第41話 英雄の帰還と、揃いし古代のピース
ザッパァァァン!
あの、大きな水しぶきの音が、
まだ、私の耳の奥で、
何度も何度も、響いている。
(カイ様……! カイ様……!)
城の隠し部屋。
私は、窓に張り付いて、
真っ暗な港を見つめたまま、
ただ、彼の名前を心の中で繰り返すことしか
できなかった。
隣では、セーラ が、
真っ青な顔で、私と同じように祈っている。
フィンレイ様 は、腕を組み、
厳しい表情で、じっと闇を睨んでいた。
港の方からは、
ネプトゥーリア王国 の船の警鐘や、
兵士たちの怒鳴り声が、
嵐のように聞こえてくる。
奪還作戦は、成功したの?
それとも……。
私の心が、絶望の縁に
指をかけようとした、その時だった。
「……アリア様。ご命令通り、
ただいま、帰還いたしました」
隠し部屋の、秘密の扉が、
音もなく開いた。
そこに立っていたのは、
ずぶ濡れで、息を切らし、
いくつかの切り傷を腕に作りながらも、
その瞳に、確かな勝利の光を宿した、
カイ様 の姿だった。
そして、その腕には……
あの、巨大な石の円盤が、
しっかりと抱えられていた!
「カイ様っ!」
私は、思わず駆け寄っていた。
仮面 を着けているのも忘れて、
彼の、冷たい腕にすがりつく。
「ご無事で……! 本当に、ご無事で……!」
「……心配をおかけしました。
この通り、問題ありません」
カイ様 は、少しだけ照れたように、
でも、力強くそう言った。
「おお、カイ殿! よくぞ……!」
フィンレイ様 も、その冷静な仮面をかなぐり捨て、
感極まったように、カイ様 の肩を叩く。
セーラ は、もう、わんわん泣きながら、
「カイ様 の馬鹿ー! 心配させないでくださいませ!」
なんて、言いながら、
急いで薬箱を取りに走っていった。
(よかった……本当によかった……)
私たちは、アクアティア公国 の、
最後の希望を、
確かに、その手に取り戻したのだ。
息をつく間もなく、
私たちは、隠し部屋の中央のテーブルに、
その石の円盤を、厳かに置いた。
そして、私が、
懐から、あの青い石――
おそらくは『海神の涙』 のかけらを、
震える手で取り出す。
(ついに、この時が……)
ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす音がした。
私は、ゆっくりと、
石の円盤の中央にある、
あの丸い窪みに、
青い石を、そっと、はめ込んだ。
カチリ。
まるで、ずっと昔から、
そうなることが決まっていたかのように。
石は、窪みに、
吸い込まれるように、ぴったりと収まった。
その瞬間だった。
円盤に刻まれた、
古代の幾何学模様が、
淡い、青白い光を放ち始めた!
そして、あの青い石からも、
まるで心臓の鼓動のように、
トクン、トクン、と、
光の脈動が、円盤全体へと広がっていく。
「こ、これは……!」
やがて、光は、
部屋の天井へと伸びていき、
そこに、一つの、巨大な映像を映し出した。
それは……無数の星々が輝く、
見たこともない、美しい星空の地図だった。
そして、私たちの耳に、
どこからともなく、
あの、魚市場の老人が口ずさんでいたような、
物悲しく、そして、
どこか懐かしいメロディが、
微かに、聞こえ始めたのだ。
『清めの鈴』 の音色とも違う、
もっと、古く、根源的な、潮騒の歌。
(すごい……! これが、
『潮騒が示す、真実の道』……!)
私たちが、その神秘的な光景に
見とれていた、その時。
「申し上げます!
ネプトゥーリア軍に、大きな動きが!」
見張りの兵士が、血相を変えて飛び込んできた。
「テオン王子は、円盤が盗まれたことに激怒!
港を完全に封鎖し、
城下町で、大規模な検問と、
家屋の強制捜査を始めるとの布告が!」
「なんですって!?」
まずいわ!
このままでは、カイ様 のアジトや、
協力してくれた商人たちが危ない!
そして、この円盤も、
見つかってしまうのは時間の問題……!
(せっかく、希望の鍵を手に入れたのに!)
(このまま、私たちは、
袋のネズミなの……!?)
天井に映し出された、
美しい星の地図。
それは、希望への道標であると同時に、
私たちの、逃げ場のない運命を、
嘲笑っているかのようにも見えた。
私の胃は、安堵したのも束の間、
再び、絶望的な状況を的確に察知し、
猛烈な痛みをもって、
私に警報を鳴らし始めたのだった。
……うん、やっぱり、私の胃、
優秀すぎるわね……。




