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イベント・春 (2025)

私と母と子育てと




 ぼんやりと瞳を開ける。

(ああそっか。眠ってたんだ私)

 子どもを産んでから久しぶりに眠れた気がする。

 リビングから子どもの楽しげな声が耳に届く。

(母さん来てたんだっけ)

 

  ☆    ☆    ☆    ☆    ☆

 

『明日孫に会いに行くよ』

 母さんからの連絡で私は目を丸くした。

 気持ちはうれしく思う。

(時代は変わったからなあ。育児のやり方も)

 気持ちだけ受け取って質問攻めすることにした。


『今はおやつ抜きやお小遣い抜きは虐待なのよ』

『ベランダや物置で反省しなさいもね』

 私のメッセージに母さんからすぐに連絡が来た。

 

『隣の子を車に乗せただけで誘拐扱いになるの』

『連絡は密にね。なまはげみたいに』

 その子の親と子に話を通すのが筋と思う。

(なまはげ姿で連絡取り合うのってシュール……)


『高い高いやるなら月齢に合わせてゆっくりね』

『え?そうなの?』

 母さんからのメッセージに私は目を見開く。

『揺さぶられっこ症候群ってのがあってね』

 発育に遅れが生じるとの話を私は目を見張る。


  ★    ☆    ☆    ☆    ☆


(白玉団子のあんこがけ食べて寝ちゃったんだっけ)

 学生時代によく食べていた私の好物。

 母さんがお土産に持ってきてくれた。

(赤ちゃんが泣くたびに抱っこで疲れてたんだなあ)

 

 リビングでは母さんが子どもをあやし寝かせてく。

 その手慣れた姿に私は母さんから母を学ぶ。

 

「あら、もう起きたの?まだ眠ってていいわよ」

 様子を見ていると母さんが私に気づく。

「母さんよく知ってたね。揺さぶられっこ症候群」

「大学で教鞭(きょうべん)とってるからね」

 母さんは復職して大学の教授になった。

 今は児童心理学を教えているという。


「卒業も入学も同じものよ」

 教職の(さが)なのか母さんの授業が始まる。

「結婚も子育てもゴールしてからスタートなの」

「今は女性も社会にでる時代でしょ!」

 母さんは人差し指を立ててシーっという。

 

「女性の社会進出は男性の育児参入とセットよ」

 眠ったままの子どもに私は少し安心する。

「天秤なのよ。少子化と物価高もあわせて見極めて」

 母さんは一口お茶を飲む。

「カホコさんは働く?育児に専念する?両立する?」

 仕事・育児・家庭・隣近所・私自身が顔を出す。

「両立するならなにに比重を置く?」

 どれを優先するか私の中でぐるぐる回る。


  ★    ★    ☆    ☆    ☆


 少し沈黙が訪れる。

 

「どう?しっかり眠れた?」

 母さんが話を変えてきた。

「うん。子ども産んでから久しぶりに」

「パッと見て疲れてる顔してたからからねえ」

 私は顔に手をぺちぺち当てて確認する。

「頑張りすぎるとつぶれちゃうからね。人は」

「すぐにイライラしちゃう。さっきだって」

「感情のコップがあふれ出してるのよ」

 誰かの助けを借りるサインと母さんは言う。

「一時預かりやサポートセンターで聞くのも手よ」

「もしくはベビーシッターさんでしょ?」

「そうね。プロの力を借りるの」


 母さんの言いたいことはわかる。

(疲れたなら子どもを任せて眠ればいいのよね)

 感情的になりかけたら子どもと距離を置く。

 

「先立つものがなあ」

「そうね。ここ最近あれこれ上がったわよね」

 昨今の物価高は家庭のお財布に直撃した。

 だからこそ働きたくはある。

(子どもの世話どうしようかなあ)

「なら帰ってくるかい?」

 

  ★    ★    ★    ☆    ☆

 

「そっか。それで悩んでるのか」

「どうしたらいいと思う?」

 仕事から帰ってきたナオヒロさんに聞いてみる。


「僕としては賛成かな」

「どうして?」

「子どもになにかあったら自分を責めるでしょ?」

 ナオヒロさんは真摯しんしに私の目を見て話す。

「カホコさんが決めてもいいんだよ」

(いつもみんなに流されて生きてきたからなあ)

 友人たちとのグループで私は従う立場だった。

(誰かが決めたことに従うだけだったから……)

 決めてもいいと言われても言葉に詰まる。

 

「ナオヒロさんの仕事はどうするの?」

「異動の募集があってね。カホコさんの実家近くに」

「それでいいの?都会暮らし捨てちゃうんだよ!?」

 ぶっちゃけ私の実家は地方になる。


「住めば都だよ。それにね」

 私の心を読んだのかナオヒロさんは話を続ける

「子が健やかに育つには親も健やかでって思うんだ」

 

  ★    ★    ★    ★    ☆

 

 引っ越しのトラックの出発を見送った。

 

「それじゃ先に行くね」

「うん。こっちも手続きとか終わったら行くから」

 ナオヒロさんは優しい声で私に話す。

「一人暮らしは慣れてるから安心してね」

 大学時代ナオヒロさんも引っ越してきた。

「思い出すな。スーパーのタイムセールで――」

「同じ商品手に取ったのが出会いだったわね」

 少し昔を思い出してくすくす笑いあう。


「あとはうまいことやっとくから安心してね」

「わかった。待ってるから」

 話しているとタクシーがやってきた。

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 私はナオヒロさんと挨拶を交わす。

「今まで通りおむつ交換や入浴は僕もやるからね」

 ナオヒロさんは子どもの頭に手を置く。

 

「だー」

 元気な声にナオヒロさんから笑顔がこぼれた。

 ナオヒロさんに見送られ私たちはタクシーに乗る。

 

  ★    ★    ★    ★    ★

 

 タクシーはゆっくりと駅へ向かっていく。


(ナオヒロさんなりの育児支援なのかな)

 復職先は地元になりそう。

(知ってる人が多いから少し恥ずかしいな)

 私はチャイルドシートで眠る我が子を見る。

(都会で学んだこと、育ててくれた地元に返そう)

 

「ありがとう。生まれてきてくれて」

 子どもが笑い声を返す。

(三つ子の魂百までか)

 乳幼児の脳は三歳まで著しく成長する。

(安心できる、愛されてるって思える場所が大切)

 母さんから教わった。

(それはナオヒロさんや母さんや父さんでやること)

 育児はチームプレイとナオヒロさんは言う。


(だから頼ろう。みんなを)

 頑張りすぎたらまたパンクしちゃう。

 

 ゆっくりと時間は流れてると私は感じていた。

 


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