第11話 灯台下の腹黒王子(やっぱり!)と、絶体絶命の私
「……来たか、アクアティアの姫君よ」
その声に、私の心臓は文字通り、ドクンッ!と喉元まで跳ね上がった。
そして、時を同じくして、キュルルルル~~~~……。
静まり返った夜の灯台下に、私の、それはもう盛大なお腹の虫の音が響き渡った。
(終わった……。私の人生、いろんな意味で終わった……。こんな緊張感MAXの場面で、お腹の音とか……。もう、いっそ穴掘って埋まりたい……ううん、海に飛び込みたい……)
ガクガク震える膝を叱咤し、おそるおそる振り返ると、そこには……。
満月を背に、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて立つ、金髪碧眼のイケメン。
やっぱり、この声、この胡散臭さ(失礼)、この無駄なキラキラオーラは……!
「ネ、ネプトゥーリア王国第二王子、テオン殿下……!?」
なんであなたがここにいるんですかー!? ストーカーですかー!?
「おや、驚いた顔をしているな、アリア姫。私がこんな夜更けに、美しい貴女を呼び出すのが、そんなに意外だったかな?」
テオン王子は、うっとりするような甘い声で言うけれど、その目は全然笑ってない。むしろ、獲物を見つけた蛇みたいに、ねっとりと私を観察している。こ、怖い!
(やっぱりあなただったのね! この腹黒王子! しかも、なんだかいつもより悪人度が増してる気がするんですけどぉ!? 夜だから!? 夜だから悪役は本性現す的なアレなの!?)
「な、何の御用でしょうか、このような場所へ、わたくしを呼び出して……。しかも、お一人で、とは……」
声が震えないように、必死で平静を装う私。でも、きっとバレバレよね。今にも泣き出しそうだもの、私。
「ふふ、警戒心が強いのは良いことだ。だが、安心したまえ。今宵は、貴女をどうこうしようというわけではない」
(その言葉が一番信用できないんですけどぉ!)
テオン王子は、ゆっくりと私に近づいてくる。ひぃぃ、来ないで! これ以上近づいたら、私、気絶しちゃうかもしれない!
「ただ……少し、確認したいことがあってね」
王子の手が、私の顎にそっと触れようとした、その瞬間。
「――アリア様からお手を離していただけますかな、ネプトゥーリアの王子殿」
凛とした、しかし氷のように冷たい声。
そして、私の前に、まるで盾になるように立ちはだかったのは――銀色の髪を月光に輝かせた、カイ様だった!
「カ、カイ様っ!?」
な、なんでカイ様がここに!? 私、セーラにしか言ってないはずじゃ……。
あ、もしかしてセーラが!? あの子、私の心配しすぎて、カイ様にこっそり……!
(セーラー! 後でいくらでもお礼するわ! 美味しいケーキでも何でも買ってあげる!)
「ほう、アクアティアの忠犬か。姫君は一人で来いと言ったはずだが?」
テオン王子の目が、すっと細められる。うわぁ、怒ってる。絶対怒ってるわ、この人。
「アリア様がただ一人でこのような危険な場所へ赴くことを、黙って見過ごせるほど、我々アクアティアの騎士は無能ではございません。それに……」
カイ様は、そこで一度言葉を切り、私をちらりと見遣る。その瞳は、なぜか少しだけ、呆れているような……え、なんで?
「……アリア様のお腹の音が、あまりにも盛大に城まで聞こえてきましたのでな。何かあったのかと心配になり、駆けつけた次第」
「「…………」」
へ?
お腹の音……?
城まで……?
(そ、そんなバカなーーーーーーっ!!!!)
私の顔は、きっと今、満月よりも赤く染まっているに違いない。
恥ずかしすぎる! 羞恥心で爆発四散しそう!
もう、本当に、海に飛び込んでもいいですか!?
テオン王子も、一瞬ポカンとした顔をしていたけれど、すぐにいつもの嫌味な笑みを浮かべて、
「くくく……なるほど、それは確かに心配になるほどの音量だったな。アクアティアの姫君は、実にお可愛らしい『楽器』をお持ちのようだ」
(だ、誰が楽器よ! 失礼しちゃうわ! これは生理現象なのよ! 不可抗力なの!)
「……カイ様、よくもわたくしを笑いものにしてくださいましたわね……?」
私は、怒りと羞恥でプルプル震えながら、背後のカイ様を睨みつける。
カイ様は、コホンと一つ咳払いをすると、何事もなかったかのように再びテオン王子に向き直った。
「さて、王子殿。このような夜更けに、我が国の領主代行を呼び出し、一体何が目的かな? 我が国への宣戦布告と受け取っても?」
カイ様の声には、明確な敵意が込められている。ピリピリとした緊張感が、灯台下に満ちる。
テオン王子は、肩をすくめると、
「やれやれ、物騒なことだ。私はただ、アリア姫と二人きりで、少しお話がしたかっただけなのだが……。まあ良い。今日のところは引き上げるとしよう」
そして、私に向かって、意味深な視線を送る。
「だが、アリア姫。貴女が隠している『何か』……近いうちに、必ず明らかにさせてもらうよ。楽しみにしているといい」
そう言い残すと、テオン王子は、まるで闇に溶け込むように姿を消した。
嵐が去った後の静けさ。
私とカイ様は、しばらく無言のまま、灯台の下に立ち尽くしていた。
「……あの、カイ様。その……ありがとうございました。助かりました」
「……いえ。結果的に、アリア様を危険な目に遭わせてしまいました。申し訳ございません」
「そ、そんなこと……! それより、お腹の音のこと、本当に城まで……?」
「…………さあ、どうでしたかな」
カイ様は、そう言って、また少しだけ耳を赤くして、ふいっと顔をそむけてしまった。
やっぱり、この人、ツンデレだわ……。
でも、カイ様が来てくれなかったら、私、今頃どうなっていたか……。
そして、テオン王子の最後の言葉。
『貴女が隠している「何か」』……。
やっぱり、あのハッタリ、完全にバレてるじゃないのぉぉぉ!
私の胃痛は、まだまだ続きそうである。




