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009 その後

「当分勝てる気がしないな。」

「ほっほっほ。鍛えた年数が違うからのう。」


 実際にステータス差というものと技術面での成長を考慮すると、アルベルトがダンドールに勝てる要素はない。例え、魔法を用いて不意を打つことを考えても、今の全盛期ダンドールには通用しない。

 過去のダンドールであれば不意を突けば攻撃を加えることも可能であるが、それでもそれを込みで戦いが進行するため、試合時間が長引くほど微かなズレが発生して、そのズレが閾値を超えた時に勝敗は決する。


「それにしても、結婚してたんだってな。あの後、何があったんだ?」

「儂も結婚するとは思っておらんかったがの、こんな剣馬鹿でも愛するものは出来るわけじゃな。」

「本当だよ。最初聞いたときは信じられなかったくらいだ。」


 アルベルトの印象として、ダンドールが結婚するつもりがないのは明白であり、剣の道に精進して一生を終えるだろうと予想していた。

 それが転生してから結婚しているというのだから、驚かないのも無理はないだろう。


「失礼な奴じゃな。」

「ははは、聞かせてくれよ。」

「ふっ、しょうがないのう。」




 ダンドールはアルベルト死去後、魔王を討伐した褒章として、莫大な富と名誉を得た。ただ、本人としては相打ちになったアルベルトのことで後悔しない日はなく、象徴として舞台に立つ以外は失意の底にあった。

 そんな中で貴族の娘が名誉と血統を狙ってダンドールに群がるものだから、ダンドールとして人間不信になりかけていた。

 魔王を討伐したアルベルトの死を悼まず、己の欲望のままに目が眩んでいる様子は裏切りのように感じたのだ。


「失礼します。」

「……どうなさいましたか?」

「いえ、席が空いておりませんでしたので、相席をお願いしたく。」


 ダンドールは女性の声を聞いたとき、内心またか。と思っており、同じようなパターンを用いて交流を持とうとする貴族というものに辟易とした感情を隠せないでいた。

 本来、その感情を垣間見ることで怯むものだが、貴族の娘にとってはダンドールの感情は興味がないことであった。そもそも察せないもの。察しても、感情ではなく実利で動くもの。貴族という前提に立ち、感情を考慮に入れない人間ばかりだからだ。


「どうぞ。」

「ありがとうございます。」


 その女性は一見して深窓の令嬢のようで、おおよそダンドールが来る店に来客するような人相ではなかった。それが増々ダンドールの心をざわめかせる。

 その日は運が良くなかった。貴族の娘という積み重ねがあって、我慢の限界に近かった。偶々その店の席が埋まっていた。如何にも貴族の娘と言った出で立ちの令嬢が相席を希望した。他にも運の悪かった部分がちらついて見える。その全てが重なり、今日で堪忍の緒が切れたのだ。


「一つ疑問なのだが、何故お前らはアルベルトの死を悼まず、名声に群がるんだ?」

「……それを私に聞いて、どうしようというのです?」

「は……?」


 ダンドールは質問に対して、質問が返ってくるとは考えておらず思考に空白ができる。その空白を埋めるように令嬢の言葉が入りこんでいくと、眉間にしわが寄っていく。

 どうするというのは質問として抽象的であり、何を意図して聞いているか判別がつかないものであった。


「どうする?……分からない」

「……分かりました。一つだけお答えしましょう。」


 令嬢は目を伏せると人差し指を上に立てて、その黄金の瞳をダンドールの黒色の目に合わせた。


「貴方は私が名声に群がる一人に見えたのでしょう。しかし、ご生憎様、私は貴方の名声というものに興味がありません。貴方の名声以上のものを持っておりますので。」

「……。」

「そのように私のことを貴族という型に嵌めている貴方は、果たして彼女たちと違うと言えるのでしょうか?」

「それは……!!」


 令嬢の語った内容としてはダンドールが好ましく思わない令嬢と同じことをしているということであり、ダンドールとしてそれは受け入れがたい内容である。

 だが、同時にそれは妥当な意見として受け入れるべきものでもあり、その事実そのものを理解できるから言葉が続くことはない。


「もうお気づきでしょう。同じことなのです。名声とは見栄えのいい衣装であり、本質を覆い隠してしまうものです。見栄えのいい衣装は人が判断するには容易であり、輝かしいばかりに他のことを見落としてしまいます。」


 学校の制服を着ていれば学生であると判断するように、見栄えのいい分かりやすい情報で人間をどのカテゴリに組み込まれているかを判断する。それは人間にとっては思考を省略できる効率のいい手法である。

 そのため、輝かしさに目を留めることで思考停止に陥り、その人物の本質というものまで思考が進むことはない。何よりも、道行く人全員の本質を掴むには人間の思考力は足りないから。

 それは決して悪いということではなく、その性質をどのように解釈して、自身に落とし込むかというだけである。


「貴族という型を見た貴方と名声という型を見た貴族。どちらも本質的には同じものでしょう。……さて、後は貴方の心の中に何故かの理由はあるのではないでしょうか。」


 同じことを行っているのなら、動機の原点においては共通事項が見えてくるもので、何故貴族の型で見たのかを自問することは本質を掴むには必要なことである。

 ダンドールは思考の海に沈み込んでいく。微かに少女の光を頭の中に埋め込みながら。




「ほっほっほ。今思い出しても恐ろしい奴じゃった。」

「よく結婚したなぁ。」

「まぁの。……今思えば運が悪いのではなく、ロゼに出会うために積み重ねがあったように思える。」


 初対面の人間に対して語るなようでないのはアルベルト、ダンドール両者ともの共通認識であり、どこか苦々しい表情を含ませながらも微笑を浮かべている。

 それでも、ダンドールはその過去を懐かしそうに、愛おしそうに目を細めて思い出すのであった。何度も反復するロゼという少女との思い出は死んでなお、色褪せないものであった。


「ロマンチックだな。」

「うっさいわい。……もうやめ。話はやめ。」

「おいおい、もう少し聞かせてくれよ。」


 アルベルトが揶揄うようにダンドールの肩をどつくと、ダンドールは顔を真っ赤にして、手を顔の前で幾度も振る。

 その様子にアルベルトはによによと笑みを浮かべて、ダンドールの話の続きを聞き出そうとする。


「うっさい。それより、もう一人の嬢ちゃんを放っておいていいのかの?」

「あっ、そうだな。早く外に出ないと。……それはそれとして、続き聞かせてくれよ?」

「……追々話そう。」


 こうして、ダンドールが仲間に加わった。

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