第51話 賢者の隠れ島と、忘れられた遺跡
大海蛇との死闘から、
数時間。
私たちの乗る『さざなみ号』は、
霧の晴れた海の向こうに現れた、
あの、幻の島へと、
静かに、近づいていた。
「……きれい」
思わず、そんな言葉が漏れたのは、
私だけではなかったはずだ。
その島は、まるで、
手つかずの宝石箱のようだった。
エメラルドグリーンに輝く、穏やかな入り江。
白砂の浜辺に打ち寄せる、優しい波。
そして、島の奥深くには、
見たこともない、色とりどりの、
そして、所々が淡く発光しているように見える、
不思議な植物たちが、生い茂っている。
(まるで、おとぎ話の世界……)
(こんな場所が、本当に、
この世に存在したなんて)
私たちは、入り江に船を停泊させ、
小舟で、その美しい砂浜へと上陸した。
メンバーは、私、カイ様 、フィンレイ様 、
セーラ 、そして、ケンタ 殿と、
船長のリオさん。
巨大な竜、リュウガ は、
私たちの頭上を、守るように、
ゆっくりと旋回している。
島の空気は、澄み切っていて、
どこか、甘い花の香りがした。
そして、微かに、
あの石の円盤が放っていたのと
同じような、不思議なエネルギーを
肌で感じる気がする。
「……こちらです」
ケンタ 殿が、何かを感じ取ったように、
島の奥へと続く、
かすかな獣道のようなものを指さした。
私たちは、カイ様 を先頭に、
警戒しながら、その道を進んでいく。
やがて、私たちの目の前に、
それは、姿を現した。
苔むした、巨大な石の建造物。
それは、明らかに、
人の手によって作られた、
古代の遺跡だった。
建物のほとんどは、
長い年月の間に崩れ落ちている。
だが、残された柱や壁に刻まれた、
精密な幾何学模様は、
この場所に、かつて、
私たちの想像をはるかに超える、
高度な文明が存在したことを、
雄弁に物語っていた。
「……これが」
「……『賢者の国』 の、成れの果て、か」
フィンレイ様 が、畏敬の念を込めて呟く。
私たちは、まるで、
聖なる場所に足を踏み入れるかのように、
厳かな気持ちで、
その遺跡の中へと、進んでいった。
遺跡の中心部。
そこは、天井がドーム状に抜けて、
空からの光が、まっすぐに差し込む、
円形の、広い広場になっていた。
そして、その中央。
光が降り注ぐ、ちょうど真下に、
それは、あった。
石造りの、荘厳な祭壇。
そして、その天辺には、
私たちが持つ、あの石の円盤が、
ぴったりとはまりそうな、
円形の台座が、
私たちを、待っていた。
「……ここだわ」
「ここが、私たちの、
目指すべき場所……!」
私が、ゴクリと喉を鳴らした、
その時だった。
「待ってください」
カイ様 の、鋭い声が響く。
彼の視線は、
祭壇の、すぐ足元の一点に、
釘付けになっていた。
そこに、あったのは……。
真新しい、泥のついた、
『ブーツの足跡』だった。
それは、私たちのものではない。
そして、この島に、
何百年も、誰も訪れていなかったのだとすれば、
決して、ここにあるはずのないもの。
「……!」
全員の顔に、緊張が走る。
私たちは、この島で、
歓迎されざる客、というわけでは
なかったのかもしれない。
だが、どうやら、
一番乗り、というわけでも、
なかったようだ。
(誰かが……いる?)
(この、地図にすらない、
幻の島に、私たち以外の誰かが……!)
私の胃は、せっかく訪れた、
しばしの休息時間に、
無情にも、別れを告げた。
そして、全力で、
けたたましい、警戒警報を、
私の体中に、鳴り響かせ始めたのだった。
……本当、空気の読める胃だこと!




