第20話 起死回生の新企画!
「……月の雫だけが、真実を映す鏡となる……」
「……だが、その鏡は、時として持ち主を狂わす……」
森の奥の、偏屈な(でも多分すごい)老婆の言葉が、
まるで不吉な呪文のように、
私の頭から離れない。
(月の雫……やっぱり「海神の涙」のことよね!?)
(真実を映す鏡って、一体どんな真実なの!?)
(そして、持ち主を狂わすって……怖すぎるんですけどぉぉぉ!)
執務室に戻った私は、
フィンレイ様とカイ様と一緒に、
うんうんと唸りながら、老婆の言葉を反芻する。
魚市場の謎の老人の言葉 といい、
どうも、私たちの知らないアクアティアの秘密は、
かなり危険な香りがプンプンするみたい。
「『海神の涙』が、もし本当に
強大な力を秘めているのだとしたら……。
ネプトゥーリアがそれを手に入れようと躍起になるのも頷けますな」
フィンレイ様が、難しい顔で腕を組む。
「問題は、その『力』が、
我々にとって益となるのか、
それとも災いとなるのか……。
老婆の言葉は、後者を示唆しているようにも聞こえます」
カイ様の冷静な分析が、私の不安をさらに煽る。
(うぅ……もう、いっそ、
「海神の涙」なんて、見つからない方が
平和なんじゃないかしら……)
(でも、それじゃあ、ネプトゥーリアの言いなりじゃないの!)
そんな私たちの焦りをあざ笑うかのように、
窓の外、ネプトゥーリアが占拠した聖域の海域では、
彼らの船が慌ただしく動き回っているのが見えた。
どうやら、海底遺跡から何かを引き揚げる準備を
本格的に始めたらしい。
(まずいわ……! このままじゃ、
アクアティアの宝も、未来も、
全部ネプトゥーリアに奪われてしまう!)
何か、何か打つ手はないの!?
この絶望的な状況を、
少しでも好転させるような、起死回生の一手は……!
その時だった。
私の脳裏に、ふと、
前世で私が叩き込まれた、
あるビジネス用語が閃いたのだ。
それは……『選択と集中』そして『ブランディング』!
(そうだわ! 今の私たちには、
ネプトゥーリアと正面から戦う力はない!)
(でも、アクアティアにだって、
誇れるものがたくさんあるはず!)
(それを磨き上げて、価値を高めて、
世界に発信するのよ!)
「……フィンレイ様、カイ様!」
私は、勢いよく立ち上がった。
もちろん、顔には『領主の仮面』を装着して!
(こういう時は、形から入るのが大事なのよ!)
「わたくし、一つ、提案がございます!
その名も……『海の宝石☆アクアティア・プロジェクト』ですわ!」
「「……うみの、ほうせき……?」」
フィンレイ様とカイ様の、
見事なハモリが執務室に響く。
うん、二人とも、口がぽかーんと開いてるわよ。
「ええ! 我が国の素晴らしい特産品……
例えば、あの美味しい銀鱗魚や、
神秘的に輝く月光真珠、
そして、丈夫で美しいシーウィード・ペーパー!
これらを、ただの産物ではなく、
『アクアティアブランド』として確立し、
付加価値を付けて、積極的に他国へ売り込むのです!」
(どうだ! これぞ、元OLの底力よ!)
(企画書なら、一晩でっち上げてみせるわ!)
「……なるほど。確かに、我が国の産物の中には、
他国でも十分に通用する品質のものが存在します。
しかし、ネプトゥーリアの圧力が強まる中で、
新たな販路を開拓するのは至難の業かと……」
フィンレイ様が、慎重な意見を述べる。
「それに、そのような商業活動が、
今の危機的状況を打開する一手となるとは……
正直、思えませぬ」
カイ様も、懐疑的な表情だ。
(うっ……やっぱり、反応はイマイチよね……)
(でも、ここで諦めるわけにはいかないのよ!)
「もちろん、これだけで
ネプトゥーリアを退けられるとは思いませんわ!
ですが、何もしなければ、
アクアティアは経済的にも精神的にも
窒息してしまいます!」
「それに、もしこのプロジェクトが成功すれば、
他国との繋がりが生まれ、
外交的な突破口になるかもしれません!
たとえ僅かな可能性でも、
今はそれに賭けるしかありませんわ!」
私の必死の訴えに、
フィンレイ様とカイ様は、
しばらく黙って何かを考えていた。
そして、先に口を開いたのは、フィンレイ様だった。
「……アリア様のおっしゃることも、一理ございますな。
現状を悲観するだけでは、何も変わりませぬ。
この『海の宝石プロジェクト』、
失敗する可能性も高いでしょうが、
試してみる価値はあるやもしれませぬ」
「カイ様は?」
私が恐る恐る尋ねると、
カイ様は、ふっと息を吐いて、
まっすぐに私を見つめた。
「……アリア様が、それほどまでに決意されているのであれば、
私に異存はございません。
このカイ・シルヴァート、
アリア様の剣となり盾となり、
全力でお支えいたします」
(カイ様……!)
その力強い言葉に、
私の胸は、また少しだけ熱くなった。
そして、胃の痛みも、
ほんの少しだけ和らいだ気がした。
……やっぱり、気のせいかもしれないけど。
こうして、ネプトゥーリアの脅威が日増しに強まる中、
アクアティアの、そして私の、
ささやかだけど、大きな希望を込めた
新たな挑戦が始まろうとしていた。
その頃、ネプトゥーリアのテオン王子は、
占拠した海域から引き揚げられた、
古代の遺物らしきものを前に、
満足げな笑みを浮かべていたという。
彼の真の目的は、一体何なのか……。
それはまだ、誰も知らない。




