いきなり婚約破棄と言われても、私は本物じゃなくて影武者なんですけど。あと僕は男の子です
「パルミット嬢。おまえとの婚約は破棄する」
魔法学園の卒業パーティーで、僕は王子に婚約破棄の宣言をされる。
僕は、この王国一の勢力を持つ伯爵の令嬢パルミットとして、威厳ある態度を必死に作る。
「このわたくしとの婚約を破棄するつもりとは、なんのつもりですか?」
ちなみに、僕はパルミット様、本人じゃない。パルミット様の影武者で、パルミット様のふりをして、この魔法学園の卒業パーティーに参加していた。
今、僕の足は震えている。
僕は非常に困っている。
誰か助けて!
「なんのつもりだって?おまえのようなガサツな女、僕の妻にふさわしくないだろ」
それは反論できないな。
パルミット様、人前の食事で全部食べるタイプだからな。
あと、屋敷の中、走り回るし。
僕を練習台にして、護身術の技を練習するの止めてほしい。
「それにおまえは、外交で目立ちすぎだ」
それは仕方がないでしょう。パルミット様は優秀なんだから。
「女は、男より前に出たらダメなんだ」
いや、あなたがポンコツなのが悪いんでしょうが。
「婚約破棄なんて許されると思ってますの」
と、僕はパルミット様を演じながらピンチを乗り切ろうとする。
「僕は真実の愛を見付けてしまったんだ」
「わたくしは・・・」
無理。無理。これ続けるの絶対に無理だ。
「すみません、王子。自分はパルミット様、本人じゃありません。パルミット様の影武者です。あと、僕は男の子です」
僕は王子に正体を明かす。
王子は天井を見上げ、酔ったように言った。
「おまえとの愛の無い政略結婚を捨て、僕は真実の愛に生きることにした」
なんで続けるの?
「王子、王子。僕、影武者ですって」
「彼女との出会いは運命の出会いだった」
「王子ってば。僕、影武者なんです」
「影武者なんてくだらない冗談をはさむな。こっちは真剣にしゃべっているんだ」
あっ、そうなるんだ。
なんで?
そもそも、僕、パルミット様とぜんぜん似てないよ。
パルミット様は十八歳で、僕は十二歳だよ。背丈も、僕の方がずっと低いし。
みんな、僕が影武者だって知っているよ。
わざわざ、王子に、僕は影武者ですって言わなかったけど、普通わかるでしょう。
そこまでポンコツなの?
「僕はおまえとの婚約を破棄して、水の乙女との真実の愛に生きる」
会場のみんなの視線が、水の乙女に集まる。
名前を出された水の乙女は、鳥のもも肉にかじりついたところで固まっている。
王子。これ、水の乙女に話を通してないでしょう。
ゆっくりと鳥のもも肉をテーブルに置いた後、水の乙女は王子の隣に並ぶ。タレで汚れている手はさりげなく後ろに隠している。
「パルミット様、すみません」
と、僕に謝罪する水の乙女。
いやいや。水の乙女は僕が影武者だって知っているじゃない。
十分前まで世間話していたじゃない。
僕に、女装の時は下着も女物なのかって興味しんしんで質問してきたじゃない。
(王子と恋愛したんですか?)
(知らない。知らない。会話だって三回したぐらいよ。こいつ、女性に仕事で話しかけられたら、自分に気があると勘違いするタイプよ)
(それ、今、言ってくださいよ)
(いやよ。私、このパーティーが終わったらトンずらするわ。あなたも逃げたほうがいいわよ)
(僕、下級だけど貴族なんです。逃げたら残された家が取り潰しです)
(お貴族様は大変ね。なら、自分でなんとかしないと、下手したらあなたバルダン監獄行よ)
水の乙女が忠告してくれる。
自分が影武者の時に、婚約破棄が成立してしまったら、どんな処罰が下ることか。
悪名高いバルダン監獄行だけは嫌だ。
女性の囚人は強制労働で、男性の囚人はえっちなことをされるらしい。
男女逆じゃないかと僕は思うが、そうらしい。
そこには絶対に行ってはいけないと、僕の悪い予感が告げる。
僕の悪い予感はよく当たる。
問題は、その悪い予感から、避ける能力が僕はいちじるしく低い。
「王子!僕は影武者なんですってば!」
「国民には、水の乙女との結婚を明日に発表する」
王子は僕のことを完全に無視して話を進める。
影武者として認めさせるのは無理だ。
どうする?どうしたらいい?
僕は深呼吸をする。
よし。
僕は不敵に見えるだろう笑みを作る。
「わたくしと婚約破棄することは、どういうことかわかってますか?」
パルミット様の偽物と認めてくれないなら、本物としてやりこめるしかない。
「王家のあなたと、貴族をまとめる伯爵家の私。すでに周知されているこの婚約を破棄すると言うことは、王家と貴族の関係が破綻したと声明を出すことに等しいのですよ。それをわかってますか?内戦が発生しますよ」
「僕はそんなつもりじゃあ・・・」
「王子にそのつもりがなくても、王家も貴族も平民も、この国の者はそう受け取ると言うことです」
王子は言葉を失う。
よし。王子を抑え込んだ。
「水の乙女と恋愛したいなら、結婚以外にも道があります。とりあえず、私との婚約破棄は保留ということで・・・」
「ちょっと、待った!」
僕の言葉を遮る新しい声がした。
「私は王子と水の乙女の真実の恋愛を支持しますわ。婚約は破棄すべきです」
仮面で顔を隠し、魔法学園の制服を着た女生徒が、現れる。
「君は?」
「私は王子の真実の愛に感動した者です。この仮面はパルミット様に正体がばれないための仮面ですのでお気になさらず。私に王子の手伝いをさせてください」
ああっ。
僕は悟る。
僕はこれから負けるのだ。
仮面の女生徒は、婚約破棄しても王家と貴族の関係が破綻しない方法を王子に伝授していく。
「おおっ。そんな方法が。君はいったい何者なんだ?」
王子。
その人は、顔を隠しているけど、王子以外はその正体をみんなわかってますよ。
面白ければ面白い方に乗っかる人。
パルミット様、本人だ。
僕の前で、仮面で顔を隠した辺境領主が大笑いしている。
卒業パーティーで僕がパルミット伯爵令嬢として婚約破棄された顛末を聞き、辺境領主は大爆笑していた。
「それで、君は負けてここに追放されてきたのか」
僕は辺境領主に愚痴る。
「そりゃあ、パルミット様は婚約破棄されて追放されても、どうとでもなるからって、ここまでやらなくてもいいじゃないですか」
「それで、君に影武者を続けさせている本物のわが従妹は?」
「本物のパルミット様は、僕の心をぼきぼきに折ったあと、また隠密外交に戻りましたよ」
「王子の方は?」
「それがよくわからないんですよね。パーティーの後、王子は王子の影武者に替わってずっとみかけなかったんですよ」
「それ、本物、バルダン監獄行になっているんじゃ」
「聞きたくないです」
「まあ、わが従妹が表舞台に復帰するまで、ここでゆっくりしていきたまえ」
「あの、失礼ですが、その仮面はなんですか?」
「ああ、これか。君は男の子だから、大丈夫だな」
辺境領主は仮面を外し、僕に素顔を晒す。
トクン。
何故か僕の鼓動が高鳴った。
「魔女に呪いをかけられてね。女性が私の素顔をみたら惚れてしまうと言う、おかしな呪いだよ」
トクン。
「あの。男には効かないんですよね?」
「ああ。大丈夫だ」
トクン。トクン。
やばい気がする。
何かはわからないが、やばい気がする。
僕の予感はよく当たる。
だけど、それを回避できるかはわからない。
誰か助けて!
おわり