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第31話 祈りのメロディと、空を貫く光の柱

年に一度の『海神祭』 。

その日が、やってきた。


今年の港町は、

いつものような、心からの笑顔と

活気に満ちてはいなかった。

道の至る所に立つ、

威圧的なネプトゥーリア王国 の兵士たちが、

祭りの陽気な空気に、

冷たい影を落としている。


それでも、アクアティア公国 の民は、

ささやかながらも、海の神への祈りを捧げ、

伝統の飾り付けを街に施していた。

それは、まるで、

重い圧政に対する、

声なき抵抗のようにも見えた。


(……みんな、頑張ってる)

(だから、私も、頑張らなくちゃ!)


昼間の儀式。

私は、『領主の仮面』 を着けて、

民の前に立った。

領主代行として、

海の平穏と、民の幸せを祈る、

厳かな祝詞を読み上げる。

でも、私の心は、

今夜決行する、

一世一代の大作戦のことで、

とっくにいっぱいだった。

(祝詞、噛まなかったかしら、私……)


そして、運命の夜。

祭りの賑わいが、最高潮に達した頃。

港の広場で、カイ様 が仕掛けた

「陽動」が始まった。

騎士たちが町民に変装し、

派手な(でも怪我人の出ない、絶妙な)

喧嘩騒ぎを起こして、

ネプトゥーリア兵たちの注意を

見事に引きつけてくれている。

(カイ様、さすが! 頼りになるわ!)


その隙に、私はセーラ に手伝ってもらい、

地味な旅装束に着替えると、

城の裏口から、そっと抜け出した。

待ち合わせ場所には、

同じように変装したカイ様 が、

小さな漁船を用意して待っていた。


「アリア様、ご準備はよろしいですか」

「……ええ。行きましょう、カイ様」


私たちの、たった二人の船は、

祭りの喧騒を背に、

闇夜の海へと、静かに滑り出した。


目指すは、岬の裏手、

『竜の寝床』と呼ばれる岩礁地帯。

複雑な潮の流れが、

ネプトゥーリアの大型船の接近を阻む、

天然の要害だ。


フィンレイ様 が算出した、

『星の導きを失いし時』まで、

あと、わずか。

私の心臓は、今にも破裂しそうなくらい、

大きく、速く、鼓動を打っていた。


ついに、その時が来た。

空を見上げると、

満月が、雲に隠れるようにして、

その光をふっと和らげる。

星々の輝きが、一瞬だけ、

弱まったように見えた。


「……今ですわ!」


私は、懐から、

震える手で『清めの鈴』 を取り出した。

そして、息を吸い込み、

古文書から解き明かした、

失われた、古のメロディを、

祈りを込めて、奏で始めた。


りん……りん……。


澄んだ、それでいて、

どこか物悲しい音色が、

夜の海に、静かに響き渡る。


……。

……何も、起こらない。


(だ、ダメだったの……?)

(やっぱり、私の考えすぎだったんだわ……)

私が、絶望に打ちひしがれかけた、

その瞬間だった。


ゴゴゴゴゴ……!


海が、鳴動を始めた。

私たちがいる場所から、少し離れた、

ネプトゥーリアが占拠する聖域の海域。

その中心が、まるで内側から

発光するように、

淡い青色の光を放ち始めたのだ!


「あ……!」


光は、次第に強さを増していく。

そして、次の瞬間。


ズオオオオオオオッ!!


一本の、巨大な、

青白い光の柱が、

一切の音もなく、

海中から、まっすぐに、

天を貫いたのだ!


夜空が、真昼のように照らし出される。

その、あまりにも幻想的で、

神々しい光景に、

私とカイ様は、言葉を失って、

ただ、呆然と立ち尽くしていた。


港町の方からも、

どよめきと、悲鳴のような歓声が聞こえてくる。

祭りに集まっていた、アクアティアの民も、

そして、ネプトゥーリアの兵士たちも、

誰もが、この奇跡としか言いようのない

現象を、目撃したのだ。


やがて、光の柱は、

現れた時と同じように、

すぅっと、静かに消えていった。

後に残されたのは、

いつもの静かな夜の海と、

私たちの、鳴りやまない心臓の音だけ。


「……やったのね、私たち」

「……ええ。ですが、アリア様。

これで、ネプトゥーリアは、

本格的に、この海の『秘密』の存在を

確信したはずです」


カイ様の言葉に、私は頷く。

これは、希望の狼煙。

でも、同時に、

本当の戦いの始まりを告げる、

合図でもあるのだ。


(見てなさい、テオン王子)

(この国には、あなたの知らない力が

眠っているのよ!)

(絶対に、あなたの思い通りにはさせないんだから!)


私の心には、恐怖と同じくらい、

熱い、決意の炎が燃え上がっていた。

胃の痛みも、なんだか、

その熱気で少しだけ、

紛れているような気がした。

……うん、絶対に、絶対に気のせいだけどね!

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