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闇の涯  作者: 藍原センシ
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『闇の涯』 第22回


          *   *   *


 ムウは、僕が葛葉氏たちに個人的に情報を提供した事について、怒る事はなかった。僕は情報の出所や、何故僕がムウと協力するようになったか、などという事については話さなかったし、彼らもそれらについて殊更(ことさら)に掘り下げようとはしなかった。

 僕は、その上で彼らに言った。

「次の作戦には僕とムウも協力しますが、それはムウ個人の参加という(てい)で関係各位にはお伝え下さい。彼女の化身となっている間、僕は自分の姿を見せる事はない。僕たちが黙ってさえいれば、戦いに民間人である僕が関わっている事は露見しません。そして戦いが終われば、ムウはすぐに戦場から姿を消す。事後になって、政府や警察から詳細を問い質されるような事がない為です」

 信用しますからね、と、僕は圧を掛けた。

「あなた方の多くにとっては、彼女は特災生物と等しい存在なのでしょう?」

 ──という話をすると、お見舞い用の果物を切りながらムウは苦笑した。彼女が再びこちらに潜行し、お見舞いに来てくれたのは、葛葉氏たちが帰った後の夕方の事だった。

 母は大学の授業を休講にしてまで入院中の僕に付き添ってくれていたが、ムウが来ると複雑な表情になった。彼女が僕に会いたいと言うと、体調が優れないからとやや大袈裟に言って止めようとしたので、僕は「いいから」と言った。二人きりにして欲しい、と僕が言うと、母は渋々廊下に出て行った。

「星紀、それ下手すれば脅迫罪になるんじゃない?」

「あの人たちは、そんな事は気にしないよ。向こうだって、場合によってはムウに対して実力行使を行う事も辞さないような仄めかしをした。それも、どんな方法を使っても──それこそ公的には危険人物扱いしているムウと手続きを踏まずに協力してでも、目の前の刻印獣を倒す事を考えているからだ」

「そっか……」ムウは微かに吐息を漏らした。

 彼女からすれば、自らが”脅迫”のネタにされた事は決していい気分になるものではないだろう。僕は「ごめんね」と謝ろうとしたが、彼女はそれよりも早く

「星紀、強いね」

 微かな笑みさえ浮かべながら、そう言った。「突然の事で、びっくりしたでしょうに」

「どうって事ないよ。悪い人たちじゃないって事は、分かっていたから」

「作戦の予定はいつ?」

「三日後。僕たちは──葛葉さんたち以外の特対課や自衛隊の人たちにとっては『ムウは』だけど──、基本的に戦略目的に沿う範囲内なら自由にやっていいって。自衛隊の方がそれに合わせて、戦術を編成するからって」

「三日後かあ……星紀、体は大丈夫? そんなに早かったら、傷も……」

「問題ないよ。戦いになれば、万全のムウの体になるんだし」

 言いながら、僕は自然に、着物に包まれた彼女の細身の体に視線を這わせてしまう。彼女は僕の目に気付いたらしく、恥じらうように目を逸らして夏林檎の皮を剝く作業に集中する。兎を作ろうと奮闘していた彼女だったが、(しば)らくの後

「痛っ!?」

 素早く包丁を置いて林檎を皿に取り落とし、指先を口に含んだ。指を切ったらしい。

「ムウ、大丈夫!?」僕は、慌てて包丁を取る。「僕がやるよ。本当はもう退院してもいいくらいなんだ。自分で出来るから」

「ごめんね、星紀。慣れなくて……」彼女は、()まり悪そうにもじもじと肩を動かした。

 共同生活が始まってから、炊事は大抵僕の担当だった。訓練に疲れすぎて料理を行う気力がなかった日は、ムウが作るのではなくレトルト食品を開ける事が(ほとん)どだ。禎宣の言っていた理系キャラ(ふう)な「料理は科学だから」というこだわりがある訳ではなく、ムウが包丁の扱いに慣れていない、という事が大きな要因だった。

「仕方ないよ。ちょっとずつ練習していけばいい」

「そうだね……今まで、ご飯はずっとシンハさんに作って貰っていたから」

 ムウは、やや自虐的に「本当にお嬢様だったよね」と言った。

「私の家は代々(おさ)様に仕えているけど、それなりに由緒ある家系だったから。星紀と一緒に暮らすようになって、ほんとに私って世間知らずなんだなって思った。勿論、森界とこっちじゃ文化がまるで違うけどさ」

「ムウ……」

 僕は、僕のヒミツへの参加が決まった後、改めて部屋にムウがやって来た時の事を思い出して苦笑した。学生街のアパートの一室、男が一人で住む四畳半の部屋に、ムウは最初「やっぱり何か狭い」と言い、不満そうな様子だったのだ。だが、割と慣れるのは早く、年頃の男女という事を配慮した両親や志総教授が彼女の寝泊まり場所としてヒミツの研究棟や僕の実家、学生寮──家賃は、教授が経費で賄うと進言した──などを列挙したが、彼女は「ここがいいです」と言って結局僕の部屋で夜を明かしている。とはいえまさか同じベッドを使う訳にも行かないので、僕は紳士として彼女にベッドを譲り、「男は床で寝る」を実践していた(両親からは散々言われたが、僕は「僕がそんな事する奴に見える?」と感情に訴え、ムウの”我儘(わがまま)”を通していた)。

 ムウは思いの(ほか)自分が”お嬢様”である事をコンプレックスに感じており、剣術の素養はありながらも今まで神依や(さが)の技を使用出来ない事も自分への甘えではないか、とすら思っていたようだった。あまり(からか)う訳にも行かないので、僕はそこからは黙って林檎の皮剝きに専念する。ムウの作りかけていた兎を完成させ、彼女の血が付いた部分を薄く削り落として差し出すと、彼女は「ありがとう」と言って受け取った。

「だけどね」(おもむ)ろに、彼女が再び口を開いた。「私、最近毎日楽しいよ。勿論刻印獣との戦いは(つら)いし、禎宣や春姫先輩って人が何処に居るのか、考えると不安で一杯になる。だけど、ずっと森界に居たら気付けなかった事もある」

「どんな事?」僕が尋ねると、彼女は

「有機栽培の食材を使ったコース料理じゃなくても美味しいものがあるって事、街中で自分でお買い物するのがワクワクするって事、狭い部屋で過ごすのが落ち着くって事……」

 指を折りながら挙げ、「それからね」と蠱惑的に微笑んだ。

「同い歳の男の子と居るの、むちゃくちゃ楽しいって事」

「あ、ああ……」

 ──マズい。天使すぎる。

 僕はそう思った直後、はっと自分の顔から笑みが退()くのが分かった。

(ムウ……同年代の友達、居なかったんだ)

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