第49話 大海蛇(リヴァイアサン)の咆哮と、空と海の共闘
ゴオオオオオオッ!
渦巻く海の中から、
それが、ゆっくりと姿を現した。
天まで届きそうな、巨大な体躯。
青黒く、濡れた岩のような鱗。
そして、無数の、蛇のような首が、
それぞれに、憤怒に燃える赤い瞳を
私たちに向けていた。
(……う、うそでしょ……)
(なに、この、ラスボス感満載の魔物……!)
(アクアティア公国 近海に生息するという、
シーサーペントの上位種……
いや、それ以上よ、これ!)
「大海蛇……!」
船長のリオが、顔を青ざめさせて叫ぶ。
「まずいぜ! こいつは、
この海域の、古の『番人』だ!」
番人が、私たちを、
侵入者と見なしているのは、
火を見るより明らかだった。
グオオオオオッ!
大海蛇の一つの首が、
咆哮と共に、高速で、
私たちの『さざなみ号』に突進してくる!
「総員、衝撃に備えろ!」
カイ様 が、叫ぶ。
彼と、彼の配下の騎士たちは、
すぐさま、盾を構えて、
私と、セーラ 、そしてフィンレイ様 の
前に立ちはだかった。
しかし、その絶望的な一撃が、
私たちに届くことはなかった。
「リュウガ!」
空から、ケンタ の鋭い声が響く!
次の瞬間、瑠璃色の巨体――
リュウガ が、疾風のごとく降下し、
その屈強な爪で、
大海蛇の首を、力強く弾き返したのだ!
(すごい……!)
「ケンタ 殿!」
「ここは危険だ!
アリア様たちを、安全な場所へ!」
空と船の上で、
短い会話が交わされる。
しかし、大海蛇は、
一撃を防がれたことで、
さらに怒りを増したようだった。
海が、荒れ狂う。
残りの、全ての首が、
空のリュウガ と、
海の上の私たちを、同時に、
攻撃対象と定めたのだ!
リュウガ は、巧みに攻撃をかわし、
時折、蒼い炎のブレスを吐きかけるが、
大海蛇の鱗は、硬く、
決定的なダメージには至らない。
私たちも、船を必死に操り、
カイ様 たちが、迫りくる波や、
飛んでくる岩のような鱗から、
身を挺して船を守ってくれている。
だが、このままでは、ジリ貧だ。
(どうしよう……!
このままじゃ、みんな、やられちゃう!)
(何か、何か、私にできることは……!)
私は、仮面 の下で、必死に頭を巡らせた。
その時だった。
私が、お守りのように、
ぎゅっと握りしめていた、
あの石の円盤が、
まるで、大海蛇の殺気に呼応するかのように、
再び、淡い青白い光を放ち始めたのだ。
そして、大海蛇の、
いくつかの首の動きが、
ほんの一瞬だけ、止まったように見えた。
(……これだわ!)
「カイ様! リオさん!」
私は、腹の底から、
ありったけの声で、叫んだ。
「あの魔物の注意を、
一瞬でいい、私に引き付けてください!」
「アリア様!? 無茶です!」
カイ様 が、叫び返す。
「いいから、お願い!
勝算は、あります!」
(嘘! 勝算なんてない!)
(でも、やるしかないのよ!)
私の、ただならぬ気迫に、
カイ様 も、リオも、
一瞬、ためらった後、
「……分かりました!」
「姫様に、賭けてみようぜ!」
と、覚悟を決めてくれた。
カイ様 たちが、船の上で、
盾を打ち鳴らし、大声を上げて、
大海蛇の注意を引く。
リオは、船を、危険を顧みず、
魔物の目の前で、大きく旋回させた。
その、ほんの数秒の隙。
「ケンタ殿!」
私は、空に向かって叫ぶ。
「あの魔物の、一番大きい首!
その眉間を、狙ってください!」
そして、私は、
光り輝く、石の円盤を、
船べりで、高く、高く、
天に、そして、魔物へと、
掲げたのだ!
「いでよ、アクアティアの奇跡!
我が声に応え、
古の力を、今、ここに示せ!」
(……な、なんか、私、
すごい、それっぽいこと言ってる!?)
(でも、もう、ヤケクソよ!)
円盤が、私の叫びに応えるように、
これまでで、一番強い光を放つ!
大海蛇の、全ての目が、
一斉に、私へと向けられた!
その、巨大な的が、
完全に、動きを止めた、
その一瞬を、
空の上の、竜騎士は、
見逃さなかった。
「今だ、リュウガ! 行けぇぇぇぇぇっ!」
瑠璃色の軌跡が、
空から、海へと、
一直線に、突き刺さっていく。
私たちの、そして、
アクアティア の運命は、
その一撃に、託されたのだ!




