001 落ちこぼれ
地球からアクセスできるダンジョン。
魔物の住処であるその場所に、冒険者――魔物を狩る者――を志す学生たちがいた。
すぐ近くでマグマが沸々としている中、多くの生徒が尻餅をついている。
そんな中、一人の男子生徒が剣を片手に魔物を圧倒していた。
一見するとどこにでもいそうな黒髪の男子生徒だ。
「なんだよ、その強さ!」
「少し前まで落ちこぼれだったのに……!」
「どうやったらそこまで急成長できるんだ!?」
多くの生徒が彼――神代ソウマ――の強さに愕然としていた。
「強さの秘訣か?」
ソウマは涼しい顔で強大な魔物を倒すと振り返った。
「それは寝ることさ。昔から言うだろ? 寝る子は育つってな」
◇
話は遥か前に遡る――。
ソウマたち冒険者学校の生徒は、授業用のダンジョンにいた。
レベル1のザコモンスターが跋扈する森だ。
授業の一環で、即席のPTを作って狩りに来ている。
「神代くん、右からスライムの攻撃!」
女生徒が言う。
「え? あ、了解――って、おわっ」
「ぷにー!」
ソウマはスライムの放った液体攻撃をあっさり被弾した。
レベル1の攻撃といえども強烈で、命中した部分の皮膚がただれていく。
「がああッ!」
痛みのあまりのたうち回るソウマ。
「どいてろ、このザコが!」
同じPTの男はソウマを突き飛ばすと、持っている槍でスライムを貫いた。
「スライムの攻撃を避けられないとかセンスなさすぎだろ」
「私、ちゃんと警告したのに……」
女生徒も呆れた様子で回復魔法を発動し、ソウマの怪我を治療する。
この二人だけではなく、もう一人いるPTの女子も不快そうにしていた。
「ごめん……」
ソウマは謝ることしかできなかった。
(俺だって頑張っているのに……! 足を引っ張ってばかりだ……!)
努力しているが、結果が全くついてこない。
ソウマは自分の不甲斐なさが悔しくてたまらなかった。
◇
東京第四冒険者学校――。
ソウマの通うこの学校は、冒険者の養成を専門とする公立学校だ。
学校制度の分類上では高等教育に該当し、大学と同じ区分になる。
校舎の外観などは一般的な大学に似ているが、内装は異なっていた。
冒険者学校にはクラスの概念がないため、数百人を収容できる広々としたフロアが校舎の各階層に設けられていた。
ダンジョンから戻ったソウマは、一年用のフロアにいた。
周囲にはソウマと同じく真紅のブレザーを着た生徒が約500人いる。
担当する教師も20人ほどいた。
「各PTのリーダーは成果を報告するように」
教師の一人が言った。
これを受けて、各PTのリーダーが担当する教師のもとへ集まっていく。
「神代、ちゃんと自分が足を引っ張ったって報告するんだぞ。俺たちのせいにするなよ」
ソウマと同じPTの男が言う。
その言葉に、PTの女2人が頷いている。
「分かってるよ」
ソウマは項垂れながら担当の男教師・斉藤の元へ向かった。
「神代か……」
斉藤は、ソウマの顔を見るなり眉間に皺を寄せた。
「ウチのPTは、スライム3体とゴブリン2体を倒しました」
「たったそれだけしか倒せなかったのか」
「自分が足を引っ張ってしまって……」
「そうだろうな」
斉藤は躊躇なく肯定した。
さらに、こう続けた。
「神代、お前は真面目に頑張っている。それは俺も他の教師も分かっている。だが、お前にはセンスがない。自分でも分かるよな?」
「はい……」
ソウマはこれまでの行いを振り返る。
冒険者学校に入学してから今日に至るまでの三ヶ月を。
決してだらけていたわけではない。
むしろ人一倍努力して、強くなろうと頑張っていた。
手にマメができるまで剣を振ったことも一度や二度ではない。
それでも、全く伸びなかった。
「もうすぐ結成式がある。しかし、誰もお前とは組みたがらないだろう」
斉藤は冷酷ながら現実的な言葉を告げる。
「冒険者だけが人生じゃない。結成式の前までなら、一般の大学に無条件で編入できる決まりだ。決心がついたら職員室に来い。手続きをしてやる」
「……考えておきます」
ソウマは一礼すると、トボトボとその場を後にする。
「斉藤先生、今回の成果は神代が足を引っ張ったからなんですよ!」
「私たちは全く問題なかったのでマイナス評価はしないでください!」
ソウマと入れ替わりで、彼と同じPTだった生徒たちが斉藤に駆け寄った。
◇
学校を出たソウマは、真っ直ぐ帰宅した。
彼の家は錆まみれのトタン屋根が特徴的な古い平屋だ。
築年数は優に50年を超えている。
「おかえり、ソウマ。学校、お疲れ様」
母のナミエがソウマを迎える。
「ただいま」
「学校はどうだった? 無理していないかい?」
ナミエが優しく話しかける。
「大丈夫だよ」
ソウマはそれしか言えなかった。
そんな彼の心境をナミエも理解していた。
(やっぱり皆についていけていないのね)
とは思うものの、ナミエは気づいていないふりをする。
「今日の晩ご飯はカレーだからね!」
「ありがとう、俺は部屋で筋トレしてるね」
ソウマは台所から居間に移ると、奥のふすまを開けた。
そこが彼の部屋だ。ナミエの部屋でもある。
(冒険者は稼ぎがいい。俺が冒険者になったら、こんな貧乏生活とはおさらばできるんだ!)
ソウマは敷きっぱなしの布団を畳むと腕立てを始めた。
回数を口にする代わりに、壁に飾られた亡き父の写真を見る。
(親父の遺した借金を返して、母さんに楽をさせる! そのためには冒険者しかないんだ……!)
数十、数百と腕立てを続けた。
全身から汗が噴き出てきてシャツが湿る。
(これで少しは成長したか?)
ソウマは胡座をかくと目を瞑った。
静かに「ステータス」と念じる。
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【ジョブ】剣士
【レベル】1
【総合力】211
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ソウマの頭の中に自身のステータスが表示された。
(たしか筋トレ前の総合力は210だったはず。これだけ頑張っても1しか上がらないのかよ……)
ソウマは絶望した。
冒険者の強さはステータスを見れば一目瞭然だ。
レベルは魔物を倒すことで上がり、総合力は日々の鍛錬で上がる仕組み。
明確な計算式があり、レベル×総合力=最終的な強さとなっている。
ソウマの場合、総合力の低さが問題だった。
(自重トレーニングじゃ限界ってことか? いや、学校にあるジムで鍛えても大して変わらなかったじゃないか)
総合力について考えると、最終的には一つの答えに辿り着く。
(俺にはセンスがないってことなんだろうな)
◇
晩ご飯が終わり、入浴も済ませると、ソウマは布団に入った。
すぐ隣では、ナミエも自分の布団に入っている。
消灯して真っ暗な中、ソウマは言った。
「母さん、明日は学校のあとにバイトがあるから遅くなるよ」
「分かった。無理しないでね」
「大丈夫さ。母さんこそ無理しないで。おやすみ」
ソウマは目を瞑りながら思った。
(冒険者学校に入って数ヶ月。必死に頑張ってきたが、皆との差は開く一方だ。斉藤先生からも退学を勧められたし……やっぱり、この辺が限界なのかな)
工事現場などで肉体労働に精を出す姿を想像する。
(親父の借金が大きすぎて、冒険者以外の仕事だと焼け石に水だ)
ソウマはナミエに背を向け、奥歯を噛みしめる。
(弱気になるな。最後まで足掻いてやれ。冒険者学校は学費が無料だから入れているが、一般の大学は国公立だろうとお金がかかる。俺に冒険者学校以外の選択肢なんてないだろ!)
ソウマは大きく息を吐くと、考えることをやめた。
すると疲労が込み上げてきて、次の瞬間には眠りについていた。
――――……。
「ん……?」
緑の匂いがして、ソウマは目を覚ました。
とりあえず体を起こすと、彼は驚愕した。
「なんだ、ここは……!」
周囲には大草原が広がっていたのだ。
そして、その向こうには、中世ヨーロッパ風の城郭都市があった。
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