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闇の涯  作者: 藍原センシ
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『闇の涯』 第31回


          *   *   *


 午後七時半を過ぎても、ムウは僕の部屋に帰って来なかった。一人で気持ちの整理が出来るように、彼女が志総教授に”仮説”を伝える間先に帰っているように言われた僕だったが、彼女たちの議論は余程長引いているらしい。

 夕食を作る気も起きず、一人でベッドに横たわって天井を見つめ続けていた時、インターホンが鳴った。続いて、躊躇いがちなノックの音と共に母の声がした。

「……星紀」

 僕は、緩慢に立ち上がり、玄関の扉を開ける。

「何?」

「あ、星紀……えっとね」

 立っていたのは、両親どちらもだった。母は、僕の目を真っ直ぐに見られない、というかのように顔を俯け、視線を忙しなく左右させていた。

「ムウさんから聞いたわ、その……禎宣君の事」

「その話か」僕は溜め息を()く。

「彼は本物の禎宣君……志総さんの、私たちの先輩の子かもしれない。だけど、私たちは信じている訳じゃないからね。あの子、星紀の気持ちを考えないもの」

「……何だって?」

 僕は、二人を玄関から中に入れる事も忘れていた。僕の声に棘が混じった事に気付いたらしく、父は慌てたように「いや」と言ってから母の肩に手を置いた。

「父さんたちも、星紀に対して強いている事を考えれば、親失格だと言われても文句は言えない立場だ。ムウちゃんだけを責めるような事を言うつもりはないんだよ。だけど、彼女がお前たちに話した事は、デイン殿の……いや、禎宣君の親友であるお前に話すには、もっと慎重になるべき事だったと思う。少なくとも、今の推測の域を出ていない段階で話すような事じゃなく、先に私たちに説明してくれるべきだったんだ」

「そう? 僕には、ムウくらい筋道を立てて喋る事なんて出来ないけど」

「まず、彼が本物の禎宣君だとして、何かの事情でデイン殿になり代わる必要があったとしても、どうして神依をして空魔の記憶を消すなんて七面倒臭い事をした? ヒミツは擬鉄界のシステムコンソールを掌握している。外見どころか、自分のユニットIDすら書き換える事が出来たはずだ」

「そんな事をすれば、コンソールに変更履歴が残るだろう。一発でバレるよ」

「先輩が、デイン殿の中身がすり替わっている事に気付かなかったという事もある。彼にとって、禎宣君は我が子だったんだ。デイン殿が急にそのような素振りを見せ始めたとしたら、先輩が気付かない方がおかしい」

「『闇の涯』を見に行った禎宣さんが戻って来るまで、こっちの時間では一週間程度だ。彼はよっぽどデインが幼い頃に、彼になり代わったんだろう。幼少期だったら自我も変容しやすいし、同じ親に育てられたなら何かしら似るところも出てくる。それに志総教授は……デインを禎宣さんと重ねて見ていた。彼ら同士の類似点を無意識に見(いだ)そうとしていたなら、禎宣さんのなり代わったデインの言動が本物の彼に似ていても違和感は感じないだろう。全部、主観の問題だって本人が思うんだから」

 僕にことごとく論破され、父は黙り込む。母が更に何かを言おうとしたが、そこで僕に限界が訪れた。

「ほっといてくれよ、もう!」

「星紀──」

「父さんも母さんも、口では何を言おうが僕に言い訳しているんだろう! 僕が命を賭けなきゃいけないのはムウのせい、僕が傷つくのは禎宣のせいって。だけど、ムウも禎宣も、僕の友達の事なんだよ? あの二人のせいで僕が不幸になるみたいに、勝手に決めつけるのはやめてくれよ。禎宣が何を考えているのかも分からないのに、今の僕にそれを考える時間もくれないのかよ!」

 マズいと思ったが、決壊した感情を抑える事は出来なかった。視界がぼやけてくる。

「僕の友達の事について、今更口を出さないでよ……デルマとヤエナを、僕から奪ったのに」

 何故この時、その二人の名前が口を突いたのだろう。

 一週間計画で僕が友情を育み、そして”なかった事”にされた記憶の中の二人。今、両親が弁明しようとしている──否、僕を侵害してしまったと思い悩ませ、苦しめている”罪”の世界で、僕に幸せな日々を与えてくれた友人たち。

 その時、開けっぱなしの玄関にムウが駆け込んで来た。

「秀夫殿! 寛美殿! 何をやっているんですか!」

「ムウ……」僕が呟くと共に、両親が振り返った。僕が爆発させてしまった声は、どうやら丁度帰って来たムウにも聞こえていたらしい。彼女は両親が何かをしたと思ったらしく、いつの間にか流れていた僕の涙に気付くと(まなじり)を吊り上げた。

「私の責めなら、幾らでも負います。だけど、星紀を泣かせるのは話が別です」

「ムウさん、あなた」母がまた開口しかけたが、

「ムウ、違う!」僕はそれを遮ってムウに言った。「父さんも母さんも違う、僕は自分がヒミツに参加している事を、不幸だなんて思っちゃいない。ムウと出会った事も、禎宣と出会った事も……デルマやヤエナに出会えた、一週間計画の事も」

 僕は涙を拭うと、「感情的になってごめん」と言い、両親に頭を下げた。

「皆の事、出会わなければ良かったなんて、僕には思えないよ……そして一週間計画がなかったら、僕は誰にも出会えなかった。天才コンビなんて呼ばれる事もなかっただろうし、そしたら禎宣にすら──志総教授は言っていた、僕たちの出会いは必然だったって。その必然も、ヒミツが僕を巻き込んでくれたから必然になったんだ」

「………」

 ムウは、黙って玄関の扉を閉める。それから僕の隣まで来て、そっと腕に触れてきた。

 僕は、ムウの手をぎゅっと握り締め、両親を真っ直ぐに見つめた。

「二人が僕を巻き込んでしまったって後悔していたとしても、僕は二人に巻き込まれた事、後悔してないよ」


          *   *   *


「……星紀」「何?」「起きてる?」「……まあ」

 もうすぐ日付が変わる、という頃だった。床に横たわり、ベッドに背を向けている僕に、同じく壁の方を向いているらしいムウの声がベッドの上から掛けられる。

 彼女は禎宣/デイン=本物の禎宣さんという”仮説”について志総教授に話し、クシュナからの脅迫についてありのままに告げた。研究棟内の防犯カメラの映像を確認したところ、禎宣が返霊器の安置されている実験室に侵入する様子──入口からは出入りしておらず、空魔の身体能力を用いて窓を侵入経路にしているようだった──、またクシュナを伴って実験室から出て来る様子がしっかりと映っていたそうだ。これにより、彼らは表面上の事ではあるのだろうが協力関係にある事が示唆された。

 探せばそれ以前にも禎宣が返霊器を使用している映像はあったかもしれないが、録画映像は一ヶ月ごとに削除されるので当てには出来ない。

 教授は、まだクシュナの口にした「デインの化けの皮を被った鉄器族」について、それが本物の禎宣さんかどうかは確証が持てない、という事を強調した上で、《臨空の盾》が人質に取られているのなら無視する訳には行かない、真相を確かめる意味も込めて禎宣に接触しようと意思を示し、作戦を立てた。

 まず敢えて再び禎宣やクシュナの侵入を許し、森界に浮上させる。恐らく彼らの”窓口”は獲龍宮にある招霊器だと思われるが、ムウが潜行してきた招霊器は《臨空の盾》の隠れ家にある。獲龍宮へは、クシュナに脅されているという事実を逆手に取れば、さして疑いも抱かれる事なく入り込めるだろう。

 作戦の舞台を敢えて森界にする理由は、クシュナを警戒しての事とされていた。無論、こちらに彼女の指示通り禎宣を殺すつもりはない。それに、シンハさんたちの事も救出せねばならない。魔気を臨空術の媒体として使用出来る森界であれば、僕の霊気を気にする事なく戦う事が出来る。……と、万全を期す意味の措置だと説明されたが、僕はムウの様子から、それだけではないと察していた。

 教授とムウは、この作戦に僕を参加させない方向で話を進めているのだ。

 森界で決行するのは、ムウの戦いに僕が化身を務める必要がない、というもっともらしい理由をつける為。そしてそれは、教授が既に覚悟を固めつつある為──もし禎宣の正体が本物の禎宣さんで、彼がサナ氏や人類に仇成すつもりでいるのだと分かった時、彼の命を奪わなければならない為。そう悟ったからこそ僕は、

「森界には、僕も行くからね」

 先手を打ってそう言った。ムウは「分かっていた」という顔をしながらも首を振り、

「向こうじゃ、本体のない星紀は幽霊みたいな存在になるって言ったでしょ? 私がクシュナや宮を守る近衛侍(このえじ)たち、《寄生木》と戦うのに、神依は必要ない。星紀の体を使ったまま行くのは、どう考えても危険を増やすだけ。前みたいに誰かの体に星紀が神依をするのは……それこそ、何の意味もない」

 そう説明してきた。

「僕だって、禎宣と話したい。それは、無意味な事かな?」

「もし、彼が星紀と敵対する道を選んだらどうするの? 彼と戦う事になるんだよ?」

「それを、ムウにさせろっていうの?」

 僕が言うと、彼女は緘黙(かんもく)した。彼女も、自分が禎宣を討つ覚悟をしている、とまでは口に出せなかったようだ。僕は自分でもずるい言い方だと分かってはいたものの、彼女のその躊躇いに便乗する事にした。

「僕の友達同士の事を、僕抜きにして決めて欲しくない。もしもムウと禎宣が殺し合わなきゃいけないなら……そんな『もしも』は、僕が作らせない」

「友達同士──」

 ムウが繰り返すのを聞き、僕は彼女の気分を害しただろうか、と不安になった。しかし、彼女はすぐ、そのような僕の不安を氷解させるような笑顔と共に

「そういえば初めてだね。星紀の口から私の事、友達だって言ってくれたの」

 心から嬉しそうに、そう言ったのだった。

 けれど、この距離感は──”友達”で済むのだろうか?

 僕はその時の事を振り返り、現在ムウと一つ屋根の下で寝ているという状況を改めて見つめ直し、今更ながら気恥ずかしさを覚えた。勿論僕も、「男女間の友情=恋愛感情」などと安易な等式を立てるような思想は持ち合わせていないが……

「ねえ、星紀」起きてる? と確認してきたムウは、僕が返事をした事に安心したのか、やや声色を和らげて続けた。「眠れない時って、どうすればいい?」

「どうって……禎宣とHMEで寝落ち通話かな? 羊を数えるのは逆効果らしいし……あっ」

「あ、ごめん、私こそ……」

 彼女は、僕に禎宣の事を口にさせてしまった事を謝っているようだった。僕も、彼女に気を遣わせてしまった、という事に直前で気付く。やはり、僕たちはぎこちない。

 空気が滞りかけ、僕は努めて何でもないように言った。「眠れないの?」

「そりゃあ、明日の事を考えるとね。クシュナだって、私たちを脅した以上もう動き始めていると思うし……そっか、お話しすればいいんだ。星紀、相手になってくれる?」

「いいけど、僕の方が先に寝ちゃうかもよ?」

「駄目。私が眠るまで待ってて」

 可愛らしいムウの言葉に、僕は微笑する。「何の話をすればいいかな?」

「んーっと、それじゃあ……友達を一杯作る方法」

 ──やはり、彼女も数時間前のやり取りを思い出していたようだ。

 僕は、彼女に対して自分の口から「友達」という言葉を使った事の大きさを、改めて反芻する事になった。この間、刻印獣第三号との戦闘で負傷した僕のお見舞いに来てくれたムウと話した時、僕は彼女の言葉の中に、彼女が今までどれだけ友達を求めていたのかを感じ取った事を思い出す。

「今度サナの村に帰ったら、私も向こうで友達が出来るように頑張る。世間知らずのお嬢様のままじゃいられない。もっと村の、同じ世代の子たちと付き合ってみる」

「きっと、それでいいと思うよ」

 ごく普通に、その言葉が口を突いた。「作ろうって思うんじゃなくて、自然になっているのが友達だよ。ムウは明るいし、他人の事をよく考えられる。君のままで居さえすれば、自然に友達は出来るから」

「ありがとう、星紀。だけど、それならちょっと気を付けなきゃ」

「何が?」

「星紀に焼き餅焼かれるかもしれないから」

「あのねえ……」

 僕は、真面目な話をしていたのに、と疲れを覚える。その一方で、僕たちの間に(わだかま)っていた靉靆(あいたい)とした空気が、徐々に(ほぐ)れていくようでもあった。

 ムウは毛布の陰でくすくすと笑ってから、もう一度「ねえ」と言ってきた。

「神依していい?」「えっ?」

 彼女の申し出に、僕は無意識のうちに体温が上がる。

「私たち、一緒に戦うのに、星紀にだけ寝台を使わせないなんて不公平。特に、今の星紀は大怪我しているもんね。森界じゃ強行軍になるし、全身痛くて動けませんなんて事になったら大変。だけど」そこまで言うと、ムウは言葉を切って咳払いをした。

「どうしたの?」

「何でもないっ! ……えっと、だから。私たち、『友達』だから……神依だったら、お互いにとっても、世間的にも問題ないってジャッジされるかなあ……って」

「………」

 僕は、増々体が火照(ほて)る。だが同時に感じていたのは、不思議な安心感だった。

 ──これが、今の僕たちなのだ。出会ってからたったの三ヶ月、現実では五時間にも満たない短い時間。だから今は、これくらいの距離感が丁度いい。

 ムウが僕に神依し、僕の体から火照りが去り、フローリングの冷たい感触が消える。僕/彼女が起き上がり、ベッドに身を横たえると、ムウは半分だけ主導権を移譲してきた。

「おやすみ、星紀」

「……おやすみ、ムウ」

 口を使って言ったのはどちらなのか、僕にはもう判断がつかなかった。

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