第60話 アリア様、時々ねむ。もう仮面はいりません!
あの、ネプトゥーリア王国との、
歴史的な条約締結から、
数年の月日が、流れた。
私、アリア・ルミナ・アクアティア は、
今も、この国の領主として、
忙しくも、充実した毎日を送っている。
アクアティア公国 の港は、
今や、大陸でも有数の、
活気ある貿易港として、その名を知られていた。
かつて、ネプトゥーリアの黒い船が
浮かんでいただけの海には、
世界中から、色とりどりの帆船が集まり、
人々の、明るい笑い声が、絶えることはない。
私の、ささやかな思いつきから始まった
『海の宝石プロジェクト』は、
今や、この国を支える、
大きな、大きな柱となっていた。
フィンレイ様 は、
今や、アクアティア公国 の、
名実ともに、頼れる宰相だ 。
その知恵と経験で、
若い文官たちを育てながら、
今も、私の傍らで、
的確な助言を与えてくれている。
セーラ は、
私の、一番の親友であり、
そして、筆頭侍女として、
公私にわたって、私を支えてくれている 。
最近、あの吟遊詩人のリオさんと、
なんだか、いい雰囲気らしい。
彼女にも、幸せになってほしいと、
私は、心から願っている。
そして、ケンタ殿 と、
相棒のリュウガ が率いる『ドラゴン便』 は、
アクアティア と、
彼の故郷である、はるか北東の国とを結ぶ、
定期便を開設してくれた 。
彼らが運んでくるのは、
珍しい品物だけではない。
新しい文化、新しい知識、
そして、世界が、こんなにも広く、
多様性に満ちているという、
素晴らしい発見だった。
ちなみに、あのテオン王子は、
約束通り、一年間、
アクアティアの漁港で、
漁師たちと共に、汗を流して働いたという。
国へ帰る時の彼は、
すっかり日焼けして、精悍な顔つきになり、
「……世話になった」と、
ただ、一言だけ、
私に、頭を下げて去っていったそうだ。
彼が、ネプトゥーリアの、
良き指導者になることを、
今は、少しだけ、期待している。
そして……。
今日の、アクアティアは、
国中が、祝福のムードに包まれている。
なぜなら、今日は、
私と、カイ様 の、結婚式だからだ 。
アクアティアの、
青い海が見渡せる、岬の教会。
私は、純白のドレスに身を包み、
隣に立つ、カイ様 の、
たくましく、そして、優しい手を取る。
その、いつもは厳しい顔が、
今日だけは、
これ以上ないくらい、
幸せそうに、綻んでいる。
フィンレイ様が、セーラが、
ケンタ殿が、リオさんが、
そして、アクアティアの民、みんなが、
私たちを、温かい笑顔で、
祝福してくれていた。
(……私、今、すごく、幸せです)
(お父様、見ていてくれますか?)
さらに、数年後。
私は、母となった 。
腕の中には、
カイ様 と同じ、銀色の髪を持つ、
愛しい、私の宝物。
領主として、妻として、そして、母として。
私の毎日は、相変わらず、
てんてこ舞いで、大忙しだ。
でも、その忙しさは、
いつかの、あの胃の痛むような日々とは、
全く違う、
温かくて、幸せな、忙しさだった。
ある日の午後。
私は、一人、
城の宝物庫へと、足を運んだ。
その、一番、名誉ある場所に、
ガラスケースに入れられて、
それは、静かに飾られている。
かつての、私の分身。
私の、弱さを支えてくれた、
『領主の仮面』 が 。
私は、その仮面を、
そっと、ガラスの上から、撫でた。
(ありがとう)
(あなたがいてくれたから、
今の私が、ここにいる)
(怖がりで、弱虫だった私を、
ここまで、連れてきてくれて、
本当に、ありがとう)
「……アリア」
優しい声に、振り返る。
カイ様 が、微笑んで、そこに立っていた。
彼は、私の隣に来ると、
優しく、その肩を抱き寄せてくれる。
私たちは、二人で、
宝物庫の窓から、
きらきらと輝く、
アクアティアの海を、見つめた。
もう、私の顔を、
覆い隠すものは、何もない。
アリア様、今日も笑顔で!
――ええ、もちろん。
もう、仮面はなしで!




