第36話 スパイ大作戦(主に井戸端会議)と、鉄壁のイケメン
アクアティア公国 の、
命運を賭けた、無謀な「円盤奪還作戦」。
その第一段階が、静かに幕を開けた。
作戦名、『ネプトゥーリアを丸裸にしちゃえ!
~ドキドキ☆スパイ大作戦~』!
(……もちろん、私が心の中で勝手に名付けただけだけどね!)
「よろしいですわね、フィンレイ様 、カイ様 」
城の、地図でさえ存在しない隠し部屋。
そこで、私は、ロウソクの灯りを頼りに、
二人に向かって、最終確認を行う。
顔には、もちろん『領主の仮面』 。
気分は、まるでスパイ映画の司令官よ!
(胃は、相変わらずキリキリしてるけど!)
「第一に、情報収集。
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず、ですわ!」
私の号令と共に、
フィンレイ様 が誇る、
アクアティアの諜報ネットワーク(?)が、
一斉に動き出した。
港の酒場では、
フィンレイ様 の息のかかった(?)
ゴシップ好きの漁師のおじいさんたちが、
ネプトゥーリア兵たちに酒を奢りながら、
それとなく、艦内の様子を聞き出していく。
「おう、兄ちゃん、景気がいいねぇ!」
「うちの姫様はケチでよう、
俺たちなんざ、毎日メザシしか食えねぇよ!」
(ちょっと、私の悪評を流すのはやめてほしいんですけどぉ!)
城下町では、
商人たちが、ネプトゥーリアの兵士相手に
商品を売りつけながら、
巧みに、警備の交代時間や、
士官たちの力関係を探っていく。
まさに、これぞ話術の極意!
そして、城内では、
セーラ が、メイドたちの井戸端会議に混ざって、
ネプトゥーリアの「行政顧問団」たちの
好みや、生活リズム、
そして、彼らが時折漏らす不満などを、
一つ一つ、丁寧に拾い集めていた。
(セーラ 、あなた、スパイの才能あるわよ……)
集められた、断片的な情報たち。
それらは、夜ごと、この隠し部屋に持ち寄られ、
大きな羊皮紙の上に、
一つ一つ、書き込まれていく。
「ふむ……。円盤は、やはり旗艦の最上階、
テオン王子の私室に保管されている可能性が高いですな」
「警備は、昼夜を問わず、最低四人一組。
交代の時間は、日の出と、日没直後」
フィンレイ様 が、情報を整理していく。
一方、カイ様 は、
闇夜に紛れて、単独での偵察任務を
幾度となく繰り返していた。
漆黒の海を、音もなく泳ぎ、
ネプトゥーリア旗艦の真下まで接近しては、
船底の構造や、見張りの死角などを、
その目に焼き付けてくる。
(カイ様、あなた、人間じゃなくて
海の忍者か何かじゃないの……?)
彼の持ち帰る、正確無比なスケッチは、
私たちの作戦に、
確かな現実味を与えてくれた。
そして、作戦開始から、五日目の夜。
「……アリア様。ほぼ、全容が掴めました」
フィンレイ様 の言葉に、
部屋の空気が、ピリリと引き締まる。
羊皮紙の上には、
ネプトゥーリア旗艦の、
詳細な見取り図と、
警備体制のタイムテーブルが、
ほぼ完璧に再現されていた。
(すごい……!
まるで、敵の城の攻略マップじゃないの!)
(これなら、イケるかもしれない……!)
私が、ごくりと喉を鳴らした、その時だった。
「お待ちください。
一つだけ、どうしても解明できない点が」
カイ様 が、険しい表情で、
見取り図の一点を指さした。
それは、テオン王子の私室へと続く、
唯一の通路だった。
「この通路だけ、警備の兵士が一人もいないのです。
あまりにも、不自然すぎる」
「罠……ということですの?」
「分かりません。ですが、
あの腹黒いことで有名な王子 が、
これほど重要な部屋の守りを、
手薄にするとは考えにくい。
おそらくは……」
カイ様 の言葉を継いだのは、
偵察から戻ったばかりの、
彼の部下の一人だった。
その顔は、恐怖で青ざめている。
「申し上げます!
カイ様 のご推察通り、
あの通路には、兵士はおりませんでした!
ですが……その代わりに、
通路の入り口に、まるで鉄の壁のように、
一人の男が、ただ、立っておりました!」
「なんですって!?」
「その男……おそらくは、
テオン王子の、側近中の側近。
ネプトゥーリア最強と謳われる、
『沈黙のギデオン』と呼ばれる騎士です!
なんでも、その男が一人いれば、
百人の兵士にも勝る、と……」
ひゃ、百人……!?
そんな、漫画みたいな設定の人が、
本当に存在するっていうの!?
(どうしよう……!)
(私たちの計画、
スタート直前で、とんでもない
『壁』にぶち当たっちゃったじゃないの!)
(しかも、その壁、
物理的にも、戦力的にも、
最強クラスの壁だなんて!)
私の胃は、久しぶりに感じた希望を、
一瞬にして打ち砕かれ、
再び、絶望の悲鳴を上げ始めていた。
……やっぱり、この作戦、
無謀すぎたのかしら……。




