第12話 王子の置き土産(主に恐怖)と、騎士様の胸の内(たぶん忠誠心)
灯台下での、あの心臓が凍るような(そしてお腹が鳴り響いた)一夜が明けた。
私とカイ様は、結局、城への帰り道、ほとんど無言だった。
いや、私が一方的に羞恥心と恐怖で言葉を発せられなかっただけで、
カイ様は時折、何かを気遣うようにこちらを見ていた気がする。
……お腹の音の心配とかじゃないわよね!? 絶対に!
「アリア様、昨夜は本当にお疲れ様でした……。お怪我はございませんでしたか?」
翌朝、私の執務室にやってきたセーラは、心底心配そうな顔で私に温かいハーブティーを差し出してくれた。
うん、セーラだけが私の癒しよ……。
「だ、大丈夫よ、セーラ。カイ様が来てくれたから……。でも、あのテオン王子、絶対に何か企んでるわ。『貴女が隠している「何か」を明らかにする』ですって……。
私のハッタリ、完全にバレてるじゃないのぉぉぉ!」
私は、机に突っ伏して弱音を吐きまくる。もう仮面を着ける気力もないわ。
「アリア様、お気を確かに。それに、カイ様がアリア様のお側にいてくださる限り、きっと大丈夫ですわ」
「うぅ、カイ様は頼りになるけど……。それにしたって、昨日の『お腹の音が城まで』発言は、いくらなんでもひどくない!? 私、もうカイ様にどんな顔して会えばいいのよ!?」
「あら、カイ様はきっと、アリア様の緊張を解こうと、冗談をおっしゃったのですよ。きっと、そうですわ、ええ」
(セーラ、そのフォロー、無理があるって自分でも分かってるでしょ!?)
そんな私の葛藤を知ってか知らずか、フィンレイ様とカイ様が執務室へとやってきた。
議題はもちろん、昨夜のテオン王子の一件と、今後の対策についてだ。
「……テオン王子の狙いは、依然として我が国の『海の彼方の賢者の国との盟約』、そして『海神の涙』 に関する情報、あるいはそれ以上の『何か』を探ることでしょうな。そして、それが得られないとなれば、より強硬な手段に出てくる可能性も否定できません」
フィンレイ様が、冷静に分析する。その言葉に、私の胃がまたキリリと痛む。
「騎士団としては、引き続き王城及び港町の警備を強化いたします。アリア様には、決してご無理はなさらないでいただきたい」
カイ様が、真剣な眼差しで私を見つめる。
(うっ、その真面目な顔で見られると、お腹の音事件を思い出して気まずいんですけどぉ……!)
「わ、分かっていますわ。ですが、ただ守りを固めるだけでは、ジリ貧になってしまいます。やはり、私たちも、あの『海の彼方の賢者の国』や『常若の島』 () の手がかりを、もっと積極的に探さなくては……!」
私は、ハッタリを真実に変えるべく、必死に訴える。もう後には引けないのよ!
フィンレイ様は少し考え込むそぶりを見せた後、
「……左様ですな。古文書の解読は継続しつつ、港の古老や、代々アクアティアの海で生きてきた船乗りたちにも、何か伝承が残っていないか、改めて聞き取り調査を行う価値はあるやもしれませぬ。ただし、ネプトゥーリアに我々の動きを悟られぬよう、慎重に進める必要がございますが」
と、策を提案してくれた。さすがフィンレイ様、頼りになるわ!
会議が終わり、フィンレイ様が退出した後も、カイ様はなぜか部屋に残っていた。
え、な、何!? まだ私に何か用でもあるのかしら!? お腹の音のことで、ついにお説教とか!?
「……アリア様」
「は、はいぃっ!?」
緊張で裏返った声が出てしまった。もうダメ、私、完全に挙動不審者よ。
「昨夜のことですが……その、お腹の音の件は、私の配慮が足りませんでした。アリア様を不安にさせるような冗談を言ってしまい、申し訳ございません」
カイ様は、そう言うと、深々と頭を下げた。
え、えええええ!? あのカイ様が、謝ってる!?
「い、いえ! こちらこそ、あんな情けないところをお見せしてしまって……! そ、それに、カイ様が来てくださらなかったら、私、どうなっていたか……本当に、感謝しています!」
慌ててそう言うと、カイ様は少しだけ顔を上げて、ほんのわずかに、本当にほんのわずかに、口元を緩めたように見えた。
(……え、今の、もしかして笑顔……? カイ様のレアスマイル、ゲットしちゃった!?)
「アリア様をお守りするのは、騎士としての私の務めであり、そして……亡き先代公爵レオン様と交わした、誓いでもありますから」
カイ様の紫色の瞳が、まっすぐに私を射抜く。その瞳の奥には、強い決意と、そしてどこか温かい光が宿っているように感じられた。
レオンお父様との、誓い……。
カイ様の揺るぎない忠誠心の理由は、そこにあったのね。
なんだか、胸が少しだけ、温かくなった気がした。
(よし! 私も頑張らなくちゃ! お父様と、そしてカイ様のためにも!)
……なんて、ちょっとだけ前向きな気持ちになれたのも束の間。
コンコンコン。
「アリア様、大変です! ネプトゥーリア王国から、新たな通達が……!」
伝令の兵士が、血相を変えて飛び込んできた。
その内容は、「アクアティア近海の『安全確保』と『共同資源調査』のため」と称して、ネプトゥーリアの調査船団(もちろん護衛艦付き)が、近日中にアクアティアの港に入港するという、一方的なものだった。
(やっぱり、あの腹黒王子、早速次の手を打ってきたわねーーーーっ!!!!)
私の胃痛とアクアティアの受難は、まだまだ始まったばかりのようである。
前途多難ってレベル、とっくに超えてるんですけどぉ!




