ちゃんがいるわ。誰にもあなたを傷つけさせない。いじめる奴はお姉ちゃんがやっつけてあげるから……」
そう言い聞かせる。
「お姉ちゃんがいっしょよ。怖くないわ」
エリーゼがハティの額や頬にキスをする。
ハティは「恐怖」から、ただただ震え続けていた。




