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009 ナミエール

 ソウマとエレナは、酒場でクエストの成功を祝った。

 たらふく食べ終えると、いよいよ解散のときがやってきた。


「私たち、すごく気が合いますよね!」


 エレナが声を弾ませた。


「ああ、そうだな。俺も楽しかった」


「じゃあ、また一緒にクエストをしましょう! 約束ですよ?」


「それはどうかな」


 エレナは「えー」と唇を尖らせた。


「本当は嫌でしたか? 私のこと」


「違うよ! そうじゃない。ただ、またここに来られるか分からないんだ」


「活動拠点を他所に移すってことですか?」


「いや、そうじゃなくて……」


「じゃあ、どういうことですか?」


 首を傾げるエレナ。


(適当な言い訳が浮かばないし、本当のことを話すか)


 ソウマは前方を指した。

 小さな噴水のある広場があり、周囲には木製のベンチが並んでいる。

 夕暮れ時だからなのか、どのベンチも空いていた。


「少し長くなるからあそこで話そう」


「分かりました!」


 ◇


 ベンチに座ると、ソウマは事情を説明した。


「きっと信じられないと思うが……」


 そう前置きしてから、包み隠さず話す。


 エレナは聞き役に徹していた。

 最初は驚いていたが、すぐに相槌を打つマシンと化した。


「……ということだ」


 ソウマが話し終える。

 にわかに信じがたい彼の話に対し、エレナは――。


「すごくロマンチックじゃないですか!」


 目をキラキラと輝かせた。


「は? ロマンチック?」


「だって二つの世界を行き来できるんですよ! それも寝ている間に! 羨ましいなぁ、ソウマさん!」


「待て、普通に信じているのか?」


 驚くソウマ。


「そうですけど?」


 きょとんとするエレナ。


「おかしいだろ。普通、信じないだろ、こんな話!」


「たしかに最初は『何を言っているんだこの人はー!』って思いましたけど、話しているのがソウマさんですから!」


「ん? どういうことだ?」


「ソウマさんって、分かりやすいじゃないですか! だから、本当のことを話しているんだと思いました!」


「そうか。……というか、俺って分かりやすい?」


「はい! 特にエッチなことを考えているときはよく分かります! ヴィネラスに絡まれている私を見ているときなんて、目が変態そのものでしたよ! あと街で胸の大きな女性を見かけたときなんかも!」


 エレナが、ぷんぷん、と頬を膨らませる。


「マジか……! 自分ではバレていないと思っていたが……!」


「バレバレですから! 気をつけてくださいね!」


「分かったよ」


 そこで一つ間を置くと、ソウマは真剣な表情で言った。


「だから、明日以降もここに来られるか分からないんだ」


「なるほどー」


 エレナが「それなら!」と立ち上がった。


「女神様に相談しに行きましょう!」


「女神様?」


「大神殿におられるナミエール様ですよ! 全知全能の女神様です! 地球には神様っていないのですか?」


「地球にも神の概念は存在するが、実在してはいないな」


「だったら尚更ナミエール様のもとへ行きましょう! この世界だと、悩みごとはナミエール様に相談するのが一番です!」


「ふむ。エレナがそう言うならそうしてみよう」


 ソウマもベンチから立つ。


(ゲーム風の世界だとは思っていたが、神様が実在しているとはな……。どんな人なんだろう)


 ソウマはまだ見ぬ女神・ナミエールに想いを馳せた。


 ◇


 ソウマとエレナは、大神殿にやってきた。

 外観は古代ギリシャの神殿を彷彿とさせる。

 内装も、その姿に恥じない荘厳なものだ。


「あの方がナミエール様です!」


 エレナが前方を指した。

 約10メートル先に、重厚なローブを着た女性がいた。

 大理石の床に両膝をついて祈りを捧げている。

 背中を向けているため、顔は見えない。


「来たのですね、ソウマ」


 二人の気配に気づくと、ナミエールは背を向けたまま言った。


(ん? この声、どこかで聞き覚えが……)


 ソウマがデジャブを感じる中、ナミエールが振り返った。


「ええええ! 母さん!?」


 ソウマは思わず叫んだ。

 ナミエールの顔は、母のナミエと瓜二つだったのだ。

 聞き覚えのある声も、ナミエのものに他ならなかった。


「いいえ、私はあなたの母ではありません。この世界の神・ナミエールです」


 ナミエールが真顔で否定する。


「そうですよ、失礼なことを言わないでください!」


 エレナも怒っている。


「いや、どう見ても母さんじゃん!」


 ソウマはナミエールに駆け寄った。

 その後ろを、エレナが慌てながら追いかけた。


「違います。私はこの世界の神・ナミエールです。しかし、あなたが私を母と思うのは無理もありません。だからこそ、あなたが選ばれたのですから」


「俺が選ばれた……?」


 ソウマは首を傾げた。


「はい。あなたが別の世界からこの世界にやってこられるのは、私があなたを選んだからに他なりません」


「そうなんですか!?」と、驚いたのはエレナだ。


「どうして俺が選ばれたんだ? ……じゃないや、選ばれたんですか?」


 ソウマは慌てて言葉遣いを訂正した。

 そんな彼を見て、ナミエールは柔らかい笑みを浮かべた。


「私は全知全能の神ですが、それでも羽目を外したい気持ちになるときがあります」


「「……は?」」


 ソウマだけでなく、エレナも固まった。


「かいつまんで話すと、無限の如き数の世界を覗いて回った結果、私にそっくりな方を発見しました。それがあなたの母・ナミエです。不思議なことに、名前もどことなく似ていました」


「で、俺はその息子だから選ばれたんですか?」


「はい。あなたのナミエを思う気持ちを知ったとき、私は世界の法則を歪めてでも救いたいと思いました。神である私は子をもうけることができないため、自分に瓜二つのナミエの子であるあなたを我が子のように感じてしまったのかもしれません」


「そういうことだったのか……!」


 ソウマは納得した。


「ちょっと予想外の展開でしたが、とにかくすごいじゃないですか! ソウマさんはナミエール様に選ばれたんですよ!」


 エレナがぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。

 ノースリーブの服の下で豊満な胸が上下に揺れていた。


「そういう事情だと、俺は今後もこの世界に来られるのですか?」


 ソウマが尋ねると、ナミエールは微笑みながら頷いた。


「あなたには〈女神の加護〉が備わっています。その効果は、布団またはベッドおよび寝袋で寝ることによって、魂を地球からミストリアへ、もしくはミストリアから地球へ移すというもの。一日に一度だけ使用できます」


「布団またはベッドおよび寝袋……!」


「テントの中で寝袋を使わずに寝た場合はどうなりますか!?」


 エレナが手を挙げて質問する。


「その場合は発動しないでしょう、たぶん」


「「たぶん!?」」


「何事にも例外があるものです。発動する可能性もあります、たぶん」


 ソウマは苦笑いを浮かべて、エレナに耳打ちする。


「本当に大丈夫なのか? この女神」


「だ、大丈夫ですよ、ナミエール様は全知全能の神なんですから」


 エレナがヒソヒソと返す。


「声をひそめても私には聞こえていますよ」


 ナミエールが真顔で言う。


「「すみません!」」


「いえ、問題ありません。それでは、私は祈りを再開しますね」


 ナミエールは二人に背を向けると、その場に両膝をついて祈り始めた。

 その様子を見て、ソウマは気になった。


「すみません、女神様。何に祈っているのですか?」


「何にとは?」


 ナミエールが姿勢を変えずに振り向く。


「俺たちが祈るときは、神に対して祈ります。ですがナミエール様は神本人ですよね。すると、何にお祈りをしているのかなって」


 エレナが小さな声で「たしかに」と呟いた。


「良いところに目を付けましたね」


 ナミエールは再び立ち上がり、体をソウマに向けた。

 そして、彼の質問に答える。


「私は何にも祈っていません」


「え?」


「祈りはただのポーズです。神聖なイメージを与えるためのものにすぎません。本当は祈るフリをして寝ています」


「「えええ!」」


「ですが、人々が知れば深く悲しむことになります。他の方には内緒にしてくださいね」


「分かりました。それでは失礼します」


 ソウマは一礼すると、「行こうか」とエレナを見る。


「女神様の祈りが、ただのポーズ……本当は寝ていたなんて……」


 エレナは絶望のあまり白目を剥いていた。

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