第37話 鉄壁の騎士と、姫君の奇策
『沈黙のギデオン』。
その男が一人いれば、
百人の兵士にも勝る、と……。
(ひゃ、百人ですって……!?)
(それ、もう人間じゃなくて、
歩く城壁じゃないの!)
(ゲームで言ったら、
絶対に勝てないイベント戦のボスキャラよ!)
隠し部屋の空気は、
先ほどまでの、
かすかな希望に満ちたものから一転、
鉛のように重く、冷たいものに変わっていた。
私たちの「円盤奪還作戦」は、
実行する前に、
とんでもない『壁』に
ぶち当たってしまったのだ。
「……『沈黙のギデオン』。
噂には聞いておりましたが、
まさか、テオン王子が、
彼をここまで連れてきていたとは……」
フィンレイ様 が、苦々しく呻く。
「あの男、剣の腕はもちろん、
一切の私情を挟まず、
ただ、命令だけを遂行する、
鋼の精神を持つと聞き及びます。
買収や揺さぶりは、まず通じますまい」
(うぅ……弱点なしの完璧超人ってこと!?)
(そんなの、どうやって攻略すればいいのよ!)
私の胃が、絶望のあまり、
きゅう、と小さな悲鳴を上げた。
「……ならば」
沈黙を破ったのは、カイ様 だった。
その紫色の瞳には、
恐怖ではなく、
むしろ、闘志の炎が燃え上がっている。
「そのギデオンとやらは、
この私が、全力で引き受けます」
「カイ様!?」
「無謀です!
たとえ、あなた様とて、
ネプトゥーリア最強の騎士を相手に、
無事で済むはずが……!」
フィンレイ様 が、慌てて止める。
「ですが、彼を突破しなければ、
アリア様 のお部屋へは辿り着けません」
(だ、ダメよ、カイ様!)
(あなたまで、無茶なこと言わないで!)
(あなたが、そんなことになったら、
私……!)
私は、仮面 の奥で、必死に頭をフル回転させた。
前世の、しがないOLだった私 だけど、
こういう、絶望的な状況での、
現実逃避的な妄想力だけは、
人一倍だったんだから!
(そうだわ……!)
(正面からぶつかって勝てないなら、
ぶつからない方法を考えればいいのよ!)
(ゲームだって、そうでしょ!?
強いボスは、倒すんじゃなくて、
スルーするのが定石よ!)
「お待ちになって、お二人とも!」
私は、パン!と手を打って、
二人の議論を制した。
「ギデオンを、倒す必要はありませんわ。
彼を、あの通路から、
ほんの少しの時間だけ、
『動かせば』いいのです!」
「動かす……と、申しますと?」
怪訝な顔をする、フィンレイ様 とカイ様 。
「フィンレイ様!
ギデオンに関する、もっと個人的な情報を
集めることはできますか!?
例えば、弱点とか、苦手なものとか……
あるいは、彼が何よりも『優先』するものとか!」
私の、ただならぬ剣幕に、
フィンレイ様 は、ハッとしたように頷くと、
すぐさま、彼の情報網を再び駆使し始めた。
そして、数時間後。
もたらされた情報は、
非常に、興味深いものだった。
ギデオンは、ネプトゥーリア王国 にも、
王家にも忠誠を誓ってはいない。
彼が、ただ一人、絶対の忠誠を誓うのは、
テオン王子、その人自身に対してだけ。
そして、彼の最優先事項は、
いかなる時も、
『テオン王子の身の安全』を守ること、ただ一つ。
「……これですわ!」
私は、ポン、と膝を打った。
一つの、とんでもなく悪魔的で、
そして、最高に意地悪な作戦が、
私の脳裏に、キラリと閃いたのだ。
「……つまり、こういうことですの」
私は、ロウソクの灯りに照らされた
三人の顔を、ぐるりと見回して、
悪戯っぽく、にやりと笑ってみせた。
「テオン王子の部屋に続く通路に、
『偽物の火事』を、起こしますの」
「「「……は?」」」
カイ様 とフィンレイ様 の、
見事なハモリが、再び隠し部屋に響く。
セーラ だけが、目をキラキラさせている。
「もちろん、本当に火事を起こすわけではありませんわ!
煙と、熱と、そして少しのパニックを、
『演出』するのです!」
「煙は、湿らせた藁を燻せばいい。
熱は、錬金術師に頼んで、
特殊な発熱薬でも作ってもらいましょう」
「そして、私たちの仲間が、
『王子のお部屋が火事だー!』と叫びながら、
通路を走り回るのです!」
「……!」
「『沈黙のギデオン』が、
いくら鉄壁の騎士でも、
主君であるテオン王子の身に危険が迫ったと知れば、
どういたしますか?」
「たとえ、それが罠かもしれないと疑っても、
彼は、まず、王子の安否を確認するために、
必ず、その場を動くはずですわ!」
「その、ほんの数分の隙に、
カイ様 が、目的のものを奪還するのです!」
私の、あまりにも突拍子もない、
まるで芝居の筋書きのような作戦に、
フィンレイ様 は、呆気に取られたまま、
口をパクパクさせている。
そして、カイ様 は……。
しばらく、難しい顔で考え込んでいたが、
やがて、ふっと息を吐くと、
「……確かに。
力で敵わない相手には、
知恵で挑むしかない、か。
アリア様……あなたというお方は、
全く、末恐ろしい」
と、呆れたように、
でも、どこか楽しそうに、笑った。
(え、えへへ。それほどでも、ありますわよ!)
(私の悪知恵も、捨てたもんじゃないわね!)
こうして、私たちの「奪還作戦」は、
新たに、『偽装火事パニック作戦』という、
なんとも締まらない名前のサブミッションを
追加することになった。
でも、なんだか、
さっきよりも、ずっと、
勝てる気がしてきたわ!
……まあ、胃は、相変わらず
悲鳴を上げっぱなしだけどね!
がんばれ、私の胃! 主役は、もうすぐそこよ!




