第38話 作戦準備(プロジェクト管理は私に任せて!)と、仲間たちの覚悟
「それでは、『プロジェクト・ギデオン』の
準備を開始いたしますわ!」
隠し部屋に集まった、
私、フィンレイ様 、カイ様 、そしてセーラ 。
私は、前世の事務職OL時代 の経験を活かし、
羊皮紙に、それはもう見事な
ガントチャート(工程管理表)を
描き上げて、高らかに宣言した。
「……ぷろじぇくと……ぎでおん……?」
「……がんとか、ちゃーと……?」
三人が、不思議な呪文でも聞くかのように、
首をかしげている。
(うぅ、この世界では、
プロジェクトマネジメントの概念は
まだ早すぎたみたい……)
「え、ええと、つまり、
役割分担と、締め切りを
きっちり決めましょう、ということですわ!」
私は、咳払い一つで誤魔化す。
こうして、私たちの、
文字通り、国の運命を賭けた
秘密の作戦準備が始まった。
まずは、フィンレイ様 。
彼の任務は、作戦の鍵となる、
「偽の火事」を演出するための
特殊な道具の調達だ。
彼は、その広い(そして怪しい)人脈を使い、
王都の裏路地に店を構える、
一風変わった錬金術師と接触した。
そして、派手な煙を出すだけの『発煙筒』や、
触っても火傷はしないけれど、
周囲の温度を急上昇させる『灼熱石』といった、
今回の作戦にうってつけの品々を、
まんまと手に入れてきてくれた。
(フィンレイ様 、あなた、
一体何者なんですの……?)
次に、カイ様 。
彼と、彼が選んだ数名の精鋭騎士たちは、
夜ごと、城の地下で、
潜入と奪還のための、
血の滲むような訓練を繰り返した。
ネプトゥーリア旗艦の見取り図を
寸分違わず再現し、
音を立てずに移動する方法や、
最短時間で目標を確保する手順などを、
体に叩き込んでいく。
その真剣な眼差しは、
見ているこちらの背筋が伸びるほどだ。
そして、セーラ 。
彼女は、持ち前の器用さを活かして、
カイ様 たちが潜入時に使う、
ネプトゥーリア王国 の下級兵士の制服を、
見事に作り上げてくれた。
さらに、城内をうろつく
ネプトゥーリアの「行政顧問団」たちの目を
欺くため、
「あら、奥様、聞きました?
城の食糧庫に、ネズミが大量発生したそうですわよ!」
なんて、絶妙な嘘の噂を流して、
彼らの注意を逸らしてくれる。
(セーラ 、あなたも、本当に
スパイの才能が開花してるわよ……)
そして、私、アリア・ルミナ・アクアティア は……。
「……よし、この通路の長さは、
私の大股で、三十五歩半」
「この角を曲がって、衛兵の詰め所までの時間は、
早足で、二十秒……」
私は、カイ様 が描いた見取り図を、
自分の部屋に、原寸大で描き、
毎日、その上を歩いて、
全ての距離と時間を、
体に、そして頭に、完璧に叩き込んでいた。
司令官である私が、
一番、作戦を理解していなくては、
いざという時に、的確な判断が下せないから。
(……本当は、ただ、怖くて、
何かしていないと、落ち着かなかっただけなんだけどね!)
作戦の準備は、
いくつかの小さなトラブルはあったものの、
驚くほど、順調に進んでいった。
みんな、口には出さないけれど、
この無謀な作戦に、
アクアティアの、そして自分たちの
全てを賭けているのだ。
その覚悟が、隠し部屋に集まるたびに、
ひしひしと伝わってくる。
そして、運命の日を決める時が来た。
フィンレイ様 が、最新の情報を持ち帰る。
「アリア様。三日後の夜、
ネプトゥーリア旗艦にて、
テオン王子主催の、ささやかな宴が
開かれるとの情報を掴みました」
「おそらく、海底遺跡から引き揚げた
『円盤』の研究に、何らかの進展があったことを
祝うためのものでしょう」
「……!」
「宴となれば、船全体の警備は、
かえって手薄になります。
特に、上官たちの意識は、
宴の会場へと集中するはず」
「……決行するならば、
これ以上ない、好機かと」
三日後……。
ついに、その時が来る。
私は、ゴクリと喉を鳴らし、
仲間たちの顔を、一人一人、
ゆっくりと見回した。
フィンレイ様 、カイ様 、セーラ 。
みんな、緊張した面持ちで、
でも、その瞳の奥には、
固い、決意の光が宿っている。
「……分かりましたわ」
私は、『領主の仮面』 の上から、
力強く、頷いた。
「作戦決行は、三日後の夜。
プロジェクト・ギデオン、最終段階へと移行します!」
私の、震える声での宣言が、
ロウソクの灯りが揺れる、
小さな隠し部屋に、静かに響き渡った。
私の胃は、もう、痛みを感じる神経すら、
焼き切れてしまったようだった。
……うん、きっと、これが最強の状態よ、私!




