003 シミュレーション
学校に向かう道中、ソウマは肉体の変化を感じていた。
(体の奥底から力がみなぎってくる。動体視力も明らかに向上している。超人にでもなった気分だ)
今なら突っ込んでくるトラックを片手で止められる気がした。
もちろん気がするだけであり、実際にはできない。
(どうしてミストリアのステータスが現実に反映されたのかは分からない。だが、なんにせよ俺は強くなった。それだけは間違いない)
ソウマにとって、大事なのはその点だった。
(これだけの力があれば、落ちこぼれなんて言われないぞ!)
久しぶりに登校が楽しみだった。
◇
学校に着くと、ソウマは一年生用のフロアに移動した。
そのフロアが一般的な学校における「教室」に該当する。
机や椅子はなく、どちらかと言えば教室より体育館に近い。
他にも約500人の一年生が集まっていた。
「今日は個人鍛錬だ。内容はスマホの専用アプリで確認するように!」
教師を代表して斉藤が言った。
彼の言葉を受けて、その場にいる全生徒がスマホを取り出す。
ソウマも激安で買った中古スマホを確認した。
『神代ソウマ:自習』
ソウマは衝撃を受けた。
(自習ってなんだよ……! いつもはシミュレーションか特定の能力を強化するプログラムだろ!)
周りに目を向けると――。
「お! 今日はシミュレーションだ!」
「いいなー、俺は筋力強化だってよ」
「やった! 私は魔法訓練!」
他の生徒は、いつもと同じ様子だった。
(自習とかいう謎の指示を出されたのは俺だけか……)
ソウマはすぐに意図を察した。
(学校側は退学させたくて仕方ないってことか。俺のことを思ってくれているんだろうけど、辛いものがあるな……)
しかし、次の瞬間には、全く別のことを考えていた。
(もう昨日の俺とは違う。自分自身でもどこまで強くなったか知りたかったし、ちょうどいい!)
ソウマは斉藤に近づいた。
「神代……」
斉藤はソウマを見るなり眉間に皺を寄せた。
鍛錬内容を「自習」に設定したことで抗議されると思ったのだ。
だが、ソウマの反応は予想していないものだった。
「先生、俺もシミュレーションに参加していいですか?」
「え?」
「自習ってことは何をしてもいいんですよね? だったら俺もシミュレーションに参加したいです」
斉藤は耳を疑った。
「分かっているのか? シミュレーションが何か」
「はい。演習場で魔物を模したロボットを相手に行う実戦形式の訓練ですよね?」
「それだけじゃない。演習場にはモニターがあって、スコアが表示される。シミュレーションに参加すれば、おのずと他の参加者と比較されるんだぞ?」
斉藤は遠回しに『恥をさらすことになるぞ』と警告していた。
もちろんソウマも理解している。
「問題ありません! 自分の能力を知るために挑戦したいんです!」
「なるほど、そういうことか」
斉藤はソウマの言葉を誤解した。
(退学に向けて心残りのないようにしたいわけだな)
そう考えた斉藤は、「分かった」と頷いた。
「神代、お前も登録してやる。今日のシミュレーションは優等生しかいないから厳しいと思うが、やれるだけやってこい! 後悔のないようにな!」
「はい! ありがとうございます、先生!」
ソウマは笑顔で頭を下げた。
◇
演習場は学校の地下にある。
広さは東京ドーム50個分と凄まじく大きい。
森林から河川、丘や荒野、果てには空まで再現されている。
上空には巨大なバーチャルモニターが浮かんでいた。
ソウマは演習場の出入口に待機していた。
出入口は何箇所もあり、どこからスタートするかは自由だ。
彼の他には、数人の男子生徒がいた。
「神代、なんでお前がここにいるんだ?」
「恥をさらすだけだからリタイアしたほうがいいんじゃねぇ?」
「今日は難易度を高く設定するらしいから、お前じゃそもそもロボットを倒せないんじゃないか」
生徒たちは口々に侮辱的なセリフを吐いた。
ソウマは言い返さず、「そうかもな」と受け流す。
それが面白くなかったようで、周りは舌打ちして話を打ち切った。
『準備をするから、もう少しだけ待機しているように』
斉藤の言葉が頭上のスピーカーから響く。
(久しぶりだからルールが曖昧だな。たしか敵を倒すと点数を得られるが、攻撃を食らうと大幅な減点だったっけ)
ソウマが考えていると、目の前の門がゆっくりと開き始めた。
『今日の難易度は最高設定だ! 制限時間は1時間! シミュレーション、開始!』
斉藤の言葉とともに開門が終わる。
その瞬間、生徒たちが我先にと演習場に駆け込んでいった。
(俺だって!)
一足遅れる形になるが、ソウマも演習場に飛び込む。
目の前は森だが、そこでは既に他の生徒が戦闘を繰り広げている。
なので真っ直ぐ進んで別のフィールドを目指す。
「おいおい! 神代の速度なんだよ!」
「陸上選手かってくらい速いぞ!」
「あいつってあんなに速かったっけ!?」
周囲はソウマの走力に驚いていた。
(お! 敵だ!)
ソウマはゴブリン型のロボットを見つけた。
ロボットといっても、外見は通常のゴブリンと大差がない。
皮膚の質感などが完璧に再現されていた。
「ゴブーッ!」
ロボットがゴブリンと同じ鳴き声を発しながらソウマを襲う。
小さな緑色の体を機敏に動かし、太い爪でソウマを引っ掻こうとする。
(強さを最高に設定しているからか、本物のゴブリンより動きにキレがあるな)
ソウマは冷静に剣を抜く。
(だが、今の俺にとってはザコだ!)
ソウマには敵の動きがスローモーションに見えた。
昨日までは目で追えなかったのに。
「おら!」
「ゴブォオ!」
ロボットが一撃で機能停止に陥った。
斬った感触も実際のゴブリンそのものだ。
「これでいいのか?」
ソウマは上空のモニターを確認した。
『神代ソウマ:120pt』
しっかり加点されている。
「問題ないようだ」
ソウマは「よし」と息を吐くと、再び駆け出した。
生徒のいない荒野に移動して、大量の魔物を倒していく。
(魔物によって得点が変わるのか)
荒野の敵は、森で倒したゴブリン型よりも高得点だ。
その分強いのだが、今のソウマにとっては等しくザコである。
(自分の実力は分かった。シミュレーションの敵じゃ弱すぎて話にならない。残りの時間は、どの敵が一番稼げるか調べるのに費やそう)
満足したソウマは、広大な演習場を駆け回った。
◇
演習場の監視室――。
大量のモニターが並ぶ、秘密基地のような場所だ。
そこに一人でいる斉藤は唖然としていた。
「おいおい、嘘だろ……!」
モニターに表示されるソウマの点数が急激に伸びているからだ。
あっという間に1位に躍り出ると、そのまま2位との差を広げていく。
「どうなっているんだ……?」
斉藤は機械を操作する。
中央のモニターに表示される映像がテンポよく切り替わっていく。
演習場の各所に設置したカメラが捉えたものだ。
何回目かの切り替えでソウマが映った。
「なんだ、あの強さは! 本当に神代なのか!?」
モニターを拡大して、顔を確認した。
どう見ても、神代ソウマに他ならなかった。
「昨日まで落ちこぼれだったのに何が起きたんだ!? 俺は夢でも見ているのか!?」
斉藤はテーブルに顔面を叩きつけてみた。
ただただ痛くて、これが夢ではなく現実だと認識した。
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