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第25話 小さな光と大きな絶望

ヴェリディア王国からの帰り道、

船上の空気は、重く、静かだった。

得られた成果は、あまりにも小さく、

思い知らされた現実は、あまりにも大きかったから。


でも、アクアティアの港が見えてきた時、

私は、ぐっと顔を上げた。

ここで下を向いていては、

民に、そして側近たちに、

顔向けできないじゃない。


「ただいま、戻りましたわ!」

私は、気丈に、そして精一杯明るい声で、

出迎えてくれた重臣たちに報告した。


評議の間で、私はヴェリディアとの交渉結果――

「非公式ながらも、

独立した商人ギルドを介した、

試験的な取引の約束を取り付けたこと」を報告した。


「おお……!」

「なんと、あのヴェリディアと……!」

重臣たちからは、驚きと、

そして、かすかな安堵の声が漏れる。

たとえ小さくとも、それは確かに、

暗闇の中に灯った、希望の光だった。


(よかった……。みんな、少しは

元気になってくれたみたい)


「この小さな繋がりを大切に育て、

いつか、ネプトゥーリアの支配を

覆す足掛かりに……!」

私が、そう力強く宣言しようとした、

まさにその時だった。


バタン!と、評議の間の扉が、

乱暴に開かれた。

血相を変えた伝令兵が、

息も絶え絶えに叫ぶ。


「も、申し上げます!

ネプトゥーリアの艦隊が、

突如、我が国の港を包囲!

テオン王子が、アリア様との

『緊急会談』を要求しております!」


「「「な……なんだと!?」」」


さっきまでの、ほんのりとした希望の空気は、

一瞬にして、氷のような絶望に変わった。


(やっぱり……! 私たちの動き、

全て筒抜けだったのね!)

(そして、この最悪のタイミングで、

最後のカードを切ってきたんだわ、あの腹黒王子!)


謁見の間に現れたテオン王子は、

もはや、いつものような猫なで声の

外交官の仮面を被ってはいなかった。

その瞳には、獲物を前にした捕食者のような、

冷酷で、傲慢な光が宿っていた。


「アリア姫。君の、その姑息な外交ごっこには、

正直、反吐が出る」

テオン王子は、一枚の羊皮紙を、

私の目の前のテーブルに叩きつけた。

そこには、『アクアティア・ネプトゥーリア間

永年友好安定化条約』と、

なんとも耳触りの良いタイトルが書かれている。


しかし、その中身は……。

・ネプトゥーリアによる、アクアティア港湾管理への「行政顧問団」の派遣。

・アクアティアの軍備に関する、ネプトゥーリアへの定期報告義務。

・聖域の海底遺跡の、ネプトゥーリアによる完全な管理権の譲渡。

……など、アクアティアの主権を、

根こそぎ奪い去るような、

悪魔の契約書だった。


「これは……もはや内政干渉ですわ!

このような条約、到底受け入れられません!」

私は、仮面の下で唇を噛み切りそうなほどの

怒りを込めて、抗議する。


「おや、拒否するのかい?」

テオン王子は、心底楽しそうに笑う。

「それもいいだろう。

だが、その場合、我が艦隊は、

この条約を『武力』によって履行するまでだ。

このか弱い小国が、一夜にして

火の海に沈む光景も、また一興だろうな」


「……っ!」

それは、もはや脅しではなく、

確定した未来の宣告だった。


評議の間は、阿鼻叫喚の地獄と化した。

怒りに震える者、絶望に泣き崩れる者、

ただ、呆然と立ち尽くす者……。


私は、その全てを、

仮面の下で、じっと見つめていた。


フィンレイ様も、カイ様も、

悔しそうに拳を握りしめている。

でも、彼らも分かっているのだ。

今の私たちに、抗う術がないことを。


(……ごめんなさい、お父様)

(ごめんなさい、みんな……)


「……分かりましたわ」

静まり返った謁見の間に、

私の、か細い、でも凛とした声が響いた。


「その条約……

このアリア・ルミナ・アクアティアが、

アクアティア公国の領主代行として、

受け入れましょう」


それが、私が下した、

苦渋の、そして唯一の決断だった。

民の命を、この国そのものを、

一夜の炎から守るための、

たった一つの選択肢。


その日の夕方。

私は、執務室の窓から、

アクアティアの港へと、

続々と上陸してくるネプトゥーリアの

「行政顧問団」と、その護衛兵たちを、

無言で見つめていた。

もう、涙も出なかった。


これで、第一部は、終わり。

私の、甘くて、そして無力だった時代の終わり。


でも、同時に、始まりでもある。

本当の戦いの、始まり。


私は、そっと、顔の仮面に触れた。

その冷たい感触だけが、

今の私が、まだここに立っていることを

教えてくれる。


(見ていなさい、テオン王子)

(今は、あなたの思い通りかもしれない)

(でも、いつか……いつか必ず、

この屈辱を、百倍にして返してあげるわ)

(このアクアティアを、

私たちの手で、必ず取り戻してみせる!)


仮面の下で、私の蒼い瞳に、

静かで、そして決して消えることのない、

復讐の炎が、赤く燃え上がった。

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