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闇の涯  作者: 藍原センシ
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『闇の涯』 第33回


          *   *   *


『星紀、大丈夫? 霊気が消耗しているようなら……』

 また一体のオートマトンを屠ると、ムウが語り掛けてきた。

 僕/ムウとジャンプさんは工業団地に入ると、高台の獲龍宮に向かって進みながらセキュリティ用のオートマトンと交戦していた。僕の肉体情報には重度の骨折と筋肉疲労が含まれている上、適性のある(さが)がなく剣技も使えないので、戦闘中はジャンプさんに神依している訳にも行かない。

「大丈夫だよ。今まで刻印獣と戦ってきた事を思えば、こいつらなんて雑魚の範疇だ」

「けど、どうもこいつらの動きはおかしいな」

 ジャンプさんは、携帯砥石で自らの刀を手入れしながら呟く。

「哨戒してるっつうより、全部同じ方向に向かって動いている気がする。市街地の方に出ようとしているみてえだ」

「もしかしたら、僕たちが市街地経由で獲龍宮を目指す事を読んで、禎宣やクシュナがオートマトンのプログラムを書き換えたのかもしれません。向こうも僕たちとほぼ同時に浮上したなら、もう三十分は経っているし、それくらいの時間はあったかと」

 言いながら、少なくともクシュナの仕業ではないな、と僕は考える。彼女の目的は、僕たちを禎宣に引き合わせる事にあるはずだ。ただ、禎宣もまた僕たちとの対面を望んでいるとすれば、彼の仕業であるというのも道理に合わない。

 そのような事は今はどうでもいい、と、僕はすぐに我に返って余計な考えを振り払った。ここでの戦いは、まだ重要な事ではないのだ。

(かえ)って都合がいいじゃないですか、それなら先に進めば進む程、危険な敵は出なくなる」

「……そうだな。変な事言って悪かった。急ごう」

 勿論、強力な機関砲を備えたオートマトンに気付かぬうちにキャッチされ、死角から射撃などされては絶体絶命なので、警戒は解く事なく足を進める。進むうちに、工業団地のあちこちに既に破壊された自動人形の残骸なども見られるようになった。

 森界の時間では、《臨空の盾》が獲龍宮侵入作戦を発動してからまだ二時間も経ってはいない。これらは、恐らく僕たちと同じルートで獲龍宮を目指した際にシンハさんたちが破壊したものなのかもしれない。残骸の数は進めば進む程増え、対して巡回行動を行っているオートマトンの数は少なくなっていく。これらが一方通行で工業団地から離れようとしているのは、まず間違いがないようだ。

 朝焼けの中に浮かび上がる獲龍宮は、黒々と影を落とし、静まり返っているようだった。しかし、その静寂(しじま)は穏やかなものではなく、荒れ狂う猛獣を閉鎖空間に閉じ込めたような、現状の何かが一つでも狂えば容易(たやす)く崩れ去るような張り詰めた静けさだ。僕の中で、ムウが『全然違う……』と呟いた。『継承の儀の時と。あの時は、宮は夜なのに明るかった』

「今は、朝なのに暗いって感じだね」

 何か良くない事が着々と進んでいる。そんな気配が、ひしひしと肌を刺してくる。

 母は、焦る必要はない、と言った。だが、このまま巡回ルートの分からないオートマトンを警戒してじりじりと進み続けたのでは、僕たちが獲龍宮に辿り着くまでにどれだけ”事態”が進むか分からない。

「さっきから、敵が出なくなった。一か八かだけど、警戒を解いてダッシュしようか?」

 僕が提案すると、ムウもジャンプさんも黙り込んだ。が、それは一瞬の事だった。

『分かった』「それで行こうぜ」

 ジャンプさんの方は、僕が動くよりも早く駆け出した。僕も負けじと地面を蹴る。空魔の軽快な体で、鉄器族の限界を超えた俊敏さで疾駆する事にもとうに慣れていた。むしろ、自分の体が鈍く感じられる程だ。

 僕/ムウとジャンプさんは、複雑に入り組んだ工場設備や施設を潜り抜け、建物の壁や天井を走り、絶え間なく高度を変えながら前進した。当然のようにまだ破壊されていないオートマトンは居り、下方から対空射撃を行ってきたが、僕たちは身を捻っては回避し、敵のセンサーからロストする場所まで逃れる。これについては、巨大な刻印獣たちと戦う際に空中を移動する事が多かった僕/ムウが、ジャンプさんよりも動きに柔軟さがあった。

 そして、ものの数分で視界から猥雑な人工物の黒鉄(くろがね)色が消失した。舞い上がった僕たちの眼下に、紫禁城や首里城を思わせる、宮へと続く長大な階段──(ただ)し、とてつもなく傾斜が急だ──が現れる。

 その半ば程の位置に、クシュナが立っていた。擬鉄界で見た時のような現代日本の服装ではなく、袖なしの鎖帷子(かたびら)と草摺、具足を身に着けている。彼女は僕たちの接近に気付くと、あの鉈のような刀を振り上げた。

鉈爬螺(ジャバラ)!」

「うおっ!? 何しやがる! 断落双(ダンラクソウ)!」ジャンプさんが空中で剣技を発動する。

 刀同士のぶつかり合った火花が、降下の軌道に入りつつある僕/ムウに雨(あられ)と降り注いできた。視界の一角が明滅し、すぐ横を通過したクシュナの刀身が見えなくなる。僕は感覚だけを研ぎ澄ませ、そのばらけた刀身の繋ぎ目──刀を伸縮させるケーブルの一本に向かって、全身を発条(ぜんまい)の如く捻って渾身の横薙ぎを繰り出した。

緋炎斬(ヒエンザン)!」

 カシャーンッ! という、鼓膜を串で刺すような鋭い音が鳴り響いた。ヒットしたのはいいが、ケーブルもまた金属製だったらしい。しかも、細い割に思いがけない強度だ。

「お嬢ちゃん、危ねえっ!」

 クシュナの刀の先端を弾き返し、着地しようとしているジャンプさんが警告を発した。

 次の瞬間、彼に防がれたばかりの刃先が生き物のようにうねり、宙返りを行っている僕/ムウの下方から太腿に肉薄した。スカートの端がギザギザにささくれ立ち、一筋の血飛沫(しぶき)が空中に朱の緒を曳く。血管が断裂する、ぷちり、という不快な触覚が、やけにはっきりと僕には感じられた。

 僕は、(かろ)うじて発声を呻き声に留め、バランスを取って階段に着地した。シュルシュルと空気を切り裂く音を立て、クシュナの刀が収縮していく。太腿から膝にかけてだらだらと流れるような出血の感覚があり、見ると黒ずんだ血が零れていた。斬られたのは静脈、すぐに失血死するというような事もないだろう。

「気丈だな、《(まむし)》のリーダーの妹? 修羅場には慣れていないかと思っていたが」

「クシュナ、あんたは何がしたいの?」体の主導権が、ムウに切り替わった。「私たちを、禎宣に引き合わせるんじゃなかった? 何処に居るの、シンハさんたちは?」

「……さては、あの小僧も貴様と一緒だな? 無意味な事を……だが、都合がいい」

 クシュナは、顎でジャンプさんを示した。

「小僧の情報を、その男に上書きしろ。あの男の友なのだろう、そやつを行かせた方が、不意討ちを遂行出来る可能性が高い。そして娘……貴様は、やはり《蝮》の(ともがら)として我が裁きを受けるべきだ」

「シンハさんたちは、何処!?」ムウは、()れたように叫ぶ。クシュナが何も答えずにいるのを見ているうちに、彼女ははっと気付いたようだった。

「そっか……《銀狐》、あんたも知らないのね? やっぱりあんたは、禎宣に捕虜を何処かに隠されて従わされているんだ。私たちへの”脅迫”だって、本当は違う事を禎宣から言われているんでしょう? だけど、どうしてそんなにシンハさんたちを取り戻したいの? あんたはどうせ、彼らを処刑するつもりなんでしょう? もしかして、公開処刑をする事に何か意味が……いや、それとも禎宣は、本当はやっぱりサナの味方で」

「口を噤め、(かしま)しい」

 クシュナは吐き捨てるように言い、また素早く刀を(しな)らせた。僕/ムウの胸元が浅く切り裂かれ、布切れと数滴の血が舞う。皮を薄く切る程度の斬撃ではあったが、部位が部位だけに僕はひやりとした。ムウも、呼吸が止まったように台詞を切る。クシュナはこれ以上こちらに考えさせる気はない、というかのように手首を振った。

「やむを得まい、貴様らが使い物にならないとすれば、ここで始末するまで」

「星紀」ムウは僕の名前を呼び、不意に姿を崩した。

 視界が光に満たされ、視点がジャンプさんの立っていた場所まで移動する。その視界に再び光が凝集してムウの姿となり、身体感覚が戻って来た僕が自分の体を見下ろすと──Tシャツとジーンズを身に着けた、階星紀としての姿に戻っていた。どうやら、ムウを介したジャンプさんへの神依が済んだらしい。

「禎宣に会いに行って。《銀狐》は、私が何とかするから」

「ほう?」クシュナが、ぴくりと片眉を上げる。「兄ですら敗衄(はいじく)した、私をか?」

「だからよ、《銀狐》。あんたを止めるのは、私の役目」

「ムウ──」

 僕は言葉を発しかけ、すぐに口を閉じた。禎宣に会いに行くのが僕の役目なら、ムウの役目はここでクシュナを食い止める事だ。彼女は、それを僕以上に理解している。僕がここで二の足を踏んでは、彼女に着いて来た意味が失われる。

「……頼んだよ」

 僕は一言だけ言い、クシュナの横を通り抜けた。擦れ違う一瞬だけは緊張したが、クシュナは僕に不意討ちを行うような事はなく、ただ油断なくムウを睥睨していた。

「せいぜい、友という羈絆に期待するとしよう。……いざ、尋常に」

「行くよっ!」

 遠ざかっていく階段の下の方から、たちまち凄まじい剣戟が(こだま)し始めた。

 本日は「未分類」の方にも投稿しています。宜しければそちらも是非お読み下さい。

※今更ながら、「小説家になろう」で公開している作品群は、スピンオフなどの投稿を行う場合を考え全て完結設定を行っておりません。「未分類」と「二次創作」を除く作品は全て本編完結となっていますのでご了承下さいませ。

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