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010 スポットワーク

「ん……うぅん……!」


 実家の布団で、ソウマは目を覚ました。


(地球に戻ってきたのか)


 眠気の残る頭で、ミストリアでのことを思い出す。

 大神殿を出たあと、エレナと解散して宿屋に泊まった。

 風呂に入って体を綺麗にしたあと、ベッドに入った。


 普通に寝ようと思ったが、直前になって名案を閃いた。

 年頃の男らしく想像力を活かして気持ちを高めたのだ。


 プリーストのエレナ、宿屋のアイリーン、冒険者ギルドのマリーダ……。

 色々な女性とのアレやコレやを頭の中に思い描き、多幸感に包まれた。

 で、絶頂になったところで意識が飛んで今に至る。


(実家だと一人の空間がないから無理なんだよな……)


 ミストリアの新たな活用法に満足したところで、ソウマの日曜日が始まった。


 ◇


 この日、ソウマは珍しく暇だった。

 いつもなら日曜日はバイトだが、今日はシフトが入っていない。

 そのうえ学校も休みなので、やることがなかった。


(スポットワークでもやるか)


 ソウマは居間のちゃぶ台に肘を突いてスマホを触る。

 スポットワークとは、ウー○ーイーツやタイ○ーのことだ。

 生活費の足しになればと思い、ソウマは暇があれば働いていた。


(前までは肉体への負担を考えて倉庫でする簡単な作業ばかり選んでいたが、今だったら建設現場で肉体労働をするほうが楽に稼げそうだな)


 もっさりした動作のスマホを操作しながら、ソウマは仕事を物色する。


(既に冒険者としてやっていけるだけの実力はあるのに、こうして安い仕事をしないといけないのは悲しいもんだ)


 冒険者として活動するには、冒険者学校を卒業する必要がある。

 今のソウマにとって、その制度は足枷でしかなかった。


(ライブ会場の設営か。見るからに肉体労働だ。給料もいいし、これにしよう)


 ソウマは仕事に申し込んだ。

 次の瞬間には承諾されて、時間と集合場所が表示される。


「よし」


 ソウマは立ち上がるとふすまを開けた。

 台所で食器を洗っている母のナミエに声を掛ける。


「バイトに行ってくるよ」


「うん、行ってらっしゃい」


 ナミエはソウマの顔を見た。

 ちらりと見るだけの予定が、驚いてまじまじと見てしまう。


「どうしたの? ソウマ」


「え? 何が?」


「すごく嬉しそうな顔をしているわ。あんたのそんな顔を見るのは、お父さんが亡くなって以来よ」


「そうかな?」


 ソウマは居間の姿見で顔を確認してみた。

 自分では分からないが、血色がいいとは思った。


「何かいいことがあったのかい?」


「まぁ、そうだな。冒険者としてやっていける自信ができた。数年先になるけど、親孝行できるから楽しみにしていてくれ」


「何を言っているのよ」


 ナミエは嬉しそうに笑う。


「あんたが産まれてきて、こうして元気に育っているだけで、私にとっては十分な親孝行だよ。冒険者なんて危ない仕事を無理にしなくていいんだからね」


「無理なんかしていないよ」


 ソウマは溌剌(はつらつ)とした笑顔で言った。


 ◇


「おい、あんたすげーな!」


「見た目はヒョロヒョロなのに、俺より力があるな!」


「こりゃいい助っ人が来てくれたもんだ!」


 ソウマの活躍によって、ライブ会場の設営作業は一瞬で終わった。


(やっぱり総合力が1682もあると超人的な力を発揮できるな)


 他人の100倍近い労働量だったのに、ソウマは汗一つかいていなかった。

 その理由が総合力だ。


 総合力は、文字通り肉体の総合的な能力を数値化したもの。

 これには動体視力や反射神経なども含まれる。


 なかでも数字に表れやすいのが筋力やスタミナだ。

 アスリートやボディビルダーのような訓練が効果的とされている。


 とはいえ、普通の人間には限界がある。

 毎日筋トレをしたからといって、筋力が無限に上がるわけではない。

 他の能力も同様だ。


 しかし、ソウマにはその上限がない。

 レベルが上がると自動的に総合力が上がるからだ。

 そして、上昇した数値はしっかりとパフォーマンスに反映されている。


「なぁ、神代くん、給料を今日の5倍出すから来週もウチで働かないか?」


 会場の設営を担当している会社の男が、ソウマをスカウトした。


「すみません。自分、普段は別のバイトをしているので……」


「そう言わずにどうにか頼むよ。なんだったら10倍払ってもいい! 人手不足で困っているんだ!」


「10倍……!」


 ソウマの心が揺らいだ。

 コンビニのバイトとは比較にならない額なので無理もない。


「すみません、お気持ちは嬉しいのですが……」


 それでも、ソウマは断った。


(バイト先のコンビニには雇ってもらった恩がある。ユキ先輩だっているし、辞めるわけにはいかねぇよ……!)


 ソウマの頭の中にユキの顔が浮かぶ。

 顔の次に胸の谷間や剥き出しの太ももが浮かんだ。


(まずい……! またミストリアで処理しないとな……!)


 その場を凌ぐため、ソウマは仮設トイレに逃げ込んだ。


 ◇


 バイトが終わり、ソウマは帰路に就いていた。

 右手に持っているビニール袋にはケーキが入っている。

 ナミエの好きなショートケーキだ。


(総合力が高いおかげで全く疲れないし、学校を卒業するまでは肉体労働もガンガンしていくか。こっちの世界じゃ、どれだけ頑張っても総合力が伸びないし)


 歩道を歩きながら、ソウマはこのあとのことを考える。


(レベル上げもいいけど、ミストリアの世界をもっと知りたい気持ちもあるんだよな。女神様のおかげで今後も地球とミストリアを行き来できるって分かったわけだし)


 そんなことを考えているときだった。


「きゃあああああああああああ!」


 突如、悲鳴が聞こえた。

 それと同時に、「ブォオオオオン!」と豪快なクラクションも聞こえる。


「なんだ?」


 ソウマは視線を20メートルほど先に向けた。


 横断歩道がある。

 赤信号なのに、道路のど真ん中で幼女がうずくまっていた。

 信号無視をして足をくじいてしまったのだ。


 そこへ大型のトラックが突っ込もうとしている。

 クラクションを鳴らしながらブレーキを踏んでいるが間に合わない。

 速度制限を大幅に超過していたようで、かなりスピードが出ていた。


「まずい!」


「あの子、轢かれるぞ!」


 周囲の人間が顔を真っ青にしている。

 とはいえ、誰も助けることができない。


(普通の人間には無理でも俺なら!)


 ソウマは迷うことなく幼女を助けに行った。

 大事なケーキを投げ出して歩道を全速力で駆け抜ける。


「なんだ!?」


「F1カーかと思ったら人間!?」


 周囲の人間が驚く中、幼女の元に駆け寄る。


「うぇぇぇん、怖いよぉ、怖いよぉ」


「もう大丈夫だよ。お兄ちゃんが助けに来た」


 ソウマは泣きじゃくる幼女を抱えて歩道に退避しようとする。

 しかし――。


(ダメだ! 避けきれない!)


 ソウマが幼女を抱えたとき、大型トラックは1メートル圏内にいた。

 たとえ彼がF1カーに匹敵する速度で動けたとしても間に合わない。


 ドガンッ!


 ソウマの背中に、大型トラックが激突した。

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