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闇の涯  作者: 藍原センシ
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『闇の涯』 第24回

 刻印獣は、慈悲など与えてくれるはずもなかった。通信機器が無効となる距離まで接近した機体をことごとく叩き落とすと、嬲るような速度で──実際には能力を使いすぎ、立て続けのプログラム実行がビジュアライザーに負荷を掛けて動きが鈍くなっているだけなのかもしれないが──ゆっくりと膝行(いざ)り寄って来る。目は既に閉じられており、魔眼を使用する兆候がはっきりと窺えた。

 逃げなければ──僕が、痛む体を更に痛めつけて横に動こうとした時だった。

『役目を果たして下さい、ムウさん!!』

 インカムから、留守氏の半ば裏返った声が鼓膜を打った。

 同時に、一機のブラックホークが低空飛行し、刻印獣の眼前に滑り込んで来る。緑色の閃光が宙を舞い、その機体が爆散するのを見た時、僕はそのパイロットが彼である事を直感的に悟った。

「留守……さん!」

 視界が、滴った雨の雫ではない理由で潤み、ぼやけた。僕はぐっと歯を食い縛って立ち上がると、刀を構え直す。ムウの身体強化術が施された筋肉の力を、全て両(てのひら)に収斂させるつもりで霊気を絞り出した。

赩焉百華断キョクエンヒャッカダン!」

 飛び出す。背を預けていた機体をスターターに、慣性で斜め上方向に跳躍──否、飛翔する程の勢いをつけて。僕が渾身の力で薙いだその斬撃は、低姿勢となった刻印獣の目を一文字に裂傷させた。「来い、刻印獣!」

 叫び、僕は身を翻した。膨れ上がり亀裂の走っている道路に着地し、散乱した留守氏の機体の残骸を跳び越える。二百メートル程の所で現れた角をもう一度右折し、煉瓦色のマンション裏、細長い敷地の公園を左手に見ながら清掃工場の門を目指す。背後で再び自衛隊機からの発砲音が鳴り始め、刻印獣の駆け出す足音が地面を震わせ始めた。

『特対課としての命令だ! ムウさんは彼女の役割を果たそうとして下さっている! 精一杯それに応えろ!』

 葛葉氏の声が響き、やがて通信が乱れる間もなくぷつりと切れた。刻印獣との距離は十分に取っていたはずだが、もうプロトコルのコンバートが有効になる程接近していたらしい。まさか、と思いつつ振り返った時、工場の敷地の一角、植え込みや木立が密集した辺りから、刻印獣がその巨体を現そうとしていた。どうやら、卸売市場に面した通りから敷地を斜めに横切って追って来たらしい。

 僕は、既に完全に修復された敵の眼光から韜晦(とうかい)するように工場の門を通過した。目視で僕/ムウが目的のポイントまで到達したのを確認した隊員が、工場で作戦に協力してくれているスタッフに合図を出したらしい。間もなく工場の建物から白々と聳え立った煙突から、煙が立ち昇り始めた。

『星紀、焼却炉は作戦の為に蓋部が外されている。もう火は入ったし、落っこちたら一瞬で丸焼きにされちゃう。(へり)まで行ったら、刻印獣が飛び込んできた瞬間に離脱しなきゃ……早くても遅くても駄目』ムウは言ってから、やや苦々しい声になった。『あとは剣技も臨空術も使う必要はないし、自衛隊の死角に入って神依を解いて、最後の誘導は私だけに任せて……』

 僕は無論抗議の声を上げようとしたが、それよりも早く彼女は言った。

『……なんて言っても、星紀はそうしないよね』

「当たり前じゃないか」『ありがとう。すっごく心強い』

 僕には、彼女の微笑む様が目に見えるようだった。刻印獣の魔眼を誘いつつ建物の方に走ると、煙突のすぐ傍に、先日焼却炉の天井を取り外す作業を行ったらしい工事車両がそのままになっているのが視界に入ってくる。当然、これも後片付けがされていない訳ではなく、作戦に使用する要素だった。

 僕はクレーン車に近づくと、旋回台を踏みつけて跳躍、やや斜度をつけて伸ばされたままのブームを駆け上る。滑り落ちる前に足を絶え間なく動かし、頂上まで登りきると、ひらりと空中で側転し、更に高く舞い上がる。

 木立を薙ぎ倒しながら進んで来た刻印獣の顎が上向けられ、魔眼が再び発動される。しかしその眼光は、地上三十メートル近くを飛んだ僕/ムウを大きく逸れ、(にび)色の天空へと昇って行った。刻印獣は、ならばと言わんばかりにクレーン車を転倒させると、地面を陥没させながら跳躍する。巨体とはいえ、この間の第二号に比べれば圧倒的に小さな体、そして二足歩行の人型──それ故の、敏捷性(アジリティ)

 この敏捷性が敵に備わっていなければ、作戦は成功しなかった。

 僕はこちらに腕を伸ばしてきた刻印獣の(うなじ)に、強化された回し蹴りを叩き込んだ。

廻鳶脚(カイエンキャク)!」

 勢いを殺さないまま、放物線を描いて工場の上空を舞う。敷地のすぐ北、先程確認した煉瓦色のマンションの屋上に、僕はひらりと着地した。

 ……空魔の身のこなしがなければ、下半身を粉砕骨折していてもおかしくはない動き。今は空魔の体なのだと分かっていても、本能的な恐怖は理屈だけでそう簡単に消えるものではないはずだ。それでも僕がこれに成功したのは、直前に体の主導権の半分を引き受けてくれたムウを信頼したからだった。

 向かいの工場で、刻印獣が外壁を突き崩すようにしながら焼却炉に突入していく。駄目押しとばかりに、接近したヘリ群がドアガンやらミサイルやらで背後から追い討ちを掛ける。傾倒していく刻印獣の巨躯を見ながら、僕は「やったか!?」と拳を握り込んだ。

 直後、脳内で禎宣が「それは大抵『やれてない』フラグだよ」とツッコミを入れる情景が展開された。

 通信が復活していたインカムから、回線を繋いだままの誰かが『そんな……』と呟いたのが聞こえてくる。それは、短いながら十分に目下の状況を表白する言葉だった。

 刻印獣は炉への落下直前で腕を伸ばすと、片腕を煙突に巻きつけた。煙突はその重さに耐えきれず、すぐに折れて卸売市場へと転倒していったが、その一瞬で刻印獣は工場の天井へと両肘をつけ、這い上がる姿勢に移行した。

『嘘でしょ……』ムウが、小さく零した。『刻印獣が学習したら、もう二度とこの作戦は通用しない。こっちの誘導にも乗らないだろうし、二回目の挑戦は出来ない……』

「そ、それじゃあ……」

 僕たちの行動は──賭けられた多くの自衛隊員たちの命は、無駄だったのか。

 そんな、諦観にも似た感情が胸に萌した時だった。

『飛龍1! 飛龍1、何をするつもりだ!?』

 特対課課長の狼狽した声が、激しく鼓膜に叩きつけた。えっ、と思い、僕は航空機群の群がっている空を見回す。

 ブラックホークの一機が──葛葉氏のコールサインで呼ばれた機体が、斜上から刻印獣に向かって急降下を始めていた。僕は、彼が何をしようとしているのかを察して叫びかける。しかし、

『ムウさん……』彼が、直接こちらを指名してきた。『元気で暮らして下さいよ』

「葛葉さん、やめ──」

 僕が言い終えるよりも早く、彼の機体は刻印獣の頭付近で爆発した。頭部と、工場の天井の(へり)に掛けられていた腕を吹き飛ばされ、刻印獣はずるずると焼却炉の中へ滑り落ちていく。数瞬後、その体が燃え上がったらしく火柱が出現したが、それもすぐに降り頻る雨に勢いを弱められ、炉の内側に隠れていった。

 誰もが、声を出せなかった。僕ですら、目の前で起こった事のあまりの壮絶さに言葉を失っていた。作戦は成功したのだろう、だがその最後はあまりにも──。

「……星紀」

 ムウが、体の主導権を完全に掌握し、インカムを外した。彼女はそれを投げ捨て、何かを噛み殺すような硬い声で僕に言ってくる。「帰ろう。戦いは終わったわ」

『そんな、ムウ──』言いかけた僕を、彼女は

「葛葉さんは!」低く抑えた叫びで遮った。「()に、元気で暮らせって言った。彼がどう思っていようと、特対課じゃ危険人物として扱われている私を」

 僕は、彼女の言わんとしている事に気付いてはっとした。

 彼女は泣いているらしく、感覚のない目がぼやけては、雨空が溶けて流れ落ちた。

「彼は星紀の話した情報について、仲間に多くを語らなかった。だけど、彼個人がどんな約束をしたとしても、国としては戦いが終わったら私たちの事を調べなきゃいけない。葛葉さんは……唯一私たちの秘密を知る者として、自分を口封じしたの。彼らが私たちの生活に介入する糸口を、そこで断ち切る為に」

『葛葉さん……』僕は、心の中でぐっと唇を噛み締める。

 ムウはもう一度戦場を振り返ると、口を引き結んだまま自衛隊式の敬礼をした。

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