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闇の涯  作者: 藍原センシ
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『闇の涯』 第26回

  17. シンハ ── 森暦某日


牙竜鉾(ガリュウボウ)!」「ぐぬう……っ」

 上下二連撃技で斬り伏せると、最後の兵士は呻き声を上げて動かなくなった。槍を床に突き刺し、ぜいぜいと荒い息を()く。ドウランが「旦那……」と開口しかけたが、シンハは「言うな!」と一喝した。「心配には及ばん。それよりも、自分を回復しろ」

 ドウランが後に、こちらを労わる台詞を言おうとしたのは分かっていた。しかし、それに甘える訳には行かなかった。敵の本拠地で危険な行動を取っている中、皆を牽引すべき自分が弱ったところを見せれば、彼らを動揺させてしまう。

 考えてみれば、昨日の日没から、山を越えてヨド氏の工業団地に侵入、クシュナを含む《寄生木》と交戦、すぐに引き返して再び登山、山中でまたもクシュナらを相手にし、本拠地に着くや否や奪取した招霊器で一旦擬鉄界へ潜行、それからこの作戦の為にヨド氏の本拠地へ蜻蛉(とんぼ)返り──という重労働をこなしている。多くの仲間たちと比べても既に若くはない身体は限界を訴えていた。ヤサムに仕えていた頃は、一日中山中で魔物狩りを行っても平気だったというのに、と思うと忸怩たるものがある。

(私も耄碌してきたようだ……まだ、志総殿の(よわい)にも達していないというのに)

「……行こう。突っ立っていれば、また敵の増援が来る」

「それにしても、旦那」ドウランは、意図して声色を変えたようだった。「《銀狐》の姿がねえな? あいつ、《寄生木》以前に親衛隊長でしょうが」

「そうだな。もしかすると、覇空主を近くで守るように命じられているのかもしれん。そうだといいが……こちらの目的は、デイン様奪還のみなのだから」

 出来れば、彼女とはもう戦いたくない。ヤドクにバクン、昨夜のうちに、一体どれだけの仲間が彼女一人に殺されただろう。そして、今度はドウランや自分も、そうならないとは言い切れない──。

 悪い想像を振り払おうとシンハが頭を振った時、今まで進んで来た通路から不意に声が響いてきた。

「おーいっ! 旦那ーっ!」

「ザンキ!?」仲間の一人が、振り返って声を上げた。

 駆けて来たのは、刻印獣を製作している技術者を封じるべく、外殿に突入していたザンキたちだった。皆激しい戦闘の疲れを色濃く浮かべ、決して軽くない傷を負っているようだが、全員生きている。十一人、誰も欠ける事なく──否、十二人になっている。

「あーっ!」こちら側の一人が気付いたように叫んだ。「デイン様!?」

 シンハも、一人一人を見回してはっとする。彼らの中に、これから自分たちが確保する予定であったデインの姿があった。

「デイン様──」何故そこに、と言おうとし、シンハは言葉を切る。確認すべき事柄には、順番がある。「ザンキ、刻印獣は?」

「全プログラムを消去(デリート)しました。あれはもう、ヨド氏にとっても必要ありませんから」

 代わりに答えたのは、そのデインだった。培養液中で成長した為に年齢よりもやや幼い外見をした彼は、人懐こい笑みを浮かべて自分たちを見てくる。

「ヨド氏が、俺を招霊器に繋いでいたんです。浮上してきてヨドの居城だって分かった時にはびっくりしましたけど、何とか脱出出来ました。ずっと使っていなかったけど、やっぱり出来るものですね、臨空術」

 尋ねたかった事は、彼の方から全て説明された。シンハは(しば)し言葉を探していたが、やがて口を突いたのは「申し訳ありません!」という謝罪だった。

「我々の迎えが間に合いませんでした。あなたを度重なる刻印獣の災禍に晒し、本体をお守りするという最低限の役目も果たせず……挙句に、肉親たるヤシロ様がお隠れになって間もないというのに、喪に服す(いとま)もないまま空魔氏族決起の御旗に祀り上げようとしている……」

「謝らないで、シンハさん」

 世継ぎは、シンハの謝罪を遮った。

「それでもあなた方《臨空の盾》は、俺を助けに来てくれた。オートマトンやヨド氏の強者が跋扈する、この獲龍宮の奥まで。……もう大丈夫ですから。皆で脱出しましょう」


          *   *   *


 自分たちが攻め込む中で、獲龍宮は諸々のセキュリティ設備を発動し、既に進んで来た退路は断たれていた。しかし、デインは浮上後に余程宮内を彷徨ったのか、行き詰まる度に「こっちです」と迷う事なくこちらを導く。兵士やオートマトンとの交戦も、シンハが必要最小限と認められる程度に抑えられていた。

「ハクバスやクシュナは、俺らが撤退に向けて動き始めた事に気付きやしたかね?」

 ヒョウが問うと、デインは「分かりません」と答えた。

「俺も、全ての監視カメラを回避しようと意識してきた訳じゃありませんから。俺が招霊器から接続を切って動き始めた事は、少なくとも知られていると思います。ギルファンがやられた事も、多分」

 シンハは、敵に固められているであろう正面入口は既に逃走経路としての選択肢から排除していた。デインは氏族長一家の生活空間を避けて一同を裏手に(いざな)い、物資搬入用と思しき裏口を指差した。

「サナ領に帰るまでの移動距離は長くなってしまいますが、敵の根城の中をうろうろしているよりもマシだ」

 しかし、外に出てもすぐに宮を回り込む兵士たちの声が聞こえてきた。見つかる、と思ったが、デインは躊躇わず「まだ間に合います!」と一同を叱咤激励した。

「いざとなったらシンハさん、俺も時間稼ぎを手伝いますからね」

「それは……」言いかけたシンハだったが、

「あなた方は、俺を反ヨド運動の大将にと考えていたんでしょう?」彼は、さも当然であるかのように言った。「お飾りはごめんです。ずっと擬鉄界に居た俺だって、ヨド氏に対して許せない事はあるんだ」

「居たぞ!」

 遂に、ヨド兵たちが姿を現した。笠と面布で顔を覆い隠した《寄生木》の侍も数人混ざっている。上の方針が、隠密の暗殺部隊である《寄生木》を一般兵の前で活動させる事も厭わなくなったのか、と思った瞬間、彼らが一斉に押し寄せてきた。

「さあ、皆早く!」

 デインに促され、戦うべきか否か逡巡するような素振りを見せていた仲間たちは、意を決したように身を翻した。皆、門に向かって走り出す前に

「デイン様、ご無事で」「旦那、デイン様を頼んますぜ」

 自分たちに一言ずつ声を掛けて行った。

 シンハはデインと共に、向かってくるヨド軍に対して武器を構える。

「宜しくお願いします、デイン様」

「ええ。行きますよ、シンハさん!」

 しんがりのドウランが外から門扉を閉めた瞬間、敵の第一陣が自分たちの制空圏まで到達した。デインは何処で拾ったのか、いつの間にかヨド兵の刀を握っていた。

閃光破(センコウハ)!」

 光の(さが)を持った彼の突きが、目にも留まらぬ速さで一人の侍を屠り去った。デインは尚も勢いを殺す事なく、撫でるような軽い動きで相手の武器を弾き、いなし、反撃に転じていく。その勢いは、長い間戦いの必要がない擬鉄界で、鉄器族として生きていたとは思えない程のものだった。熟練の武者であるシンハに匹敵する程──いや、事によると疲労で動きが鈍くなっている今のシンハよりも、敵を倒しているかもしれない。

 ものの数分で集まった第一陣を殲滅すると、デインは即座に門を再び開いた。俺たちも出ますよ、と言う彼に従い、シンハは狭い裏門を潜る。獲龍宮を取り囲む工業団地を突っ切り、仲間たちが集まっている市街地の裏路地まで入り込むと、破竹という表現に相応しい動きを見せていたデインは、やっと足を止めた。

「もう大丈夫でしょう。……皆さん、俺を迎えに来てくれて、ありがとうございます」

「そんな、勿体ないっすよ」

 ザンキが、とんでもないと言わんばかりに両手を振る。

「そうです、むしろ助けられたのは、俺たちの方で」

 ドウランも彼に続く。デインは苦笑し、「謙虚な方々ですね」と頭を掻いた。

「だから俺は、信じられないんです。あなた方のような人たちが動かす森界が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の上で動いているという事が」

「えっ?」

 一瞬、シンハは彼が何を言ったのか理解出来なかった。雑談のような軽さで紡ぎ出されたその言葉を〝異質〟なものとして認識したのは、彼の台詞が終わって数秒が経過してからの事だった。「デイン様、藪から棒に何を──」

 言いかけた時、腰の辺りに焼き鏝を当てられたような激痛が走った。突然の事に、シンハは恐る恐るその部位に視線を下ろす。

 デインがいつの間にか、そこに刀を刺し込んでいた。

「俺が──いや、()()が許せないのは、サナ氏に対しても同じなんですよ」

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