表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇の涯  作者: 藍原センシ
27/38

『闇の涯』 第27回

  18. クシュナ ── 森暦某日


「陛下、やはり《(まむし)》の制圧には私が直接当たるべきでしょう。既に奴らは、大回廊を通過しました」

 玉座の肘掛けに置いた指を、鍵盤を叩くように落ち着きなく動かしながら貧乏揺すりを続けるハクバスに、クシュナは怒鳴り出したいのを懸命に堪えながら何度目かの提言をした。苛立っている気持ちが伝わってはいけない、という思いと、こちらが苛立っているという事をいい加減に察してくれ、という思いが鬩ぎ合っている。

 ハクバスは、こちらもまた馬鹿の一つ覚えのように同じ答えを返してきた。

「なればこそ、クシュナ。其方(そち)が余の傍についていてくれるべきではないのか?」

「私が陛下のお傍で戦わねばならぬ時とは、即ち陛下のお身に危機が迫り、我らの進退が窮まった時を意味します。そうなる前に手を打つのが、親衛隊長としての私の務めです。或いは陛下は、どのような事態になれども私がお傍に控えてさえいれば、如何様(いかよう)にでもなるとお思いですか?」

「クシュナ」ハザクが、時が経つに連れて次第に語勢の強くなるクシュナを咎めるように見てきた。「少し、いいか」

「殿下?」不敬罪でも言い渡されるのだろうか、とクシュナは眉を顰める。

 一方で、この程度で咎め立てをするのであれば、彼も甥に対して無闇に甘やかす、もしくは覇空主に対して胡麻を擂るような凡夫に過ぎない、とも思った。

「何なりと」


 玉座の間を出ると、ハザクは周囲に第三者が居ない事を確認した上で言ってきた。

「クシュナよ。陛下を──我が兄の息子をどう思う? 不敬は気にするな、正直な気持ちを聞かせて欲しい」

 クシュナはぴくりと眉を上げたが、ハザクの目は真剣そのものだった。こちらを試そうというようにも見えないし、下手な事を言ったら後でハクバスに密告しよう、という魂胆も窺えない。少し躊躇ってから、言葉を選びつつ言った。

「陛下は、まだ歳若く凡庸なご性格にあらせられます。(いささ)か思慮深さの行きすぎ、ここ一番という判断の期を逸する憂いは否めません」

「そうか……其方の目にも、そう映るか」

 ハザクは、分かっていた、というように首肯した。

「やはり、一夜にしてあの者の器が証明されたな。身罷ったばかりの兄の、そして彼の子供たちの手前、私はあの者に機会を与えようと思った。森の意思の代弁者、審神者(さにわ)たる覇空主として、我らの助言を得ながら(まつりごと)を司るうちに、空魔氏族の牽引者に相応しい器に磨かれてゆくだろうと……しかしその悠長さが、彼が継承の儀を終えて最初の夜に、その治世に致命的な汚点を刻んでしまう事になるところだった。一度、それも即位から一夜のうちに、当代の覇空主の権威が失墜すれば、それは蒼氓から向けられる”ヨドの末世”という印象を拭い難いものにするだろう」

 クシュナ、と、彼は再びこちらの名を呼んでくる。

「私は兄上から、あの者が覇空主たるに相応しければ補佐し、そうでない場合には座を奪えと遺言を託されている。今はまさに、その決断の時だとは思わぬか?」

 クシュナは「はっ」と返事をしながらも、内心では嘘だなと思っていた。

 ハジャトの死は唐突に訪れた。それは彼自身も予想だにしない事だったに違いなく、弟のハザクに遺言を託す機会などなかったに違いない。体調を崩して床に休んでいる間も、常に付き添いの者が誰かは傍に控えていた。

 クシュナは見破りながらも、胸中で「面白い」と独りごちた。ハジャトの存命中は大人しくしているように見えて、彼もなかなかの野心家だったようだ。

「殿下が、新たな覇空主となると?」

「無論、それを反乱と思われては、蒼氓は私に着いて来ないだろう。故に、手を下す際は奴らの──侵入した《(まむし)》どもの仕業に見せかける必要がある。あの者は親衛隊長の判断に従って、股肱と(たの)む彼女と他少数の手勢と共に宮から脱出、しかし異常事態が発生し皆死亡してしまった。この筋書きで行こう。其方(そち)(しもべ)であっても、必要とあらば冷静に取捨選択を行える空魔だ。違うか?」

 ハザクは言ってから、そこで微かに自嘲的に(わら)った。

「私を、冷酷な男だと思ったか? しかし、即位したばかりの覇空主が半日と経たずに死に……度重なる君主の薨御で混乱に陥る民草をすぐさま指揮し、下手人たるサナの工作員どもを討ち滅ぼす。これは徐々に無秩序に向かいつつある領内への荒療治であり、あの者がこの場を凌いだとしても今後の采配に於いて馬脚を(あらわ)し、氏族長一家の権威を失墜させる事のない為でもある。せめてもの名誉くらいは、手向けにしてやろう」

「………」

 クシュナは黙り込み、少々考えて結論を出した。

 ハザクの野心から出た事が見え透いた(はかりごと)ではあるが、彼に先見の明がある事も、判断力に十分な信頼が置ける事も事実ではある。実際、先代のハジャトの治世であった時にも、彼は弟であるハザクに時折助言を求めていた。

「……仰せのままに致します、()()


          *   *   *


 事は、予定通りに運んだ。クシュナは戻るや否や、「ハザクとの話し合い中に近衛侍(このえじ)から連絡があり、宮を脱出する事が提言された」と告げた。クシュナはもう一度自分が出陣すると口にしたが、ハクバスはこれも予想通り逃げる際に傍についていて欲しい、と訴え始め、クシュナが「全員を守るのは難しい」と言うと、ハザクが

「では、我々一家の他の者は後から追い駆けよう」

 ハズリやハイドら親族に向かって、これもまた予定通りに提案した。

 果たしてクシュナは、数分後には立てた作戦そのままに、ハクバスと少数の部下のみを引き連れて宮外の人気(ひとけ)のない場所を目指し疾駆していた。

「相手はたかが数十人ぞ? 何故、何百何千の兵の詰めし獲龍宮を、奴らはこれ程深くまで潜入する事が出来たのだ?」

「連中が少数なればこそです、陛下。監視を含め、大部分の警備を機械任せにしていた事も仇になったでしょう。監視映像での検知から自動人形の現地到着までは、宮が広い分それなりに時間が掛かりますから。対して連中は、少数であれば監視の穴を探し、潜り込んで戦闘を避けつつ進む事も容易たやすい」

 だからクシュナは、あまり行きすぎた魔科学化も好いてはいなかった。

「入らせない分にはいいが、一旦入られると脆いという事か……ああ、どうすればいいのだろう! 在位が一日足らずとはあんまりだぞ!」

 ──実際に、そうなるのですよ。

 クシュナは内心で呟いたが、口では「ご心配なく」と言った。

「このクシュナめが、命に代えましても陛下をお守り致します」

 氏族長一家の日頃立ち入る事のない厨房や機械室、獲龍宮の労働者たちのみが知るような部屋を通り抜け、複数の招霊器が安置されている部屋の前まで差し掛かった時、クシュナは不意に足を止めた。

「な、何事か──」「お静かに」

 鋭く言葉を発し、ハクバスを黙らせる。部下たちが、それぞれの得物(えもの)に手を掛けながらクシュナと同じ対象を睨み据えた。

 そこに立っていたのは、数時間前にクシュナが本体を攫い、宮内にある招霊器に接続していたデインだった。臨空術を炸裂させたのか、セキュリティゲートの設置された部屋の入口は扉が捻じ曲がり、廊下に向かって吹き飛んでしまっている。擬鉄界から浮上してきてすぐに状況を察し、脱出に向けて動き始めたらしい。

 デインは、こちらに気付いたらしくすぐさま掌印を組むと、光の(さが)らしい力の玉をそこに生成する。クシュナは素早く抜刀し、「動くな!」と一喝した。

「警告しておくが、私の刀は伸縮自在だ。この距離からでも、貴様の首を刎ねる事など赤子の手を捻るより容易(たやす)いのだぞ」

「……もしかして」

 デインは発動しかけていた臨空術を解除し、やや俯き気味に顔を伏せたが、やがて(おもむ)ろに開口した。「あなたたちが、ヨド氏なのか?」

 クシュナが何かを言う前に、彼は「良かった」と息を吐き出した。

「向こうだと、あなたが政変を起こすんですよ、《銀狐》のクシュナさん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ