第5話 晩餐会は戦場だ!~フォークとナイフと、腹黒王子の甘い罠~
晩餐会。
その言葉の響きだけで、私の胃は、もうすでに悲鳴を上げている。
だって、だって!
私、お箸の国の人なんだよ!?
フォークとかナイフとか、いっぱい並んでるの見ただけで、頭真っ白になっちゃうんだから!
「アリア様、こちらのドレスはいかがでしょう? きっとお似合いになりますわ」
セーラが、キラキラした瞳で、淡い水色の美しいドレスを広げて見せる。
うん、ドレスはとっても素敵。
でもね、セーラ。今の私に必要なのは、ドレスよりも胃薬と、あと、最強のテーブルマナー講師なのよ……。
「大丈夫ですわ、アリア様。わたくしが、秘密の特訓をいたしましたもの!」
(え、聞いてないんですけど!?)
セーラの「秘密の特訓(という名の、鬼のようなスパルタ指導)」の甲斐あってか、
私はなんとか、公爵令嬢らしい(?)立ち居振る舞いで、晩餐会の会場へと足を踏み入れた。
もちろん、顔には『領主の仮面』。
……ちょっとだけ、口元が動かしやすいように、改良してもらった特別仕様だ。
(これで、スープくらいなら、こぼさずに飲めるはず……たぶん)
会場は、それはもう、きらびやかな別世界。
シャンデリアがキラキラ、美味しいお料理の匂いがふわふわ。
そして、腹黒王子ことテオン殿下が、今日も今日とて、爽やかスマイル(ただし目は笑ってない)で、私に近づいてくる。
「アリア公女殿下。今宵のあなたは、まるで海の女神のようにお美しい」
(うわー、出たよ、口説き文句! しかも、ちょっと古いタイプのやつ!)
「テオン王子こそ、星の光を纏っているかのようですわ」
(私も負けじと、意味不明な褒め言葉で応戦よ!)
そこから始まったのは、まさに「食卓の上の外交戦」。
王子は、美味しい料理を勧めながら、甘い言葉で私を油断させようと、
アクアティアの「盟約」や「特別な恵み」について、しつこく探りを入れてくる。
「ねえ、アリア殿下。その『秘密』、ほんの少しだけ、私に教えてはいただけませんか?
我が国は、アクアティアの良き隣人でありたいと、心から願っているのですよ?」
うるんだ瞳で、そんなこと言われたって……!
(だ、騙されないんだからね! あなたのその瞳の奥には、アクアティア乗っ取り計画が透けて見えてるんだから!)
私は、フォークに刺したお肉を口に運びながら(ちゃんと音を立てずに食べれてる? 大丈夫そ?)、
「あら、王子様。それは、企業秘密ならぬ『国家機密』ですの。
簡単にお教えしては、我が国の初代公爵様に顔向けできませんわ」
なんて、しれっと答える。我ながら、今日の私、冴えてるじゃないの!
そんな中、ふと視線を感じて顔を上げると、
少し離れた壁際で、カイ様が、それはもう真剣な顔で、
こっちの様子をじーっと見守っているのが目に入った。
(うっ、カイ様に見られてると、余計に緊張するんですけどぉ!)
その時だった。
私が、デザートの美しいケーキに手を伸ばそうとした、まさにその瞬間。
テオン王子が、まるで示し合わせたかのように、私に何か話しかけてきた。
驚いた私は、うっかりフォークを取り落とし……。
カシャーン!
……あ。
私のフォークは、見事な放物線を描いて、
テオン王子の、それはそれは立派な上着の上に、べちゃっ。
……生クリーム付きで。
「「「…………」」」
会場が一瞬、しーん、と静まり返る。
(や、やっちゃったーーーーーーっ!!!!)
(終わった、私の人生終わった! 国際問題に発展しちゃう! アクアティア、滅亡の危機!?)
仮面の下で、私の顔はきっと、茹でダコみたいに真っ赤になっているはず。
もう、穴があったら入りたい。いや、今すぐ地球の裏側まで逃げたい!
すると、テオン王子は、少し驚いた顔をしたものの、
すぐに、いつもの胡散臭い笑顔に戻って、こう言ったのだ。
「おや、これはこれは。アリア殿下は、お茶目な一面もお持ちなのですね。
このクリームは、きっと甘いのでしょうな」
そして、なんと、自分の上着についたクリームを、指でくいっと拭うと、
ぺろり、と舐めたではないか!
(ひぃぃぃぃぃぃぃ! なんなのこの人!? 変態なの!? それとも、新しいタイプの嫌がらせ!?)
私の混乱をよそに、会場はなぜか和やかな雰囲気に包まれ、
「アリア公女殿下は、お可愛らしいですな」
なんて声まで聞こえてくる始末。
……解せぬ。
そんなこんなで、私の胃は限界を迎えつつも、
晩餐会は、なんとか(いろんな意味で)お開きとなった。
疲労困憊で自室に戻った私を待っていたのは……。
「アリア様、こちらを」
セーラが差し出したのは、小さな包み。
テオン王子からの、帰り際の「贈り物」だという。
中を開けると、そこには……。
きらびやかな、でもどこか禍々しい雰囲気の、蛇をモチーフにしたネックレス。
(……これって、もしかして、お近づきの印とかじゃなくて、
実は盗聴器とか、呪いのアイテムとかだったりしないでしょうね!?)
(それとも、単に私のセンスを疑ってる、高度な嫌がらせ!?)
私の頭の中は、新たな不安でいっぱいになった。
腹黒王子の真意は、一体どこにあるのやら……。