第43話 地下通路はホラーの香り、そして一筋の光
ゴゴゴゴ……。
私たちの背後で、
石の壁が、完全に閉じた。
ネプトゥーリア兵たちの、
忌々しい捜索の音は、
もう、聞こえない。
代わりに、私たちを包んだのは、
ひんやりと湿った空気と、
長い時間、誰も吸ったことのない、
カビと土の匂い。
そして、完全な、光なき闇。
(ひぃぃぃぃぃぃぃ!)
(こ、怖い! 暗い! 狭い!)
(閉所恐怖症じゃないけど、
これは、さすがに心臓に悪すぎるんですけどぉ!)
私の、声にならない悲鳴を、
打ち消すかのように、
カチッ、と小さな音がした。
カイ様 が、手にしたカンテラの
火打石を打った音だ。
ぼんやりとしたオレンジ色の光が、
私たちの、不安げな顔と、
どこまでも続くように見える、
古い石造りの通路を照らし出した。
「……行きましょう、アリア様」
カイ様 が、先頭に立つ。
その背中は、いつも通り、
頼もしくて、大きい。
私たちは、カイ様 を先頭に、
一列になって、その闇の中を
進み始めた。
私とセーラ は、
お互いの手を、ぎゅっと握りしめている。
フィンレイ様 は、学者らしからぬ足取りで、
黙々と後をついてきていた。
(それにしても、この通路……)
(手すりもなければ、非常灯もない)
(安全管理、どうなってるのよ!)
(前世 なら、絶対に、
労働安全衛生法違反で訴えられてるわよ!)
そんな、場違いなツッコミを
心の中で繰り返していないと、
恐怖で、どうにかなりそうだった。
どれくらい歩いただろうか。
カイ様 が、ふと足を止めた。
通路が、大きく崩落して、
道が塞がれている。
「……やはり、手入れがされていないと、
こうなりますか」
カイ様 が、悔しそうに瓦礫を見る。
(うそでしょ……!
ここで、行き止まりなんて……!)
私の心に、絶望が影を落とす。
「いえ、アリア様 。ご心配なく」
カイ様 は、そう言うと、
背負っていた石の円盤を、
そっとフィンレイ様 に預けた。
そして、屈強な腕で、
道を塞ぐ岩を、一つ、また一つと、
動かし始めたのだ!
(か、カイ様……!)
(あなたのその腕、
重機か何かでできてるんですの……!?)
私たちも、必死で、
小さな石を運び、カイ様 を手伝う。
ホコリと汗にまみれながら、
私たちは、文字通り、
自分たちの手で、
未来への道を、こじ開けた。
再び、歩き始める。
すると、どこからか、
微かに、潮の香りがしてきた。
そして……。
ザアァァ……。
波の音。
「潮騒の響き」が、聞こえる。
「……出口が、近いようですな」
フィンレイ様 の声が、
かすかに弾んでいる。
私たちは、最後の力を振り絞って、
光の見える方へと、足を速めた。
そして、ついに、
私たちは、その地下通路を抜け出したのだ!
目の前には、ゴツゴツとした岩肌の洞窟。
そして、その向こうには、
月明かりに照らされた、
夜の海が広がっていた。
「やった……! やったわ、みんな!」
私が、喜びの声を上げた、その時だった。
「……待ってください」
カイ様 が、鋭い声で、
私たちを制した。
彼の視線は、
洞窟の外、海の上の一点を、
じっと見つめている。
その視線の先。
洞窟の入り口から、少し離れた海上に、
一隻の、小さな船が、
明かりもつけずに、
まるで亡霊のように、
静かに、浮かんでいた。
アクアティア公国 の船ではない。
ネプトゥーリア王国 の船でもない。
どこのものとも知れない、
不審な船。
そして、その船の上から、
複数の人影が、
こちらの洞窟の入り口を、
じっと、監視しているのが、
月明かりの下、はっきりと見えた。
(う、嘘でしょ……!?)
(私たちの脱出路、
完全に、バレてたっていうの!?)
城という檻から逃げ出したと思ったら、
そこは、もっと大きな、
海の上の檻の中だったなんて。
私の胃は、安堵したのも束の間、
あまりの絶望的な状況に、
言葉を失い、
ただ、静かに、その活動を
停止しようとしているようだった。
……もう、本当に、休ませてあげたいわ、私。




