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闇の涯  作者: 藍原センシ
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『闇の涯』 第25回

  16. ザンキ ── 森暦某日


 通路に群がっていたオートマトンの最後の数体を破壊すると、ザンキは仲間たち一人一人を見回した。デインの本体を捜索しているシンハたちと分かれ、現在自分と共に行動している者は総勢十人。行動開始時から、まだ一人も犠牲者は出ていない。

 とはいえ、ヨド氏の居城である獲龍宮の厳しい警備の中を少人数で進んだ事で、誰もが必ず体の一箇所には傷を負っている状態だった。救いを挙げるとすれば、覇空主ハクバスの居る本殿で行動しているシンハたち本隊に、《銀狐》クシュナを始めとするヨド軍の戦力の大部分が引きつけられている事か──。

「大方片付いたな。おい野郎ども、疲れてねえか?」

「限界だ」ザンキの問いに、構成員の一人、ヒョウが応じた。「昨日から一睡もせず、山の隠れ家で携行食を一口二口齧っただけでろくに食いもせずだ。けど、もう目標の部屋は目の前じゃねえか。ここで休みてえって言っても……なあ?」

「違げえねえ」彼とよくつるんでいるフキもそれを受ける。「むしろ、俺たちは今勢いに乗っているんだ。下手に休んで緩むより、このまま行っちまった方がいい」

「お前ら……」

 ザンキは口角を上げると、しっかりせねば、と心の中で自らに発破をかけた。自分はシンハから直々に、分隊を任されたのだ。真っ先に弱音を吐く訳には行かない。

 前に向き直ると、そこにある扉には「サーバー室」と記されていた。獲龍宮の様々なシステムを司る量子コンピュータが全て安置されたこの部屋の警備は厳しく、あの工場に居た量を遥かに凌駕するオートマトンも存在したが、何とか力だけで突破する事が出来た。この中にある膨大な機械の中に、擬鉄界を具現化し続けているビジュアライザーもあるのだ。

 シンハが擬鉄界に居るムウに聞いた話では、既に二体もの刻印獣が向こうに送り込まれたという。という事は、刻印獣を生成している技術者はこの中に籠りきりで作業を行っている可能性が高い。

 技術者の逃げ出した様子が見られないのは、自分たちの奇襲が思っているよりずっと成功しており、避難する隙が与えられなかったからだろうか。もしくは、自分たちはヨド氏から舐められているのか。

 どちらにせよ、敵は排除するだけだ、とザンキは思った。仲間たちに「行くぜ」と声を掛けると、電子施錠装置に刀を振り下ろす。鍵が壊れ、自動開閉の扉が開くと同時に、非常事態発生の警音が響き始める。しかし、それももう自分たちには関係なかった。扉がその動きを止める前に、ザンキは仲間たちと共に室内に滑り込む。

 予想していた通りの、無数の箱型の装置──これらが”サーバー”らしいが、ザンキも見るのは初めてだ──が並ぶ薄暗い部屋。メインの招霊器があった工業団地地下には到底及ばないが、それなりに面積がある。中の一つに小型の端末を繋ぎ、何やら作業を行っていた大柄な空魔が、こちらが入って来た事に気付いたらしく顔を上げた。

「ようこそおいで下された、《(まむし)》諸君」

「あんたは?」ザンキは、油断なく抜刀したまま問う。

「ギルファン。ヨドのシステムエンジニアです」禿頭に保護眼鏡、針金の如き髭。その体躯も相俟って強面(こわもて)な印象を受けるその男は、思いがけなく慇懃に頭を下げた。しかし、その馬鹿丁寧な態度はザンキの目に、(かえ)って侮蔑的なものに映った。

「へっ!」ヒョウが、乱暴に吐き捨てた。「マッドサイエンティストだろ。自分たちの創った蟻の飼育箱に、蟷螂(かまきり)を入れて愉しんでやがる」

「……風流な喩えですが、だからあなた方は遅れているのですよ」

 ギルファンと名乗った技術者は、口元を歪めて嗤う。そして、(おもむ)ろに持っている端末に手を翳した。鍵盤に魔方陣が生じ、サーバーが送風機の回転音を響かせ始める。

「今、また一体の刻印獣をアクティベートしました。あなた方には、私が片手で卵を割るかの如く刻印獣を作り出しているように見えるでしょうが、そうではありませんよ。元々擬鉄界には、一万を超える刻印獣が眠っている。私はそのうち、日本、東京周辺の個体(プログラム)覚醒(エグゼキュート)させれば良いのです。私が居なくなったところで、実行ボタンを押す程度の事は子供でも可能でしょう」

 デバッグやアップデートには専門職の私が必要ですがね、と、技術者はやや誇りを滲ませながら言ったが、ザンキには何の事かよく分からなかった。それよりも、彼の口にした数値に、棍棒で頭を殴られたかのような衝撃を感じていた。

「一万を超える……刻印獣?」鸚鵡(おうむ)返しすると、彼は「ええ」と肯いた。

「そんなものがあれば、擬鉄界を滅ぼしかねない。私たちヨドにとって、大切な科学技術の宝庫である畑を──そう仰りたいような顔ですね。けれど、ご心配なく。刻印獣はマルウェアではありますが、擬鉄界へのインストールは極めて安全に行われており、向こうでも基本的には大人しく身を潜めています。しかし、鉄器族が世界の真実に気付いて反抗を開始したと認められた時、もしくは技術的特異点に到達した時本性を現し、一斉に起動、全てを破壊するよう設計しています。

 無害さを装ってインストールされ、内側から牙を剝く……鉄器族の故事に則って呼称するならば、『トロイの木馬』というのでしょう」

「それじゃあ」

「おや、少々お待ちを」ギルファンは、再び端末を見る。「今し方覚醒させた刻印獣が倒されました。起動から約三十秒後、向こうでは約四時間十八分……強度から考えて妥当ではありますが、時差を理解していても悔しいものですね」

 言葉とは裏腹に、その声色は楽しげなものだった。先程の情報がはったりでないのなら、一万分の一が駆除されただけだ、痛くも痒くもない、という事なのだろう。

「では、もう一つ……」

「やっぱり、てめえは下衆(げす)だ」ザンキは、低く絞り出した。「倒しとかなきゃいけねえ」

「聞いていなかったのですか、蛮人?」技術者は嗤笑する。「私が今まで行っていた事といえば、実行ボタンを押すのみ。私が死んだところで、誰かが役目を引き継ぎます」

「そりゃ、てめえが消えても意味がねえってか? 命乞いじゃねえだろうな? ……生憎(あいにく)様だけどよ、意味なんて俺たちには関係ねえぜ。てめえらは隊長やバクン、俺たちの仲間を大勢殺した。俺たちサナの魂が許しちゃおけねえんだよ!」

「そうですか──」

 技術者は端末を床に置くと、柏手を打つように両(てのひら)を合わせた。それがゆっくりと離されると、手品の如くそこに巨大な鉈が現れる。

「廊下でやりましょう。あなた方が無意味な吶喊を行い、玉砕するのは勝手ですが、ここにある空魔氏族の英知の結晶を損壊される訳には行きませんのでね」

()かしやがれ! 退魔剣(タイマケン)!」

特両断(トクリョウダン)!」ザンキが繰り出した剣技は、技術者の胴を捉える前に相手の振り下ろした鉈に叩かれ、軌道を大きく地面側に逸らした。

 腕力を加算したと思しき、重い一撃だった。このギルファンという男は、技術者としてだけでなく、侍としての能力も高いらしい。

 間髪を入れず、次の技が来た。「呂号影裂斬(ロゴウエイレツザン)!」

 闇の(さが)、単発斬り下ろし。ザンキは崩れかけた体勢から、肩口を深々と切り裂かれて後方に跳ね飛ばされた。ヒョウやフキ、ナビレが自分の名を呼び、怒りに燃えた叫び声を上げてギルファンに突進して行く。

 廊下に転がされたザンキはオートマトンの残骸に埋もれながら、潰れたような喉を抉じ開けるようにして警告を発しようとする。仲間たちは善戦しているようだったが、

鳴動山禍(メイドウサンカ)!」

 やがて、すぐに敵の重攻撃を喰らい、一様に吹き飛ばされてきた。

「厳重な警備を突破してきた事は認めましょう。しかし、設計者でもある私がオートマトンよりも劣っているとお思いですか? ……本当は、自らよりも強いものを作りたかった。しかし私は、生来が侍でしてね」

「畜生……何が侍だ! 本物のマッドサイエンティストじゃねえか!」

「ありがとうございます!!」

 保護眼鏡の下で、技術者の眼光がギラリと輝いた。彼の突き出した左手に魔方陣が出現し、そこから黒紫色の光が滲み始める。こちらをまとめて消し飛ばすつもりか、と思い、ザンキはぐっと目を瞑った。

 爆発音が轟いたのは、その数秒後だった。しかし、痛みも衝撃も襲ってこない。恐る恐る目を開けた時ザンキが見たのは、上半身を黒煙に包まれながらゆっくりと後傾していくギルファンの巨体だった。

「な、何が起こったんだ……?」誰もが、錆びついたような動きで首を振り向けた。

 そして、そこに立っている者の姿を見た時、誰もが息を呑んだ。

「さあ、《臨空の盾》の皆さん。シンハさんたちに合流しに行きましょう」

 オートマトンの巨大な銃筒を構えた少年──デインは、爽やかな笑みと共に言った。

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