012 規格外
警察署に着くなり、ソウマは取り調べ室に案内された。
ドラマに出てくるような狭い一室で、小さな机があるだけだ。
ソウマと警察官は向き合う形で座った。
「驚かせてごめんね。通常なら任意の協力をお願いしているんだけど、カメラに映っている映像が異常だったから、特殊な事情があると判断されてこんな形になってしまったんだ」
警察官はノートパソコンをテーブルに置いた。
簡単に操作すると、画面をソウマに見せる。
「これは……!」
映っていたのは、トラック事故の映像だった。
大型トラックがソウマに突っ込んで大破した瞬間だ。
無傷のソウマが立ち去るところまで映っている。
「取り調べにあたり、君の通う冒険者学校の教師や本職の冒険者に意見を聞いたが、ここまでの頑強さは熟練の冒険者でも難しいそうだ。我々が知りたいのは事故の詳細ではなく、君がどうしてそこまで強いかなんだ」
「俺の強さですか……」
「冒険者の養成はどの国でも最重要課題だ。しかし、効率的な養成方法は確立されていない。君が個人でやっている訓練プログラムなどがあれば教えてもらえないか?」
警察官の目的は、ソウマの強さの秘訣だった。
「分かりました」
警察に対して嘘をつけるほど、ソウマは器用な人間ではない。
(信じにくい話だとは思うが、エレナだって信じてくれたんだ。真実を話せば警察も信じてくれる!)
そんな思いもあり、ソウマは包み隠さず話した。
「俺、寝ている間にミストリアって異世界に行けるんです!」
その結果――。
「ふざけるのもたいがいにしろ!」
信じてもらえないどころか、最終的には怒鳴られた。
◇
約一時間の取り調べを経て、ソウマは釈放された。
閉幕するかと思われた彼の物語が、再び開幕する。
(警察の人は学校に連絡しておくと言っていたが、今日はPT訓練だぞ。PTメンバーを待たせてしまったじゃないか……! クソ!)
ソウマは駆け足で学校に向かった。
「何あの人!」
「車より速く走っているわ!」
タクシーや電車に乗るより、走った方が早い。
そうしてソウマが学校に着くと、二人の人物が彼を待っていた。
「遅い!」
開口一番に怒鳴ったのは逢坂マイだ。
青のセミロングヘアが風になびいている。
「警察から連絡は受けている。不運だったな」
優しく話しかけたのは教師の斉藤だ。
「待たせてしまって悪い……って、他のメンバーは? 今日は4人PTのはずだが」
「そのことだが、逢坂からの希望で変更になった。今日は彼女と2人でダンジョンに挑んでもらう」
「学年トップの逢坂さんが俺を独り占めしたいってこと?」
即座にマイが、「違うわよ!」と怒鳴った。
頬が少し赤く染まっていた。
「この前の演習場で、あんたは異常な点数を叩きだした。あれが実力ではなくインチキだと証明するためよ」
「インチキではなく実力だが……」
「俺もそう話したのだが、逢坂が自分の目で確かめたいと言って聞く耳を持たなくてな。ま、二人ともエリート校でも通用する強さだから問題ないだろう……と、学校も判断した」
「なるほど」
ソウマは気に留めていなかった。
仲間の能力に全く期待していなかったからだ。
「私はこの週末、冒険者に頼んでダンジョンに同行させてもらった。この学校から行けるお遊びのダンジョンじゃなくて、レベル8のダンジョンだから!」
「学生なのに冒険者と活動できるのか?」
ソウマには二つ気になる点があった。
「学校と冒険者の許可があればね。もちろん報酬は貰えないよ」
「タダ働きか」
ソウマは残念に思った。
(報酬が出るなら俺も冒険者と狩りに行ったのに)
「タダ働きって……自惚れすぎでしょ。足を引っ張る身なんだから、報酬なんか貰えなくて当然。むしろ普通ならお金を払うものよ」
「逢坂さんならそうかもな」
「なっ……! なんですって!?」
マイの顔が真っ赤になる。
「悪い悪い、煽るつもりはなかった。それより、レベル8のダンジョンに行ったんだよな? 敵はどんな魔物だったんだ?」
「サボテンマンよ!」
「あー……」
ソウマは苦笑いを浮かべた。
(俺も同じ奴を狩っていたなぁ。レベルのわりに弱くて拍子抜けしたんだよな)
ソウマは昨日の戦闘を振り返る。
敵が弱すぎて、本当にレベル8なのか疑問に思ったほどだった。
「さすがに知っているようね。サボテンマンは見た目に反して非常に強いわ。この学校の生徒なら生きて帰るだけでも精一杯でしょうね」
「へ、へぇ……! そうなんだ……!」
誇らしげなマイの顔を見て、ソウマは「何も言わないでおこう」と思った。
◇
ソウマとマイは、斉藤の後ろに続く形で校舎を歩く。
ダンジョンに繋がるゲートがある『転移室』に向かっていた。
「あれ? こっちじゃないんですか?」
突き当たりで、斉藤は普段と反対の道を選んだ。
「逢坂の希望で、いつもとは違うダンジョンを使うことにしたんだ。成績上位の三年生だけが、卒業間際にのみ挑める最難関ダンジョンさ」
斉藤は背を向けたまま答える。
「どうしたの? 怖くなった?」
マイがニヤニヤと尋ねた。
しかし、内心では彼女自身が不安になっている。
(さすがに二人だと無謀すぎたかな? なんだか緊張してきたわ)
一方、ソウマは涼しい顔をしていた。
「別に怖くないよ。だって、サボテンマンより弱いんだろ?」
「なっ……!」
「ははは、サボテンマンとは比較にならないよ。最難関といっても学生の練習用だからな。それでも、レベル5のダンジョンだから危険度は桁違いだぞ」
マイは「レベル5……!」と震える。
ソウマは「レベル5……」と苦笑い。敵のレベルが低すぎて。
「到着だ」
三人は目的の転移室に着いた。
いつも利用している場所と違って小さな部屋だ。
中に入ると、斉藤が装置を操作した。
「神代の強さなら問題ないと思うが、無理はするなよ」
部屋の奥にゲートが現れた。
縦に長い楕円形の黒いもやもやだ。
SF映画などに出てくるブラックホールを彷彿とさせる。
「ま、前の演習でインチキしていたって認めるなら、別のダンジョンに変えてあげてもいいけど?」
マイが震える声で言う。
「何を言っているんだ。行くぞ」
ソウマは剣を抜き、悠然とゲートに入っていった。
「待ちなさいよ!」
マイが慌ててゲートに向かう。
そんな彼女の肩を斉藤が掴んで止める。
「逢坂、先に言っておく」
「何ですか? 先生」
「神代の強さに圧倒されて絶望するなよ。お前だって別格なんだから」
マイはカチンときて、斉藤の手を振り払った。
「私が神代に劣っているなんて決めつけないでください! それに、彼は少し前まで落ちこぼれだった! ゲームじゃないんだから、どれだけ頑張ったって短期間ではそこまで強くなれない!」
マイは斉藤の返事を聞くことなくゲートに消えていった。
「常識で測れる強さじゃないんだが……」
斉藤はため息をついた。
◇
(演習場のスコアには絶対に裏があるはず。それを突き止めてやる!)
暗転していたマイの視界に、ダンジョンの風景が映り始めた。
月光を反射する広大な湖のフィールドで、周囲は木に覆われている。
そして、視界の中央では――。
「敵が近くにいたから勝手に戦闘を始めたけど問題なかったよな?」
――と、ソウマが涼しい顔で敵を皆殺しにしていた。
ハヤブサの姿を模したスライムの死骸が、そこらに積まれていた。
「まだダンジョンに着いて数分なのに、もうこれだけの数を……!?」
「一撃で死ぬからな、こいつら」
ソウマは〈ライトニング〉で空飛ぶスライムを撃ち落としていく。
「え、あんた魔法を使えるの!? というか、威力もおかしいし!」
「そうなのか? ミストリア製だからかな?」
「ミストリア……?」
ソウマは気にすることなく魔法を連発する。
(地球でも魔法を使えるか不安だったが、無事に使えてよかったぜ。MPゲージがないので勝手が悪いけど、初級魔法だから100発程度なら撃てるし問題ないな)
そんなことを思う彼の後ろで、マイは顔を真っ青にしていた。
(な、なんなのよ、こいつ……!)
斉藤がどうして「絶望するな」と言っていたのか、マイは理解した。
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