第53話 仮面よ、さらば、そして本当の私
キィィン!と、
金属が激しくぶつかり合う、
甲高い音が、古代の遺跡に響き渡った。
カイ様 と、鉄壁の騎士ギデオンの、
壮絶な一騎打ちが、始まったのだ。
カイ様 の剣技は、しなやかで、
そして、鋭い。
だが、ギデオンの振るう長剣は、
まるで、巨大な鉄槌のようだった。
一撃一撃が、あまりにも重く、
カイ様 は、防戦一方に追い込まれている。
「リュウガ 、援護を!」
ケンタ の叫びに応え、
上空のドラゴンが、蒼い炎のブレスを放つ!
ネプトゥーリア王国 の兵士たちは、
その圧倒的な力の前に、蜘蛛の子を散らすように
逃げ惑う。
しかし、兵士の数は、あまりにも多い。
炎の隙間をかいくぐり、
何人もの兵士が、
私たちへと、殺到してくる!
「アリア様 から、離れなさい!」
セーラ が、護身用の短剣を抜き、
フィンレイ様 も、重い書物で(!)
必死に応戦している。
吟遊詩人リオの仲間たちも、
勇敢に戦ってくれている。
でも、みんな、傷ついていく。
苦痛に、顔を歪めている。
私の、ために。
この、仮面を被った、
偽りの領主のために。
(……やめて)
(もう、やめて……!)
(私のせいで、みんなが……!)
『領主の仮面』 を着けているはずなのに、
私の体は、ガタガタと震えて、
足は、一歩も動かない。
仮面は、私に、威厳のある声をくれた。
冷静な判断力をくれた。
でも、この状況を、
覆すための力は、くれない。
ただ、見ているだけ。
大切な仲間たちが、
血を流していくのを、
この、安全な仮面の後ろから、
ただ、見ているだけ……!
(……私、一体、何をやっているの……?)
その時だった。
ネプトゥーリア兵の一人が、
カイ様 との激闘で隙ができた、
ギデオンの背後を狙おうとした。
その兵士に、いち早く気づいたのは、
カイ様 だった。
「ぐっ……!」
カイ様 は、ギデオンを庇うように、
その身を投げ出し、
兵士の剣を、自らの肩で受けたのだ。
「カイ様っ!」
私の、悲鳴。
鮮血が、彼の騎士服を、
赤黒く染めていく。
もう、たくさんだった。
もう、見ていられない。
誰かの後ろに隠れて、
誰かの犠牲の上で、
守られるだけの、自分は。
私は、震える手で、
そっと、顔の仮面に、触れた。
もう、これに頼るのは、おしまい。
偽りの自分に、隠れるのは、おしまい。
すっ、と、仮面を外す。
仮面の下から現れた、
私の素顔。
それは、恐怖に怯え、
涙で濡れた、
ただの、十三歳の少女の顔だった。
「……!」
その場にいた、誰もが、
私の、その予期せぬ行動に、
息をのんだ。
カイ様 も、フィンレイ様 も、
そして、私を狙っていた、
テオン王子 までもが。
私は、もう、震えてはいなかった。
涙は、まだ、頬を伝っているけれど。
私は、ゆっくりと、
遺跡の中央にある、
あの祭壇へと、歩き出した。
その手には、
父の形見である、石の円盤と、
そして、固く握りしめた、
青い石――『海神の涙』 のかけらを。
「……テオン王子」
私の、本当の声。
それは、仮面の時のように、
凛としてはいない。
でも、その声には、
確かな、意志が宿っていた。
「あなたが、本当に欲しいのは、
これの力なのでしょう?」
「ならば、お見せいたしますわ。
この、『海神の涙』 が持つ、
本当の力を」
「そして、それを、
あなたのような、私欲のために使えば、
一体、何が起こるのかを……!」
私は、祭壇の前に立つと、
円盤を、その中央の台座に、
静かに、置いた。
そして、青い石を、
その窪みへと、
はめ込もうとした、その時。
(……ごめんなさい、みんな)
(これが、正しい道なのか、分からない)
(でも、これが、私が選んだ、
私の、最後の戦い方だから――!)
私の、言葉と決断が、
この世界の、運命の鍵となる。
その結末が、希望なのか、
それとも、破滅なのか、
それは、まだ、誰にも分からなかった。




