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第17話 絶望の淵と、一縷の望み

「明日より、この海域は、

ネプトゥーリア王国の管理下に置かせてもらう。

……いいね?」


テオン王子のその言葉は、

まるで死刑宣告のように、

私の頭に重く、冷たく響いた。


(管理下……ですって……?)

(それって、泥棒が「このお宝は俺が守ってやるぜ」

って言ってるのと同じじゃないのぉぉぉ!)

(しかも、有無を言わせぬこの態度!)

(アクアティアの主権、紙くず以下じゃないの!)


隣に立つフィンレイ様も、カイ様も、

怒りを通り越して、もはや表情を失っている。

私も、仮面の下でどんな顔をしていたのか、

もう自分でも分からない。

ただ、胃の痛みだけが、

なぜか不思議と遠のいていた。

……うん、きっと、私の胃、

あまりのストレスに耐えかねて、

ついに悟りを開いたのね。解脱よ、解脱。


ネプトゥーリアの旗艦から、

まるで罪人のようにアクアティアの小舟で送り返され、

城に戻った私たちは、すぐに重臣たちを招集した。


フィンレイ様から、

テオン王子の独占宣言が語られると、

評議の間は、水を打ったように静まり返った。

そして、次の瞬間、

堰を切ったような怒号と悲嘆の声が渦巻いた。


「なんという横暴!」

「我が国の聖域を、土足で踏みにじる気か!」

「このままでは、アクアティアは

ネプトゥーリアの属国も同然ではないか!」


オジサマたちの怒りはごもっとも。

でも、今の私たちに、

ネプトゥーリアの決定を覆す力はない。

それが、悔しいけれど、現実だった。


その夜。

私は、自室のベッドの上で、

天井のシミをぼんやりと眺めていた。

(あのシミ、何に見えるかしら……。

絶望に打ちひしがれる小国の姫君とか……?)


もう、何も考えたくない。

領主代行なんて、私には荷が重すぎたんだ。

お父様、ごめんなさい。

私には、アクアティアを守れそうにありません……。


涙が、ぽろぽろと頬を伝う。

仮面も着けていない、素顔の私は、

ただの無力な、十三歳の少女だった。


コンコン。

「アリア様、セーラです。

少し、よろしいでしょうか?」


セーラの優しい声。

今の私には、その優しさが辛かった。


「……どうぞ」

か細い声で答えると、

セーラが、温かいミルクとはちみつを

盆に乗せて入ってきた。


「眠れないのではないかと思いまして。

お母様がよく、アリア様が小さい頃、

眠れない夜に作ってくださったとか」


お母様の……思い出の味。

一口飲むと、ほんのりとした甘さが、

冷え切った心にじんわりと染み渡る気がした。


「セーラ……私、もう、どうしたらいいか分からないの」

涙声で、本音を漏らす。


「アリア様……」

セーラは、何も言わず、

ただ、私の隣に座って、

優しく背中を撫でてくれた。


その温もりが、なぜか私に、

ほんの少しだけ、勇気をくれた。


(ううん、まだ諦めちゃダメよね)

(お父様が愛したこの国を、

こんなところで終わらせるわけにはいかない)

(それに、私には、

まだ『領主の仮面』があるじゃない!)


翌朝。

私は、目の下にしっかりとクマをこさえたまま、

しかし、背筋だけはいつもよりピンと伸ばして、

フィンレイ様とカイ様を執務室に呼んだ。

もちろん、顔には『領主の仮面』を装着して。


「フィンレイ様、カイ様。

ネプトゥーリアの横暴、断じて許すわけにはいきません。

何か……何か、私たちにできることはないでしょうか?」


私の言葉に、二人は顔を見合わせる。

その表情は、依然として厳しい。


「……今の我々に、

ネプトゥーリアと正面から事を構える力はございません。

それは、アリア様もご承知かと」

フィンレイ様が、静かに言う。


「ですが、このまま手をこまねいていては、

アクアティアは本当にネプトゥーリアに

食い尽くされてしまいますわ」


「……一つ、提案がございます」

沈黙を破ったのは、カイ様だった。


「ネプトゥーリアが海底遺跡の調査に固執する以上、

彼らの目的は、その遺跡からもたらされる

『未知のエネルギー』にあると考えられます。

ならば、我々も、そのエネルギーの正体と、

制御方法、あるいは対抗手段を、

独自に探るべきではないでしょうか」


「独自に……ですって?」


「はい。ネプトゥーリアに気づかれぬよう、

秘密裏に、です。

古文書のさらなる解読はもちろん、

『海神の涙』や『賢者の国』の伝承に詳しい者を、

国中から探し出すのです。

あるいは……そのエネルギーを、

ネプトゥーリアよりも先に、

我々が手にする方法があるやもしれません」


カイ様の言葉は、荒唐無稽に聞こえるかもしれない。

でも、今の私たちには、

それくらいしか、希望の光がないのも事実だった。


「……分かりましたわ。

その策、採用しましょう。

フィンレイ様、国内の賢者、隠者、

あるいは怪しげな錬金術師でも構いません。

手がかりを知っていそうな者を、

秘密裏にリストアップしてください。

カイ様は、その者たちとの接触と、

身辺警護をお願いいたします」


私の指示に、二人は力強く頷いた。

その瞳には、絶望だけではない、

新たな決意の光が灯っているように見えた。


(本当に、こんなことで状況が変わるなんて思えない)

(でも、何もしないでいるより、ずっといいわよね!)


ネプトゥーリアの管理下に置かれた、

アクアティアの聖なる海。

その海底深く眠る秘密を巡って、

私たちの、ささやかで、そして必死の抵抗が、

静かに始まろうとしていた。



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