006 アイリーンとマリーダ
ソウマは目を覚ました。
体を起こして周囲を見る。
父の写真は見当たらない。
そのうえ、自分が寝ていたのはベッドだ。
「ミストリアに戻ってきたぞ!」
ソウマは「よし!」と声を上げた。
だが、次の瞬間には顔を歪めていた。
「体がベタつくし、なんだか臭いな……あ、そうか、前回は風呂に入らなかったんだ」
夢だと思い込んでいたので、汗だくのまま眠りについた。
今はその翌日なのだ。
「ひとまず風呂に入るか」
ベッドから出ると、ソウマは浴室に向かった。
◇
「運良くまた来られたけど、今回こそ最後かもしれない。悔いが残らないようにレベルを上げまくらないとな」
ソウマは部屋を出ると、階段を下りて一階に向かった。
出入口の前に受付カウンターがあり、そこで店主が退屈そうにしている。
歳は20代後半で、真っ赤なカジュアルドレスを着た色っぽい女だ。
名をアイリーンという。
「お、色男じゃないか。よく眠れたかい?」
アイリーンが話しかけた。
「はい!」
「いい返事だ。顔もいいし、私の好みだねぇ」
アイリーンは舌なめずりをした。
その仕草にドギマギしつつ、ソウマは質問する。
「あの、効率良くレベルを上げるにはどうすればいいか知りませんか?」
「知ってるよ」
アイリーンは即答だった。
「教えてください!」
「それはかまわないけど、見返りは?」
「え?」
「そうだねぇ、一晩付き合ってもらおうか。あんたみたいな色男を食べたいと思っていたんだよ。細く引き締まった体も私好みだねぇ」
「えっと、その……」
ソウマが困惑していると、アイリーンは「プッ」と吹き出した。
「冗談だよ、色男。見返りなんかいらないさ」
「よかった……」
「なんだい、私の相手は嫌かい?」
「そんなことありません! ただ、俺には時間がなくて……」
「ワケありってことかい。それなら足止めしちゃ悪いね」
そう言うと、アイリーンはソウマの質問に答えた。
「手っ取り早くレベルを上げたいなら冒険者ギルドでクエストを受けるといいよ。クエスト報酬として追加で経験値とお金を貰える。普通に魔物を狩るより効率がいいはずさ」
「この世界だとクエスト報酬で経験値ももらえるのか」
ソウマにとっては意外な情報だった。
地球でも、冒険者の仕事は「クエスト」と呼ばれている。
ただし報酬はお金だけで、追加の経験値はなかった。
「この世界?」
「あ、いえ、何でもありません! 参考になりました! それでは!」
「はいよ。次もウチで泊まりなよ。サービスしてあげるからさ」
「はい!」
アイリーンに一礼すると、ソウマは宿を後にした。
◇
冒険者ギルドは、「酒のない酒場」という表現がぴったりの場所だった。
木製のテーブル席が所狭しと並んでおり、奥に受付カウンターがある。
(ゲームのような光景だ。膝に矢を受けた衛兵とかいないかな?)
席で駄弁る多くの冒険者たちに目を配りながら、ソウマは奥に向かう。
「こんにちは、ソウマ様」
ソウマに気づくと、受付嬢が笑顔でお辞儀した。
モダンな制服を着た栗色のミディアムヘアが特徴的な女だ。
ソウマと同じ18歳で、名はマリーダという。
「こんにちは……って、どうして俺の名前を知っているんだ?」
「私は冒険者ギルドの受付をしていますので、全ての冒険者について把握しています」
マリーダはニコッと微笑んだ。
「そういうものなのか」
ソウマは納得した。
ここが地球なら耳を疑うが、異世界なので気にしない。
とにかく話を進めよう。
「クエストを受けたいんだけど、どうすればいいかな?」
「クエストの受注は専用のクエストウィンドウから行えます」
マリーダが言った次の瞬間、視界にクエストウィンドウが表示された。
半透明で、いくつかの項目が並んでいる。
(本当にゲームみたいな世界だな)
ソウマは「クエストの受注」をタッチした。
しかし、その手はウィンドウをすり抜け、マリーダの胸に触れてしまう。
思わず揉んでしまった。良い弾力だ。
「ひゃうっ!」
マリーダが顔を真っ赤にして叫んだ。
「ご、ごめん! クエストを選ぼうとして、つい……」
「……大丈夫です。でも、次は容赦しませんよ」
マリーダはぷくっと頬を膨らませた。
「気をつけます……」
そんなハプニングに見舞われながらも、ソウマは受注可能なクエストを表示した。
クエストは適性レベルとセットで書かれているため、直感的に選べる仕組みだ。
「レベル5のクエストって何個かあるんだね」
「はい」
「どれがオススメかな? 俺、実はこの世界に疎いんだ」
「それでしたら、〈リーフマンの討伐〉はいかがでしょうか? 近くの森に棲息していて、20体倒すだけでクリアとなります」
「リーフマン? 聞いたことのないモンスターだな」
「強くないので安心してください。それに、今だとPTの募集が出ています」
「そうなの?」
ソウマはクエストの一覧に目を向けたが、PTの募集に関する表示は分からなかった。
「クエストを選択すると分かりますよ」
言われたとおり、ソウマは〈リーフマンの討伐〉を選択してみた。
すると、クエストの詳細情報が表示された。
PTの募集に関する項目もある。
『Lv.5 プリースト エレナ・クローデル 1/2』
奇しくもソウマと同じレベルだ。
「これはレベル5のエレナってプリーストが募集しているってことだよね?」
「そうです」
「名前の右にある1/2って?」
「現在のPTメンバー数と上限メンバー数を表しています。PTを組んだ場合、クエスト報酬のお金を均等に分配することになるため、人数に制限をかけるのが一般的となっています」
「なるほど。クエスト報酬には経験値もあるはずだけど、そっちもPTのメンバーで山分けする感じ?」
「いえ、経験値は変わりありません。ソロでもPTでも同じです」
「だったら俺にはPTのほうが向いているな」
地球だとお金に飢えているソウマだが、ミストリアでは真逆だ。
この世界で大富豪になったとしても、何ら得することはない。
大事なのは経験値である。
ということで、ソウマはエレナの名前をタッチした。
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【ジョブ】近接戦闘系
【種族】人間、エルフ、獣人各種に限る
【PTメンバー】
・Lv.5 プリースト エレナ・クローデル 18歳 女性 人間
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募集情報やPTメンバーの詳細が表示された。
(18歳……俺と同い年か。というか、人間以外の種族もいるんだな)
ソウマは何も言わず、ウィンドウ下部の「参加申請」を押した。
募集情報の上に大きな文字で『申請中』と表示される。
数秒後、表示内容が変わった。
『申請が承諾されました』
視界の隅にPTメンバーの情報が表示される。
一行目に名前とレベル、二行目にHPゲージという構成だ。
「PTに入ったけど、クエストも受注したことになったの?」
マリーダが「はい」と頷いた。
「エレナ様が既に受注されていますので――あ、ソウマ様、エレナ様が来られましたよ」
マリーダは手でソウマの背後を示す。
ソウマが振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
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