第33話 王子の苦悩
ネプトゥーリア王国 の旗艦、
その豪華な司令室に、
私の書いた返書が届けられた時。
テオン王子は、最初、
鼻で笑ったという。
「……神の、警告だと?
あの小国の姫、何を血迷ったことを」
しかし、書状を読み進めるうちに、
その表情から、余裕の笑みは消え、
やがて、苦々しいものへと変わっていった。
(……というのは、後でカイ様 の
諜報部隊(という名の、港のゴシップ好きおじさんネットワーク)が
仕入れてきた情報だけどね!)
「神罰、だと……?」
テオン王子は、ギリ、と歯ぎしりをした。
「あの光が、本当に古代の神の力だとでも言うのか?
馬鹿馬鹿しい!
ありえん!
だが……もし、万が一、
あれが我々の理解を超えた、
古代の兵器の類だとしたら……?」
腹黒いことで知られる彼 も、
正体不明の、規格外の力の前では、
さすがに慎重にならざるを得ない。
下手に手を出して、
貴重な海底遺跡ごと、
再起不能なダメージを受けては、
元も子もないのだから。
(ふふふ、悩むがいいわ、テオン王子!)
(私のハッタリ地獄に、堕ちるがいい!)
私は、その報告を聞きながら、
仮面の下で、ほくそ笑んでいた。
しかし、テオン王子が、
このまま大人しく引き下がるはずもなかった。
数日後。
ネプトゥーリアからの、
新たな指令が、アクアティアに通達された。
「聖域の海の『保護』を、より厳重なものとする」
「海底遺跡の調査は、
外部への影響を考慮し、一時的に規模を縮小」
「ただし、アクアティア王城、
及び、港湾施設への監視体制は、
これまでの倍に強化する」
「……!」
その報告に、私は息をのんだ。
「……どうやら、我々の『警告』、
半分は成功し、半分は裏目に出たようですな」
フィンレイ様 が、腕を組んで唸る。
「王子は、光の正体が分かるまで、
遺跡に手を出すのを躊躇している。
しかし、その『鍵』を、
我々が握っていると確信し、
我々自身への監視を強めてきた、ということですな」
カイ様 の分析に、私は頷く。
(うぅ……一難去ってまた一難……)
(まるで、モグラ叩きみたいだわ!)
(こっちが一つ叩くと、
あっちから、もっと厄介なのが
飛び出してくる!)
「このままでは、私たちの動きも
完全に封じられてしまいますわ……」
焦りが、私の胸を締め付ける。
「アリア様。こういう時こそ、
第二、第三の矢を放つべきかと存じます」
フィンレイ様 が、にやり、と笑った。
「第二の矢……ですって?」
「ええ。ネプトゥーリアが物理的な圧力で来るならば、
我々は、『情報』で彼らを揺さぶるのです」
その日から、アクアティア公国 の中で、
奇妙な噂が、静かに、しかし確実に
広まり始めた。
酒場では、船乗りたちが、
こんな話で盛り上がった。
「聞いたかい? 最近、聖域の海で、
夜な夜な、青白い人魂が飛ぶらしいぜ」
「ああ。あれは、海の神様の使いだ。
海を汚す不敬な輩を、探し回ってるんだとよ」
市場では、おしゃべりな奥様方が、
こんな噂をひそひそと交わしていた。
「ネプトゥーリアの兵隊さん、
最近、原因不明の腹痛に悩む人が
続出してるんですって」
「まあ、恐ろしい!
きっと、海の神様の祟りだわ!」
(もちろん、全部、
フィンレイ様が仕掛けた、根も葉もない噂話だけどね!)
(でも、こういうのって、地味に効くのよ!)
噂は、アクアティアを訪れる
他国の商人たちの耳にも入り、
やがて、尾ひれがついて、
大陸中に広まっていく。
『アクアティアの海には、
古代の神の呪いが眠っている』と。
ネプトゥーリアの兵士たちの間にも、
少しずつ、動揺と恐怖が広がっている、
という報告も入ってきた。
(よしよし、いい感じよ!)
(私のハッタリも、
世界レベルに羽ばたいたわね!)
しかし、そんな私たちのささやかな反撃も、
テオン王子がいつまで見過ごしてくれるかは分からない。
その日の夜。
カイ様 が、秘密の偵察任務から戻り、
私の執務室へ、一枚のスケッチを差し出した。
それは、彼の部下が、
命がけで遠方から描き写した、
ネプトゥーリアが海底遺跡から引き揚げた、
『古代の遺物』の姿だった。
そこに描かれていたのは、
複雑な幾何学模様が刻まれた、
大きな、石の円盤。
そして、その中央には、
何かが、ぴったりとはまりそうな、
丸い窪みが一つ、空いていた。
「……この形……」
私は、その窪みから、
目が離せなくなった。
まるで、私の知っている、
何かを、待っているかのように……。
(まさか……この窪みは……!)
私の胃は、新たな謎と、
そして、とてつもない可能性の前に、
またしても、悲鳴を上げる準備を始めたのだった。
……本当、休ませてほしいわ、そろそろ。




