013 逢坂マイ
「うおおー! 〈ライトニング〉! せいやー! チェストォ!」
ソウマはひたすら魔物を狩り続けた。
周辺を走り回って暴れまくった。
「逢坂さん、戦わないでいいの?」
100体目の敵を倒したところで、ソウマが振り返った。
マイはここまで一度も戦っていない。
ただソウマの後ろをついて回っていただけだ。
「……いい。今日はちょっと調子が優れないから」
マイは思わず目を逸らし、唇を噛んだ。
(滅茶苦茶でしょ、コイツの強さ。おかしいわよ、こんなの!)
ソウマは「そうか」と、気にすることなく戦闘を再開した。
(私にとって東京第四冒険者学校は通過点にすぎない。こんなところで後塵を拝するなんてあってはならないのに……!)
マイの自信が音を立てて崩れていく。
血反吐を吐くような努力が無駄になった気分だった。
それは、かつてソウマが味わった絶望に似ていた。
「ねぇ、神代」
「ん?」
ソウマは戦闘を終え、マイを見た。
「少し話さない?」
「雑談か」
ソウマは付近の魔物に目を向ける。
「キェェェェェェ……!」
魔物はソウマに怯えて逃げていった。
「別にいいよ。ここの敵は俺にビビっているようだし、ダンジョンでも安全に話せるだろう」
「なら、あそこで話しましょ」
マイは湖の近くにある切り株を指した。
都合よく二本あり、これまた都合よくイスに適したサイズだ。
「オーケー」
二人は切り株に移動した。
「で、何を話したいんだ?」
ソウマは切り株に腰を下ろした。
「もちろんあなたの強さについてよ」
マイも切り株に座り、脚を組んだ。
スカートの丈が短いこともあって下着が見えそうだ。
黒のニーハイが性的な魅力を高めている。
「俺の強さか」
と答えつつ、ソウマはマイの太ももを凝視する。
ニーハイの食い込みが魅力的で、年頃の彼には刺激が強すぎた。
「そうだけど……顔を見てもらえる? 太ももじゃなくて」
「失礼」
「そういう低俗なところは普通の男子と同じなのね」
「健全な18歳ということだ」
マイは「ふん」と鼻を鳴らした。
「その健全な18歳が、どうして短期間にここまで強くなったの?」
「できればしたくないんだよなぁ、その話」
ソウマは苦笑いで頭を掻いた。
「なんで? 違法なことでもしてるの?」
「そうじゃないよ。ただ、警察にも同じことを訊かれてさ、本当のことを答えたら怒鳴られたんだよね」
「怒鳴られた!?」
「ウソをついていると思われたんだ。逢坂さんもきっと同じ反応をするよ」
「私は怒鳴らないわよ。純粋に強くなりたいの。だから、こうしてプライドを捨ててあなたに尋ねているんじゃない」
マイは、ソウマと自分の間に明確な差があることを痛感していた。
競おうと思うことすら烏滸がましいほどの絶対的な差だ。
だからこそ、素直に教えを乞うことにした。
「だったら教えるけど、間違っても『ふざけるな!』って怒鳴らないでくれよ?」
「もちろん! ふふ、神代くんって気前がいいのね」
(すげー自然に『くん付け』になっているな……)
と思いつつ、ソウマは「そんなことないよ」とクールに流す。
「それで、方法だけど――」
時間に余裕があったので、ソウマは真実を丁寧に話した。
エレナが信じ、警察官が怒鳴った話だ。
「――ということだ」
彼が話し終えると、マイは立ち上がって言った。
「ふざけるな!」
警察官と全く同じ反応だった。
◇
活動時間が終わり、ソウマとマイは学校に戻った。
転移室を出て、一年生用のフロアに行く。
他の生徒は帰った後で、斉藤が退屈そうな顔で待っていた。
「よかった、無事だったか」
「無事ですけど……もしかして、戻る時間を間違いましたか?」
ソウマが尋ねると、斉藤は「いやいや」と首を振った。
「間違っていないよ。開始時刻が遅かったから、終了時刻もそれに合わせてズレたんだ。この時間で合っている。ただ、レベル5のダンジョンだから心配になってな」
「結果ですけど、私たちのPTは魔物を数百体倒しました」
マイが報告する。
「数百体!?」
「もしかしたら1000体を超えているかもしれません。ただ、200体以降は数えるのをやめました。評価対象になるのは100体までなので」
マイが淡々と話す。
(私たちって言っているけど、倒したのは全部俺なんだけどな)
ソウマがモヤモヤしていると、それを察したようにマイが言った。
「補足ですが、魔物は全て神代くんが倒しました」
「全て!? 数百体もの魔物を神代が一人で倒したのか!? 二人で倒したとしても尋常じゃない数なのに?」
マイは「はい」と無表情で返した。
(手柄の横取りをするのかと思ったが、そういうことはないんだな)
ソウマはマイを見直すとともに、彼女をフォローすることにした。
「先生、俺が一人で戦ったのは自分の意思によるものです。また、逢坂さんは調子が優れないとのことでした。評価の際は、数字だけを見るのではなく、その点を留意してあげてください」
「逢坂の評価は文句なしの最高だから下がることはないが……調子が優れないってどういうことだ? 遅刻した神代を待っているとき、俺には『今日はかつてない仕上がりです』と胸を張っていたが」
斉藤が首を傾げる。
「そ、それは、その……急に体調が優れなくなったんです!」
マイは慌てて誤魔化した。
「ま、無事に戻ったのだから何だってかまわないさ。二人ともお疲れさん」
「「ありがとうございました!」」
ソウマとマイが斉藤に頭を下げる。
「今日はこれで終わりだが、神代は残れ。話がある」
斉藤が真剣な表情で言った。
「話? なんでしょうか?」
「すみません、その前に神代くんと話をさせていただいていいですか?」
マイが手を挙げた。
「かまわないが、手短にな」
斉藤は広大なフロアの端に移動して、二人から距離を取った。
会話が聞こえないように配慮したのだ。
「今日はやけに俺と話したがる人が多いな」
ソウマが苦笑いを浮かべた。
「で、逢坂さん、俺に何の話?」
「ダンジョンで言いそびれたことなんだけど……」
そう前置きしてからマイは言った。
「演習場のスコアについて、インチキ扱いしてごめんなさい。あなたの強さは本物だった」
「そのことか。気にしなくていいよ。逆の立場だったら俺だって同じように振る舞うはずだから」
「ありがとう。私、少し天狗になっていたんだよね。この学校というか、同年代に私より強い人なんていないだろうって」
「上には上がいるものさ」
「それが分かってやる気が出たわ。最後に天狗の鼻をへし折ってくれてありがとう」
マイが握手を促す。
ソウマはそれに応じながら首を傾げた。
「最後にって?」
「私がこの学校に来るのは今日で最後なの」
「え、辞めるの?」
「辞めるっていうか、転校するんだよね。だから、次に会うのは冒険者になってからだと思う」
「なるほど」
「次に会うときは私があなたを驚かせるから。覚悟してなさいよ、ソウマ」
マイは「それじゃあね」と教室の外に向かう。
「PTを組んでくれてありがとう、逢坂さん。今日は楽しかったよ」
ソウマはマイの背中に向かって言った。
するとマイは振り返り、ソウマのことを睨んだ。
「その『逢坂さん』って呼び方、やめてもらえる? 私は下の名前で呼んでいるのに」
「えーっと、じゃあ……マイ?」
「なんで疑問形なのよ! 合ってるから、それで! そのちょっと抜けている性格、次に会うときまでには直しておきなさいよ。分かった? ソウマ」
「分かったよ、マイ」
マイは「よろしい」と満足気に頷き、去っていった。
「なんだなんだ、えらく親密な関係になったもんだな」
マイと入れ替わりで、斉藤がソウマに近づく。
ソウマは雑談に付き合わなかった。
「そんなことよりも本題をお願いします」
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