第46話 竜の裁定、そして差し伸べられた翼
天から舞い降りた、
巨大な瑠璃色のドラゴン、リュウガ 。
その圧倒的な存在感の前に、
私たちは、言葉を失っていた。
アクアティア も、ネプトゥーリア もない。
ただ、伝説の生き物と、
それに乗る、一人の青年がいる。
それが、この場の、絶対的な真実だった。
(……ドラゴン……)
(本物、なのよね……?)
(なんだか、もう、胃が痛いとか、
怖いとか、そういう次元を
通り越しちゃった気がするわ……)
最初に、我に返ったのは、
やはり、あの腹黒王子だった。
テオン王子 は、驚愕に歪んでいた顔を、
すぐに、いつもの計算高い表情に戻すと、
竜上の青年、ケンタ に向かって、
船の上から大声で呼びかけた。
「空を駆る、謎の旅人よ!
我々は、海洋大国ネプトゥーリア王国 である!」
「我々は、あの小国の姫が、
古代の危険な兵器を暴走させたため、
それを保護、管理しようとしていただけのこと!」
「どうか、我々に加勢願いたい!
あの危険な姫を、共に捕らえようではないか!」
(な、なんですってー!?)
(どの口が、そんな嘘八百を並べるのよ!)
(私の、渾身のハッタリだった「神の警告」を、
本物の「危険な兵器」にすり替えるなんて!)
(悪知恵だけは、本当に天下一品ね、あの王子!)
私が、怒りで反論の言葉も出ずにいると、
空中の青年――ケンタ が、
静かに、しかし、その場にいる
全ての者に聞こえる、不思議なほど
よく通る声で、口を開いた。
「……危険な兵器、か」
「俺の目には、
強大な軍事力で、
小さな船を追い詰めているようにしか、
見えないがな」
その言葉に、テオン王子の顔が、
ぐっと歪むのが見えた。
ケンタ と名乗った青年は、
今度は、私の方へと、視線を向けた。
その真っ直ぐな瞳に、
私は、なぜか、心臓がドキリと音を立てる。
「そちらの、仮面の姫君。
あんたの言い分も、聞かせてもらおうか」
「……!」
私は、ゴクリと喉を鳴らし、
震えそうになる声を、必死で抑え込む。
今、この一言で、
全てが決まるかもしれない。
私は、『領主の仮面』 の奥から、
ありったけの勇気を振り絞って、答えた。
「わたくしは、アクアティア公国 領主代行、
アリア・ルミナ・アクアティア と申します」
「兵器などではございません。
我々は、ネプトゥーリア の度重なる脅迫から、
国に伝わる、最後の希望である
『海神の涙』 を守るため、
海の神に、ただ、祈りを捧げていただけのこと」
「その祈りに、神が応え、
奇跡の光が現れたのを、
彼らは、力ずくで奪おうとしているのです!」
私の、悲痛な、しかし、
嘘偽りのない言葉。
ケンタ は、じっと、私の目を見つめている。
まるで、私の心の奥底まで、
見透かそうとしているかのように。
しばらくの沈黙。
やがて、ケンタ は、
ふっと、口元を緩めた。
「……なるほどな。
事情は、だいたい理解した」
彼は、再び、ネプトゥーリアの船へと向き直る。
「ネプトゥーリアの王子とやら。
悪いが、あんたたちの争いに、
これ以上、手を出すつもりはない」
「だが、この姫君と、
彼女が守ろうとしているものは、
どうやら、俺たちの探しているものと、
浅からぬ因縁があるらしい」
「よって、彼女とその船は、
俺が引き受けさせてもらう。
……異論は、ないな?」
それは、質問の形をしていたが、
有無を言わせぬ、絶対的な決定だった。
背後の、巨大なドラゴン、リュウガ が、
グルルル……と、低く喉を鳴らす。
それだけで、空気がビリビリと震え、
海の猛者であるはずの、
ネプトゥーリアの兵士たちが、
恐怖に顔を引きつらせるのが見えた。
「……くっ!」
テオン王子 は、
生まれて初めて味わうかのような、
完全な敗北と屈辱に、
顔を真っ赤にして、唇を噛みしめている。
だが、彼我の戦力差は、もはや明らか。
「……覚えておれよ、アクアティアの姫……!
そして、謎の竜騎士……!」
呪詛のような言葉を残し、
テオン王子 の船は、
ゆっくりと、しかし、
悔しさを滲ませながら、
その場を離れていった。
嵐が、去った。
後に残されたのは、
私たちの、小さな『さざなみ号』と、
そして、空に浮かぶ、
巨大な瑠璃色のドラゴンだけ。
やがて、ケンタ とリュウガ は、
ゆっくりと、私たちの船のそばまで
降りてきた。
「さて……。
改めて、自己紹介させていただけますか」
「僕は、ケンタ。こちらは、相棒のリュウガ です」
「あなた方の、その『お宝』と、
そして、あなたご自身の運命について、
少し、詳しくお話を聞かせていただいても、
よろしいでしょうか……アリア様」
ケンタ は、そう言って、
穏やかに、微笑みかけた。
それは、あの腹黒王子 の笑みとは違う、
どこか、澄んだ、
不思議な安心感を覚える笑顔だった。
私の胃は、相変わらず、
きゅう、と小さな悲鳴を上げていたけれど。
でも、その痛みは、
もう、ただの絶望の色だけでは、
なくなっているような気がした。




