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第18話 秘密のリスト

ネプトゥーリアによる、

アクアティアの聖域の海の事実上の占拠。

そして、私たちのささやかな抵抗――

「秘密の調査作戦」が始まって数日。


私の胃は、相変わらず悟りの境地と

現実世界の激痛をいったりきたり。

もう、いっそ胃に人格が芽生えて、

私と会話できるようになればいいのに。

「おい、アリア! 今日は消化のいいものにしてくれよ!」

なんてね……。


(……ダメだわ、私、疲れてるみたい)


そんな私の元に、

フィンレイ様が分厚い羊皮紙の束を

持ってきた。


「アリア様。国内の、

『賢者の国』や『海神の涙』の伝承に

詳しいと思われる人物のリスト、

第一弾がまとまりましたぞ」


(第一弾って、まだあるの!?)


そのリストを覗き見て、私は絶句した。

そこには、確かに元宮廷学者とか、

歴史研究家といった、まともそうな名前もあるけれど……。


「えっと……『港町の自称・海の預言者』……?」

「『森の奥に住む、薬草と星詠みの老婆(ただし偏屈)』……?」

「『最近流れ着いた、胡散臭い笑顔の吟遊詩人(自称)』……?」


(……フィンレイ様。これ、本当に大丈夫なリストですこと?)

(半分以上、詐欺師か変人じゃないの!?)


私の心の声が聞こえたのか、

フィンレイ様は、こほんと一つ咳払いをした。

「……藁にもすがる思い、と申しましょうか。

中には、真実を知る者がいるやもしれませぬ」

(その言い方、フィンレイ様自身も

あんまり期待してないってことよね!?)


「まずは、このリストの中で、

比較的危険度の低そうな人物から

接触してみましょう」

カイ様が、いつになく真剣な顔で提案する。

うん、それがいいわ。

いきなりラスボス級の変人に会うのは、

私の心の準備が追いつかないもの。


そして、私たちが最初に選んだのは、

「港町の魚市場の隅で、

古代の歌を口ずさむ謎の老人」だった。

うん、これならまだ、

普通の奇行の範囲内かもしれないわね!

(ハードルが下がりまくってるけど!)


翌日。

私とカイ様は、お忍び(のつもり)で

港町の魚市場へと向かった。

私は、目立たないように、

地味な色のワンピースにフードを目深にかぶり、

セーラ特製の変装用メガネ(度が強すぎてクラクラする)を装着。

カイ様は……うん、何を着てもイケメンはイケメンね。

逆に目立ってる気がするんですけど!


魚市場の喧騒を抜け、

薄暗い一角に、その老人はいた。

ボロボロの網を修繕しながら、

確かに、どこか物悲しい、

古い節回しの歌を口ずさんでいる。


「あ、あの……!」

私が緊張しつつ声をかけると、

老人はゆっくりと顔を上げた。

その瞳は、長い年月を映したように、

深く、そしてどこか鋭い光を宿していた。


(ひっ……! 見た目以上に、

ただ者じゃないオーラが出てるんですけどぉ!)


「……姫君が、このような場所に、

何の御用かな?」

え、なんで私が姫だって分かったの!?

この完璧な変装(当社比)が!?


「……わ、私たちは、

アクアティアに古くから伝わる、

『海の彼方の賢者の国』や、

『海神の涙』という宝石について、

何かご存じないか、お話を伺いに……」

しどろもどろになりながらも、

私は必死で用件を伝える。


老人は、しばし黙って私を見つめた後、

ふっと、しわくちゃの顔で笑った。

「……賢者の国、ねぇ。

そんなものは、とうの昔に海に沈んだよ。

ネプトゥーリアの強欲と、

自らの驕りが生んだ、泡のような夢さね」


ネプトゥーリアの強欲……?

自らの驕り……?

それって、どういうこと……?


「海神の涙は、今もどこかで泣いているだろうよ。

持ち主の悲しみを映してな。

……お嬢ちゃん、あんたも、

あまり重たいものを背負い込まない方がいい。

潰れちまう前に、誰かに分けなされや」


それだけ言うと、老人は再び網の修繕に戻り、

もうこちらを見ようとはしなかった。


(……結局、具体的な手がかりは何もなし?)

(でも、なんだか、

すごく意味深なことを言われた気がするわ……)


カイ様と顔を見合わせる。

彼も、何かを感じ取ったような、

険しい表情をしていた。


その帰り道だった。

ふと、道の向こうから、

見慣れたネプトゥーリアの兵士の一団が

こちらへ歩いてくるのが見えた。

まずい! 見つかったら面倒なことになる!


「カイ様、あちらへ!」

私たちは、咄嗟に近くの路地に身を隠した。

兵士たちは、私たちに気づくことなく、

高圧的な態度で何かを言い合いながら通り過ぎていく。


(ふぅ……危なかった……)

(こんなところで油を売っている場合じゃないわね)

(秘密の調査は、命がけだってこと、

改めて肝に銘じないと……!)


結局、この日の調査で得られたのは、

謎の老人の、謎めいた言葉だけ。

一歩前進したのか、それとも

迷路に迷い込んだのかも分からない。


でも、ほんの少しだけ、

今までとは違う種類の手がかりを

掴んだような気もする。

……たぶん、気のせいじゃないと信じたい。


私の胃は、相変わらず不穏な気配を

漂わせていたけれど、

諦めるわけにはいかないのだ。

この国の未来のために!

そして、いつか美味しいケーキを

心置きなく食べるために!

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