第2話 イケメン騎士様はごまかせても、自分のハッタリはごまかせない!
コンコンコン。
しっかりとした、それでいてどこか遠慮がちなノックの音。
(ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!)
(来ちゃったよ! 来ちゃったよぉぉぉ! あのイケメン騎士様が、私の部屋に直接乗り込んできたよぉぉぉ!)
私の顔から、サァァァァァァ……っと、面白いように血の気が引いていく。
まるで、お気に入りの限定スイーツを目の前で床に落とされちゃった時みたいな絶望感。
「ど、ど、どうしよう、セーラ!? 私、なんて言えばいいの!?」
筆頭侍女のセーラに、蚊の鳴くような声で助けを求める。もう、パニックで頭の中は真っ白けっけよ! 回線ショート寸前!
セーラは、そんな私を見て、ふぅ、と小さくため息をついたかと思うと、いつもの涼やかな笑顔で、こう言ったの。
「アリア様。とりあえず、仮面をお着けになってはいかがでしょう?」
(……それだっ!!!!)
そうだわ! 私にはまだ、この最強アイテム『領主の仮面』様がいらっしゃるじゃないの!
これさえあれば、どんなイケメン騎士様だって、イチコロよ!(いろんな意味で。主に私が胃痛で倒れる的な意味で)
私は、音速もびっくりの速さで(あくまで気持ちだけは)仮面をシュタッと装着!
よし、完璧! 今の私は無敵の領主アリア様!(のはず!)
「……カイ・シルヴァートですわね? どうぞ、お入りになって」
声、震えてない? 大丈夫? 私、ちゃんと領主様っぽい威厳出てる?
ゆっくりと扉が開き、そこには……。
うわぁ、やっぱり何度見ても、カイ様の顔面偏差値、カンストしてるわよね……。
銀色の髪が、部屋に差し込む陽の光をキラキラ反射して、まるで後光が差してるみたい。彫刻みたいに整った顔に、真面目一筋って感じの紫色の瞳。
はぁ~、眼福眼福。……じゃなくて! 今はそんなこと言ってる場合じゃない!
「失礼いたします、アリア様」
カイ様は、騎士らしくピシッとした敬礼をすると、部屋に入ってきた。その堂々たる立ち姿、さすがは近衛騎士団長様である。
(それにひきかえ、私のこのヘッポコぶりよ……。同じ人間とは思えないわ……いや、私、中身は元人間だけど)
「先ほどの評議でのアリア様のご発言、誠に見事なものでございました」
カイ様が、真剣な眼差しで私を見つめてくる。ひっ、目が合うと緊張するから、あんまり見ないでほしいんですけどぉ! 心臓が口からまろび出そう!
「……それで、その、ネプトゥーリア王国が決して無視できない『何か』とは、具体的に、どのようなものなのでしょうか? 港湾警備を強化するにあたり、その『何か』が判明しておりませんと、効果的な防衛策を講じることが難しく……」
(キターーーーーーーッ! やっぱりそこ、突っ込んでくるよねーーーーーっ!)
(知ってた! 絶対聞かれると思ってたけど、いざ聞かれると冷や汗がナイアガラの滝なんですけどぉ!)
私の内心は、今まさに暴風雨の海に投げ出された小舟のごとく大パニック。
でも、仮面を着けたアリア様は、あくまでクール。たぶん。そう信じたい。
「……ふふ。カイ様、あなたは少し気が早すぎますわ」
(な、なんか私、すごい大物っぽいこと言ってる!? 今の言い方、ミステリアスじゃなかった!?)
「『何か』については、まだ……そう、まだ機密事項なのです。適切な時期が来れば、もちろん騎士団長であるあなたには、真っ先にお伝えいたしますわ。それまでは、しばしお待ちになって」
(ご、ごまかせた!? 今の私、めっちゃそれっぽくなかった!?)
(でも、「適切な時期」っていつよ!? そんなもの永遠に来ないんですけどぉ! 明日の天気予報より不確実なんですけどぉ!)
カイ様は、私の言葉に、ほんの少しだけ眉をひそめた。
うっ、やっぱり疑ってる? このイケメン、見た目によらず鋭いんだから! 洞察力高すぎ!
「……承知いたしました。アリア様のお考えがあるのでしょう。ですが、時間はあまりございません。港の警備計画だけでも、早急にご裁可をいただきたく」
「ええ、もちろん。そちらはフィンレイとも協議の上、明日までには指示を出しましょう」
「はっ。では、アリア様のご指示、お待ちしております」
カイ様は、再び美しい敬礼をすると、静かに部屋を退出していった。
パタン、と扉が閉まった瞬間。
「……ぷはぁーーーーーーっ!!」
私は、仮面をバサッと外して、その場にへなへなと座り込んだ。
も、もうダメ。心臓が持たないわ、こんなの。寿命がマッハで縮んでいく……。
「アリア様、お見事でございましたわ」
セーラが、くすくす笑いながら紅茶を淹れてくれる。その紅茶、胃薬入りじゃないと割に合わないわよ!
「見事なわけないでしょー! 完全にハッタリ! その場しのぎのハッタリだよぉ!」
私は、クッションに顔をうずめてジタバタする。誰か私を現実逃避させて!
「どうしよう、セーラ! あの『何か』って、一体何なのよぉ!? 私、何も知らないのに、あんなこと言っちゃったよぉ!」
「まあまあ、アリア様。落ち着いてくださいな。もしかしたら、本当にアクアティアには、アリア様もご存じない『何か』が隠されているのかもしれませんわよ?」
「ええ~? そんな、都合のいい話……あるわけないじゃない……」
とは言ったものの。
(……もしかしたら、あるのかも?)
だって、ここ異世界だし! 私だって、元OLの佐藤ねむが、気づいたらアリア姫になってたわけだし!
どんなファンタジー展開が待っていても、もう驚かないぞ! たぶん! きっと! お願いだから!
「よし、セーラ! 探しましょう!」
私は、がばりと顔を上げた。もうヤケクソよ!
「このアクアティアに眠る、ネプトゥーリア王国もびっくりの、伝説の秘宝か、古代の超兵器か、はたまた、イケメンだらけの秘密結社か……とにかく、何かすごそうなものを探し出すのよ!」
「は、はあ……」
セーラの目が、若干(というか、かなり)「この人、とうとう壊れたか?」って言ってる気がするけど、気にしない!
だって私は領主代行アリア様!(仮面装着時限定だけど!)
善は急げ! というわけで、私とセーラの、「何か」を探す大冒険(主に城内限定、かつ安全第一)が始まったのである!
まずは、お父様の書斎! ここには、アクアティアの歴史に関する古文書とかが、たーくさん眠っているはず!
「うーん、どれもこれも、埃っぽいし、字が難しすぎて読めないわ……」
(前世の私、漢文の授業、華麗に赤点だったしなぁ……古典とか無理ゲー……)
「アリア様、こちらに、少し興味深い記述が……」
セーラが、分厚い革表紙の本の一節を指差す。さすがセーラ、仕事ができる女!
なになに……?
『古の時代、アクアティアの初代公爵は、海の彼方より訪れし賢者と、深き友情の『盟約』を結びたり。その証として、互いに国の宝を交換せしと……』
「盟約……? 賢者……? 海の彼方……?」
なんだか、ちょっとワクワクするキーワードが出てきたじゃないの! これは期待できるかも!
(もしかして、この「海の彼方の賢者の国」っていうのが、ネプトゥーリアも一目置くような、すごい国だったりして!?)
(そして、その国との「盟約の証」が、うちの国の秘密兵器になったりとか!?)
私の脳内では、すでに壮大なファンタジーストーリーが展開され始めていた。
BGMはもちろん、勇ましいオーケストラで! 主題歌は私が歌うわ!(音痴だけど!)
「でも、セーラ。この『盟約の証』って、具体的に何なのかしら? それに、その賢者の国って、今も存在するの?」
「さあ……そこまでは書かれておりませんね。ただ、この書斎の奥の、開かずの間になっている小部屋に、初代公爵様ゆかりの品々が保管されているという言い伝えが……」
「開かずの間ですって!?」
キラーン! 私の冒険者魂(元インドア派OLだけど、こういうのは別腹!)に火が付いた!
これはもう、行くしかないでしょ! 宝探しよ、宝探し!
そんなこんなで、私とセーラが、懐中時計(セーラの私物)の明かりを頼りに、埃っぽい開かずの間に潜入し、ガラクタの山と格闘していた、まさにその時だった。
コンコンコン。
再び、執務室の扉がノックされた。
今度は、さっきのカイ様よりも、もっと年季の入った、落ち着いた音。
「アリア様、フィンレイにございます。先ほどの評議の件で、いくつかご報告と、そして……アリア様のお知恵を拝借したい儀がございまして」
(ひぃぃぃぃぃぃぃ! 今度はフィンレイ様が来ちゃったぁぁぁ!)
私の顔から、再びサァァァァァァ……っと血の気が引いていく。
しかも、「お知恵を拝借したい」ですって!? 私に!? このポンコツOL(中身)の私に!?
無理無理無理! 私の知恵袋、底が抜けてるんですけどぉ!
「ど、どうしよう、セーラ! まだ『何か』見つかってないのに!」
「ふふ、アリア様。とりあえず、仮面をお着けになって、フィンレイ様のお話を伺ってみてはいかがでしょう? もしかしたら、フィンレイ様の方が、何か良い『何か』をご存じかもしれませんわよ?」
セーラの悪魔の(いや、天使の?)囁き。
そうよね、フィンレイ様なら、あのキレッキレの頭脳で、私がハッタリで言っちゃった「何か」を、本当に「何かありそうなもの」にでっち上げて……じゃなくて、見つけ出してくれるかもしれない! 他力本願、最高!
私は、埃まみれの手で、それでも恭しく『領主の仮面』を手に取り、再び、戦場(執務室とも言う)へと赴く覚悟を固めるのだった。
私の領主ライフ、トラブルと胃痛と、ほんのちょっぴりの期待で、今日も絶賛大回転中なのである!
明日はどっちだ!?




