第1話 仮面領主(初心者)と、腹黒オジサマと、イケメン騎士と、時々、私(ねむ)
重々しいマホガニーの扉。
……うん、何度見ても威圧感すごいわよね、この扉。
まるで、「ここから先は魔王の城だぞぉ~」って言ってるみたい。
(いや、ただの会議室だってば! 私の被害妄想、もっと仕事して! ポジティブ変換プリーズ!)
心の中で、自分自身に激しくツッコミを入れつつ、私は、すぅー、はぁー、と、お上品な(つもりの)深呼吸。
よし、大丈夫。今日の私も完璧な領主様(仮)のはず。たぶん、きっと、お願いだからそうであって!
「失礼いたしますわ」
侍女セーラにそっと背中を押されるような形で、私は一歩、部屋の中へ。
うわぁ……。
やっぱり、今日も今日とて、空気が重たいんですけどぉ!?
長い長いテーブルの上座には、もちろん私の席。
そこからずらりと、コの字型に並ぶのは、我がアクアティア公国の重臣たち。
……うん、見事にダンディ(?)なオジサマ方が勢揃いだね! 知ってたけど! もうちょっと、こう、若手とかいないのかしらね、この国の中枢は! フレッシュさが足りないわ!
しかも、皆々様、揃いも揃って、
「さーて、今日のお姫様は、どんな面白いことをやらかしてくれるのかな?」
みたいな、好奇心と探るような、ちょっと意地悪な視線を向けてくるんだもの。
ひぃぃ、胃が……胃がキュゥってなってきた……。常備薬の胃薬、どこやったっけ……。
「皆様、本日もお揃いですわね」
仮面パワー、発動!
私の声は、自分でも「え、今の私? 声優さん?」って思うくらい、落ち着いていて、鈴を転がすような(と、セーラが褒めてくれたから信じてる)美声だ。
(よしよし、今日も仮面様は絶好調! この調子で一日乗り切るわよ、私!)
私の第一声に、テーブルの向こう側、一番の上座に近い席に座る男性が、すっと優雅に立ち上がった。
この国の宰相補佐であらせられる、フィンレイ・グレイ様。御年四十五歳。(お父様の代からの、超ベテラン。
銀縁眼鏡の奥の瞳は、いつも細められていて、何を考えているのかさっぱり読めない。私にとっては、ラスボス前の強敵、その一である。
「アリア様。本日もご健勝のこと、お慶び申し上げます」
「うむ。堅苦しい挨拶は不要ですわ、フィンレイ。して、本日の議題は、例のネプトゥーリア王国からの、非常に……ええ、非常に『興味深い』書状について、でしたわね?」
(おおっ、なんか私、すごい含みを持たせた言い方してる! 大人っぽい! さすが仮面様!)
(でも、「うむ」とか、やっぱり時代劇の殿様だってば! もう少し可愛い言い方なかったの、私!? 設定年齢13歳よ!?)
内心、全力で自分にダメ出し。
フィンレイ様は、表情筋一つ動かさずに、こくりと頷く。
「はい。先日、かの海洋大国ネプトゥーリアより我が国に届けられました書状、および、それに対する我が国の対応策について、皆さまの忌憚なきご意見を拝聴いたしたく」
その言葉を皮切りに、他の重臣たちも、堰を切ったようにざわざわと騒ぎ始める。
「ネプトゥーリアめ、またも我らを試すような真似を……」
「我が国の豊かな漁場、銀鱗魚 を狙っておるに違いあるまい!」
「しかし、かの国は強大。正面から事を構えるのは……無謀では…」
うんうん、皆さん、とっても活発な意見交換、素晴らしいですね!(白目)
まるで前世で経験した、結論の出ないエンドレス会議みたいで、懐かしさすら覚えるわ! 時間外手当は出ないんでしょうけど!
そんな喧騒の中、私の斜め向かいの席。
そこに座る、ひときわ若く、そしてひときわ顔面偏差値の高い騎士様が、スッと、美しい所作で手を挙げた。
近衛騎士団長、カイ・シルヴァート様。ピカピカの二十二歳。
陽の光を弾く銀髪に、吸い込まれそうな紫色の瞳を持つ、少女漫画のヒーローが現実世界に飛び出してきたかのような、超絶イケメン。
ただし、極度の無口で、いつも眉間に美しい皺を刻んでいる、強敵、その二である。
(……イケメンは目の保養だけど、威圧感がすごすぎて、直視できないんだよなぁ、このお方……心臓に悪いわ……)
「アリア様。ネプトゥーリアの要求は、言語道断。我が国の誇りを踏みにじるものであり、断固として拒否すべきと愚考いたします」
おおっ、カイ様、今日も今日とて凛々しさMAX! そして、お声もバリトンボイスで素敵! ……じゃなくて。
(そうよねそうよね! いくら大きな国だからって、あんな上から目線の失礼な手紙、普通にムカつくし、腹立つよね! さすがカイ様、わかってるぅ~!)
(でもでも、真正面から「お断りします!」って突っぱねちゃったら、このちっちゃなアクアティア、次の日には地図から消えちゃったりしない!? 大丈夫そ!?)
私の内心の激しい同意と、それ以上の恐怖など露知らず、カイ様の勇ましい言葉に、武闘派っぽいオジサマたちが「その通りだ!」「騎士団長殿に続け!」と拳を握りしめる。
かと思えば、穏健派というか、事なかれ主義っぽい文官のオジサマたちは「いやいや、それはあまりにも短絡的だ!」と顔を真っ青にして首をぶんぶん横に振る。
わーん、どうしよう! どうなっちゃうのよ、この会議!
いきなりクライマックスバトルみたいな雰囲気なんですけど、私のHPもうゼロなんですけど! 回復薬プリーズ!
「……カイ様のその揺るぎない忠誠心、そして我が国を思う熱いお気持ち、このアリア、誠に心強く、そして誇らしく思いますわ」
まずは、褒めて、褒めて、褒めちぎる。これ、前世で私が唯一得意としていた、「荒ぶる上司をなだめる」ための秘技「ヨイショの術」。
「ですが、フィンレイ。かの国も、我々がそう簡単に要求を鵜呑みにするとは思っていないはず。この書状に隠された、彼らの真の狙いは、一体何だとお考えかしら?」
(よーし、得意の質問返し炸裂! これで時間を稼いで、その間に誰か賢い人がナイスなアイデアを……! お願い、神様、仏様、アクアティアの海の神様!)
フィンレイ様は、私の言葉に、ほんの少しだけ銀縁眼鏡の位置を指で押し上げた。
「……おそらくは、我が国の国力、そしてアリア様ご自身の器量を測りかね、探りを入れているものと推察いたします。そして、もし我が国が少しでも弱腰な姿勢を見せたとあらば、それこそ、この書状以上の、さらに理不尽な要求を突き付けてくることでしょう」
(うわぁ、やっぱりこの人、キレッキレのビジネスマン(異世界版)だわ……)
(そして、私の浅はかな時間稼ぎ作戦なんて、とっくの昔にお見通しってわけね……さすがです……お見それしました……)
仮面の下で、冷や汗がツーっと背中を伝うのを感じる。
やばい、どうしよう。何か、何か言わなくちゃ、領主様っぽいことを……!
その時だった。
ふと、私の脳裏に、前世で私が愛してやまなかった歴史シミュレーションゲームの、ある攻略法が、まるで天啓のように閃いたのだ!
弱小勢力が、外交とハッタリと、ほんのちょっぴりの奇策で、強大な敵国を煙に巻く、あの伝説の……!
「……分かりましたわ」
私は、できるだけ、それはもう、できる限りの威厳を声に込めて、ゆっくりと、そしてはっきりと、口を開いた。
「ネプトゥーリアの要求を、ただ頭ごなしに拒否するのではありません。かといって、唯々諾々と、彼らの言いなりになるのでもありませんわ」
え、何それ? ポカーン。
とでも言いたげな、重臣たちの視線が、私に突き刺さる。痛い痛い。
(いや、自分で言っといてなんだけど、どういうことなの!? 私、今なんて言ったの!? 誰か翻訳して!)
「……えー、つまりですわね? まずは、相手の真意をじっくりと確かめるためにも、『貴国からの重要なるご提案、誠に感謝申し上げる。つきましては、我が国といたしましても、最大限の誠意をもって検討するため、恐縮ながら、ほんの少しばかりお時間を頂戴し、後日改めて、正式な回答をさせていただきたく存じます』という旨の、それはもう丁重な、慇懃無礼一歩手前くらいの返書を送るのですわ」
(お、おおっ、なんかそれっぽいこと言えたんじゃない!? 今の私、デキる女っぽくなかった!?)
「そして、その貴重な時間稼ぎの間に、我々は秘密裏に、二つの準備を進めますの。一つは、万が一の、本当に万が一の事態に備えての、港湾警備体制の見直しと強化。もう一つは……」
私は、そこで一旦、芝居がかったように言葉を区切り、テーブルに集う、固唾をのんで私を見つめるオジサマたちと、そして、射るような、それでいてどこか探るような視線を私に送るカイ様の美しい紫色の瞳を、ゆっくりと、それはもう、もったいぶるように見回した。
(さあ、アリア! ここがあなたの見せ場よ! オスカー女優もびっくりの、魂の名演技を見せてあげるのよ! 国を守る、孤高の若き領主を、完璧に演じきってみせるの!)
「……もう一つは、海洋大国ネプトゥーリアといえども、決して無視することのできない『何か』を、我がアクアティアが秘めているのだと、それとなく、効果的に『匂わせる』ことですわ」
しーーーーん、と。
評議の間が、まるで時が止まったかのように静まり返る。
え、待って、私、なんかものすごい爆弾発言しちゃった感じ!?
(「何か」って、一体何よぉぉぉ!? そんな都合のいい秘密兵器、うちの国にあるわけないじゃないのよぉぉぉ!)
(誰か助けてー! セーラー! 今すぐ甘くて美味しいお菓子と温かいお茶持ってきてー!)
私の内心のパニック絶叫とは裏腹に、仮面をつけたアリア様は、ただ静かに、全てを見通しているかのような、謎めいた微笑みを浮かべているのであった。
……胃が、本気でキリキリしてきた。
今日の会議、私、ちゃんと最後まで「領主様」でいられるんだろうか。
そして、あの「何か」って、一体どうするつもりなのよ、私ぃ!?