049 真の理由
大神殿には、ナミエールに救いを求める者があふれ返っていた。
その多くが、魔物に街を追われたグリーンウッドの住人だ。
「実に大変でしたね。しかし、グランデルにいる限り問題ありません。国王陛下を筆頭に、政府が一丸となって対応に動いております。全知全能の神として、平和と安寧を強く願っております」
ナミエールは、「ミストリアの祝福があらんことを」と祈った。
全く効果のない見せかけの光だが、多くの者の不安を和らげた。
「お待たせしましたね、ソウマ」
人払いが済んで二人きりになると、ナミエールはソウマに言った。
「いえ、大丈夫です。ナミエール様にもミストリアの祝福を……!」
「おやめなさい、今は冗談を言う時ではありません」
「失礼しました」
ソウマは素直に謝り、「それで……?」と本題に入るよう促した。
「以前、この場所であなたと話したことは覚えていますね? 私があなたに与えた〈女神の加護〉や、あなたが選ばれた理由についてです」
ソウマは元気よく「はい!」と答え、加護の効果を述べた。
「布団かベッドで寝るたびに魂が移動するのですよね! 地球からミストリア、ミストリアから地球に!」
「違います」
「え?」
「布団またはベッドおよび寝袋です。布団とベッドだけではありません」
「ああ、そうだった……! 俺を選んでくださった理由は、ナミエール様と俺の母さんが瓜二つであるのと、母さんに楽をさせようと頑張る俺の姿を見たからですよね!」
「その通りです。加護の効果については既にお話しした通りですが、あなたを選んだ理由については、実は他にもあります」
「というと……?」
「魔王を懲らしめたい……いえ、この世界の平和を守っていただきたいのです」
「世界の平和……」
ソウマは話が壮大すぎて理解できなかった。
もしここが日本なら、彼はすんなり受け入れられただろう。
日本での自分が規格外であることは、十分に自覚しているからだ。
しかし、ミストリアにおけるソウマは、一般的な冒険者にすぎない。
総合力の大幅な上昇によって同レベル帯では最強クラスになったが、それでも英雄になれるほどではなかった。
「順を追って話しましょう。まずは魔物を生み出している者――すなわち、魔王についてからです」
ナミエールは近くの床を人差し指で指した。
すると、そこに男女の二人組がホログラムのように映し出された。
ソウマの両親だ。
ナミエの顔は今よりも若く、二人とも嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「これは……実家にある母さんと父さんの写真!」
「はい、分かりやすく説明するために再現させていただきました。そこに映っているのはあなたの両親ですが、便宜的にナミエのことを私、父親のことを魔王だと思ってください」
「……は?」
固まるソウマだが、ナミエールは気にすることなく話を進めた。
「遥か昔の話になりますが、私にも人間でいうところの『夫』と呼べる関係の相手がいました」
「それが魔王ですか」
「私には及ばないものの、それなりに力を持った神です。『魔神』と呼ぶこともできますね」
「ナミエール様の旦那さんだったのなら、良い神じゃないのですか?」
「たしかに私たちの関係が上手くいっている頃、魔王は『良い神』として認識されていました。しかし、ある事件がきっかけで私と敵対関係になりました。人間で喩えるなら『離婚』に該当します」
「それで、魔王が魔物を生み出して人間を滅ぼそうとしているんですか?」
「純粋な力は私のほうが上なので、通常であれば私の手で魔王を懲らしめることができます。しかし、私は人々を厄災から守るために力を消費しているため、自由に使える力がほとんどありません」
「だから俺に魔王を倒せと……」
「いえ、倒すのではなく懲らしめるのです。仮にも私の伴侶だった相手ですから、死んでしまうと悲しい気持ちになってしまいます。ですので、死なない程度に痛めつけて、反省を促してください」
このとき、ソウマは思った。
(魔王を倒すのではなく懲らしめろって、なかなかレアな体験だな……!)
「えーっと、つまり、女神様が俺に加護を与えた理由は、『俺だったら魔王を懲らしめられるかもしれない』という期待からでしょうか?」
「その通りです。加えて、あなたの母・ナミエが私と似ていたのが決定打になりました」
「少し理解できました。でも、俺に魔王を懲らしめるなんてことが可能なんですか? 俺、この世界だと平凡ですよ?」
「いえ、平凡ではありません。あなたは目覚めました」
「目覚めた?」
「端的な言い方をするなら、あなたは総合力を高める方法に気づきました」
「上級訓練室のことか!」
ナミエールは「はい」と頷いた。
「知っているかもしれませんが、この世界の人間は後天的な努力で総合力を高めることができません」
「基礎能力の概念があるんですよね! エレナかマリーダから聞いた記憶があります!」
「その通りです」
基礎能力とは、総合力をレベルで割った数値のことだ。
「ミストリア人の総合力は、例外なく【レベル×基礎能力】で成り立っています。そして、基礎能力は先天的に……つまり、運によって決定します。後天的な努力、すなわち地球で言う『筋トレ』によって上がることはありません」
これはソウマの知っている情報だった。
また、この世界ではソウマもその原則が当てはまっていた。
ただし、レベルアップ時に上昇する総合力の量には微かなブレがある。
純粋なミストリア人ではないからだ。
「また、ミストリア人の基礎能力は非常に低いです。大体の人は170~220程度で、高くても250ほどしかありません。一方、地球人は総合力こそ低いものの、基礎能力は極めて高い傾向にあります。地球人の場合、総合力と基礎能力がほとんどイコールの状態になっているからです」
「なるほど」
「ここまで説明すれば、後はもう分かりますね?」
「いえ! さっぱり分かっていません!」
「やれやれ、あなたは頭が悪いですね」
「え?」
ナミエールは何事もなかったかのように話を進めた。
「ソウマ、あなたはミストリアと地球の恩恵を受けられる唯一の人間なのです。この世界では快適にレベルを上げられて、地球では快適に基礎能力を高められます。それらが合わされば、あなたは最強になり得るのです」
ここまで説明された時、ソウマは理解した。
「なるほど、上級訓練室で特訓することで基礎能力が向上したから、俺だけ総合力が爆発的に伸びたのか。で、女神様はそれを『目覚めた』と表現したわけだ!」
「まさにその通りです。そして、私はあなたに魔王を懲らしめてほしいと願っています。あの男の暴走を止めてほしいのです……」
「分かりました! 俺、これから頑張って強くなります! 女神様には人生を好転させていただいたご恩があります! 絶対に魔王を懲らしめます!」
「ありがとうございます」
ナミエールは優しく微笑むと、右手の人差し指をソウマの額に当てて呟いた。
「あなたにミストリアの祝福を……!」
ソウマの体がふわっと光る。
もちろん光るだけで、それ以上の効果はない。
「効果がないと分かっていても、なんか嬉しいですね」
「それが人間というものです。これから過酷なこともあるかと思いますが、よろしくお願いしますね」
「はい! それでは失礼します!」
ソウマは一礼すると、大神殿を後にした。
「「「女神様!」」」
入れ替わりで多くの住民が神殿内に駆け込んでくる。
彼らはナミエールとソウマの話が終わるのを待っていたのだ。
「ウチの嫁が病気になりまして……」
「畑を食い荒らす害獣がいるんです!」
「元カノとよりを戻したいのですがどうすれば!」
住民たちは我先にと用件を伝えようとするが、すぐに口を閉ざした。
「まずい、お祈り中だ!」
「邪魔をしたらバチが当たってしまう!」
「出直そう!」
ソウマとの会話が終わるなり、ナミエールは眠りについていた。
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