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闇の涯  作者: 藍原センシ
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『闇の涯』 第17回

  11. 階星紀 ── 西暦二〇五五年 六月二十六日


「階星紀殿ですね」

 聞き覚えのある声に話し掛けられたのは、買い出しの為に外出し、一人で環八通り沿いを歩いていた時だった。突然の事に驚き、僕はエコバッグを振り回すようにして振り向いてしまったが、立っていた人物は直撃する寸前にそれを片手で受け止めた。

「驚かせてしまい申し訳ありません。シンハです」

「ああ……」

 確かに、彼は《臨空の盾》のシンハさんだった。街中なので武器は携帯していないようだったが、甲冑と具足は身に纏ったままだ。彼だと気付かなければ、コスプレイヤーか何かだと思ったかもしれない。

「お久しぶりです、シンハさん……って、森界だとまだ一時間半でしたっけ」

「お見事ですね、星紀殿」彼は、僕の瞬時の暗算について言ったらしい。「志総殿から伺いました。あなたが、市場(スーパー)に行っているとか」

「えっ? 教授、僕の居場所を? どうやって……」

「それは無論、GPSで──いえ、失礼しました」

 聞き捨てならない事を言われたような気がするが、刻印獣が出現し、連絡が取れなくなると困るという事なのだろう。僕としても、禎宣の父──実際には養父だったが──である教授に対して後ろ暗い事はないし、特に問題はなかった。

「時に、如何(いかが)ですか、デイン様の捜索状況は?」

「進展なしです。僅かな足取りでも掴めれば、そちらにお伝え出来るのですが」

 言ってから、僕ははっと気付いて彼に問うた。

「シンハさんがここに居るって事は、今招霊器にはあなたの本体が? いつでも禎宣を浮上させられるように繋いでいたはずでは、なかったのですか?」

「それが……」彼は目を伏せると、矢庭(やにわ)にコンクリートに両膝を突いた。「申し訳ございません! あなたにもムウお嬢様にも、何とお詫びして良いか!」

「ちょっ、ま、待って下さい! 土下座はしなくて結構です、一時間半のうちに一体何があったんですか?」

 僕は、こちらが謝られている側だというのに彼の圧力に押されかける。シンハさんは顔を上げ、真っ直ぐに僕の目を見据えてきた。

 その双眸に僕は、明らかな憔悴の色を見て取った。

「デイン様の肉体が、ヨド氏に奪われました」


          *   *   *


 シンハさんを連れてアパートに戻ると、ムウは──今日の彼女はやや丈の長い僕のYシャツをワンピースの如く着用していた──絶叫せんばかりに息を吸い込んだが、すぐに周囲の住民たちに気取られる事に思い至ったらしくその息をゆっくりと吐き出した。彼女の呼気は微かに震えを帯びており、一瞬のうちに襲い掛かった混乱が落ち着いた訳では決してない事は明らかだった。

 僕はムウに「まだ何も言わないように」と目で合図すると、お茶を淹れてシンハさんを座卓に座らせた。彼は余程動きっぱなしだったらしく、お茶を一息で飲み干すと深々と深呼吸をした。そういえば最初に僕が”浮上”した際、シンハさんが《寄生木》を撃退する為に秘奥義を使ったと言っていた事を思い出した。それがどれだけ霊気を削り、体を摩耗させるのかについては、身を以て経験した僕にはよく分かった。彼にとって一月前のあの話し合いは、まだ二時間も経たない程度の過去なのだ。

 シンハさんはやや緘黙(かんもく)した後で、「失礼しました」と言って本題に入った。僕とムウは一切容喙する事なく彼の話に耳を傾けたが、それが進むに連れて焦燥がわくわくと込み上げ、どちらからともなくそわそわと体を揺すっていた。

「……という訳です」

 彼は話を終えると、また「申し訳ありません」と低頭した。

 シンハさんの口から語られたのは、あの話し合いの後、鹵獲した招霊器を持って工業団地から引き揚げ、ヨド領内の最寄りの拠点に向かっていた《臨空の盾》が、小一時間前に退けたばかりの《寄生木》に再びの奇襲を受け半ば壊滅したという事だった。禎宣の体を奪ったクシュナが直ちに獲龍宮へと戻るように命令を下したから良かったものの、あのまま戦い続けていれば全滅も有り得た、とシンハさんは言った。

「大勢が死にました。手練れの古参であったバクンも、あれ程呆気なく……」

「バクンさんが……」

 ムウは、袖口で(まなじり)を拭う。それからすぐに「いいえ」と言った。

「シンハさんたちが不甲斐なかった、頑張らなかったと責めるつもりはない。《銀狐》のクシュナが、私たちの想定より遥かに迅速な行動を取った。それだけです……ヨド氏は、全体的に行動が速いんですよ」

 ムウの言葉に、僕も肯いた。彼らは最初の刻印獣が倒されて二週間足らずで、あの超強力な第二号をアクティベートした。現実(むこう)の時間に換算すれば、作成作業とデバッグを僅か二十分程度の短期間で済ませたという事になる。

「ただ一つ、言い訳がましくはなってしまうのですが、《寄生木》は即座にデイン様の体を殺そうとした訳ではないのです。もしそうだった場合、クシュナは彼をその場で殺害したでしょうし、私たちを取り逃がす事もなかったでしょう」

「そういえば気になったのですが」

 僕は、ふと重要な事を確認し忘れていた事に気付いた。

「招霊器を用いて擬界に潜行した誰かが、その世界で命を落としたらどうなるんですか? また、”魂落ち”となった潜行者の本体が、現実世界に居る間に死んだ場合、こちらに居るその人は?」

「前の説明の時に、ちょっと不備があったかな」答えてくれたのは、ムウだった。「星紀や私の心と体だけど、どっちが本当の自分、っていう訳じゃないよね。どっちも併せて、一人の人間、空魔だもの。招霊器を使って体と魂を切り離しても、その繋がりは接続者が生きている限り本当の意味では切れない。一方の影響は、もう一方にも強く影響する」

「それじゃあ」

「擬界で接続者の魂が死ぬと、体の方は一応生命活動を続けるけど、次第に衰弱して同じように死んでいく。脳死になった人が、十日程度で徐々に心臓死に向かっていくみたいにね。逆に体が死んでも、擬界に作られた仮想体は段々弱っていって、最終的には分解されて削除されてしまう」

(ただ)し」シンハさんが注釈する。「本体死から魂/仮想体の死までの猶予を利用すれば、禁じ手ではありますが新たな肉体を依り代に再生する事も出来ます」

「そんな事、出来るんですか?」

「現実世界に本体を持った人間をこちらの世界で探し、その仮想体に神依をするのです。それから、現実でその鉄器族の本体を招霊器に繋ぎ、返霊器で浮上します。ムウお嬢様の体を通じて、星紀殿が浮上したのと同じ要領です。そのまま肉体の主導権を維持し続ければ、神依した者は無制限に現実で活動が出来るようになります。ただ、再び擬界に潜行する事は、肉体と魂の連続性を切られてしまう為出来なくなりますが」

「クシュナが禎宣の本体をすぐに殺そうとしなかったのは、この為だと思う」

 ムウは、胸の下で腕を組みながら言った。

「本体だけを殺しても、禎宣は空魔族。《臨空の盾》が招霊器を押さえている以上、彼が私たちからの──それこそこうしてシンハさんからのリークを受けて、猶予期間中に体を復活させる可能性があるから」

「無論、私たちはそのような事をするつもりはありません」シンハさんは、念の為というように付け加えた。「我々の都合で、救うべき鉄器族の誰かを犠牲にするなど」

「そうなると、クシュナたちは引き続き、こちらで禎宣の抹殺を継続するでしょうね。鉄器族の本体を保存している工場も、再襲撃に備えて警備が厳しくなるはず。それでシンハさんたちが動かないと分かれば、本体を殺害して魂の自然消滅を待つ方向にも切り替えるかもしれないけれど……」

「こちらで、あれ以降刻印獣の出現は?」

「ありました。被害の規模は、前回の比ではありません」

 僕は刻印獣第二号との戦闘後、外出出来るようになってから、ムウと一緒に主戦場となった梅丘方面を見に行った。全壊を免れた建物に沢山の避難所が開設されていたが、それだけでは膨大な避難民を受け入れきれず、焦土に簡易テントで仮小屋(バラック)が無数に建てられていた。

 またこれが繰り返されるのか、と思うと、気が重くなった。全空魔氏族の希望を、そして僕の親友を守る為に、この先あとどれだけの命と生活が犠牲になるのだろう?

「そうですか……やはり、ヨドの行動は速すぎる。私たちの動きは、先行しているように見えて後手に回るばかりです」

 シンハさんは悔しそうに歯を鳴らす。ムウが、やや考え込むように俯いた。

「……拠点は、まだ発見されていないんですよね?」

「ええ、それは」

「だったら、帰還後にまた私を招霊器に繋いで下さい。そして、動員出来る最大戦力を以てこちらから獲龍宮に仕掛けて。皮肉な話だけど、もう守りながら戦う必要はなくなった」

「お嬢様……」シンハさんは頭を抱えたが、すぐに視線を上げた。「やはり、それしかないと思いますか?」

「これは、捨て身の博打なんかじゃないわ。それ以外に方法がないなら、それをやるしかないし。それにこれが最後の戦いになる訳でもない。私たちのメインの活動、禎宣の捜索は、終わらないんですから」

「分かりました」彼は、即座に言い切った。今までは仕えるべき(あるじ)の”妹”に過ぎなかったムウに、婉曲にではあるが叱咤激励された事で、彼の覚悟も決まったらしい。最初にムウは彼を「責めるつもりはない」と言ったが、それでも彼自身は今回の一件について強く責任を感じているようだった。

「刻印獣の大本を断ち、デイン様の体を取り戻す。よもや獲龍宮への攻撃という、それこそ倒政に等しい作戦が……通過点として行われる事になろうとは」

「大変なのは、成功した後ですよ」

 ムウは、顔色一つ変えずに言った。

「刻印獣を使えなくなれば、ヨド氏の連中も直接この擬鉄界に潜行せざるを得ない。そうなったら、今後は競争になります。どちらが先に禎宣を見つけ出す事が出来るか、お互いの命を賭けて」


  12. 志総経之 ── 西暦二〇五五年 七月一日


 研究棟地下、巨大な量子コンピュータの並ぶサーバー室。鳳栖大では未知の素数の発見や円周率の更なる解析など、こういったスーパーコンピュータを用いるような研究はされていないのでいわば「宝の持ち腐れ」の状態だが、経之もヒミツの先代代表である当麻教授も、「一度手放してしまったらもう手に入れられるかは分からない」と理事会を説得し、現状を維持し続けていた。

 木を隠すなら森の中、というように、スパコンを隠すならばスパコンの中へ。ここ二十六年間、第三層界・擬森界を運営するサーバーは、この人知れぬ場所で密かに動き続けていた。

 大学は、学園全体で消費されている電力の何割かをこのサーバーだけで使用しているという事実に、いつ気付くのだろうか。設備があまりにも多い為、何処でどれだけの電力を使っているといった内訳を全て分類しきる事は出来ないが、それでも経之はいつ露見するかと考えると常に心が休まらない。ヒミツに加わっている大学関係者はそれなりに多いので、いざとなればごまかしが効かないという事もないが──。

(私は、根本的に教育者には向いていないという事なのだろうか)

 経之は、持参したノートPCとサーバーをケーブルで繋ぐ。擬森界の挙動を確認すると、画面には「A.C. 11,606」と表示されていた。

 視線を滑らせ、部屋の隅でブルーシートに覆われ、何重にも結束バンドで縛られたオブジェクトを見やる。あの封印された装置こそが、我が子を悠久の果てで遭難に追いやってしまった招霊器だった。

 返霊器の安置している第三特別実験室も、それなりに立ち入りが難しくなるようにしてはいる。だが、現実=最外殻世界の招霊器に本体が繋がれていない以上、こちらの一般人があれに腰掛けて起動ボタンを押しても何も起こらない。尋ねられても、幾らでもごまかしは利く。だが、招霊器は別だ。もし禎宣のように予期せぬトラブルが起こってしまった場合、利用者は時の流れによって──おかしな表現になるが、()()()寿()()()()()()()()()()事になる。

 西暦一万年以降の世界。人類は一体、どうなっているのだろう。

 第四層界に潜行する事なく即座に引き返せば、確かめる事は可能だ。だが、経之にそのような度胸はない。もしそのような事をしてしまえば、禎宣がもう戻って来る事はないのだと、認めざるを得なくなると思ったから。

 擬森界で招霊器が出来たのは、西暦換算で二五四七年。これが現実の森界と同じ因果律に基づく結果ならば、ここ擬鉄界の西暦二〇三七年一月末の時点で擬森界誕生から八年七ヶ月が経ち、年月日が重なった事から考えて、その時の現実世界は西暦換算で二五五五年八月末だった訳だ。そこから十八年が経ち、現在の森界は、西暦では二五七四年五月。擬森界に鉄器族は居ないが、彼らの技術発展を緩やかに見積もったところで、更に六百年もの年月が経過した世界ならば──。

(……『森の終焉』は、訪れたのだろうな)

 鉄器族も空魔族も、全てが死に絶えた世界。このままでは確実に待ち受けている未来。

 禎宣は、そのような世界で遭難してしまったのだ。彼が命を犠牲にして「闇の涯」を見に行った世界は、人類の積み上げてきた英知の結晶全てが無に帰した、究極的な破滅を因果の行く末として提示した。

 自分が、デインに禎宣の面影を見(いだ)そうとしていたのは確かだ。そして、現在彼は行方を晦ましたまま。刻印獣が阻害した各種通信も復活したというのに、未だに彼に連絡が取れないという事は、そろそろ覚悟を決めた方が良いという事なのだろうか。

 彼がスマートフォンを紛失したのかもしれない。そのような可能性についても、経之はヒミツのメンバーたちや星紀らと何度も検討した。しかし、あの混乱の中でデイン/禎宣がそう遠くまで逃げたとも思えない。何らかの理由で連絡が取れないのならば、一ヶ月半も経っているのだ、直接こちらを訪ねて来る事も考えつくだろう。

 禎宣と、デイン/禎宣。自分が育てた、二人の子供。そのどちらもが生死不明、それも限りなく生きている可能性は低い生死不明となった。

 経之は、自分が()()()()()という事を理解していた。息子の死を受容しきれない事が桎梏となり、既に「森の終焉」を迎えたであろう擬森界を放置して作り直せない事も、デイン/禎宣の捜索を行うに当たり、繋がらないアドレスに電話を掛け、HMEを送り続けながら警察の報告を待っている事も。そして、自分がそのようにしている間、星紀やムウは命を賭けて戦い続けているのだ。

 ある意味ではトラウマなのかもしれない、と思った。逃げだと自覚している自分の心だけでは、どうにもならない現象。星紀や《臨空の盾》と協力しての対刻印獣戦が始まってから、実のところ真面(まとも)な睡眠が取れていない。眠りが浅い上、風の吹き曝す荒野で老人となった禎宣に糾弾される悪夢を見て跳ね起きる事も多くなった。

 事が事だけに、病院を受診する訳にも行かないのだ。ヒミツの者たちの前では、責任者らしく振舞わねばならないという事もある。これを克服する為には、自ら息子がどうなったのかを確かめ、逃げずにその真相と向き合わねばならない──経之がここに足を運んだのも、それが理由だった。

 決心が揺らぐ前に、やりきらねばならない。

 経之は擬森界の挙動を停止させるべく、プログラムを入力し始める。サーバーを完全に停止させてから、膨大なシステムログを辿りながら、禎宣が何処まで潜行して行ったのかを確かめる。

 もし彼が既に死んでいれば──恐らく最もその可能性が高い──、事実をありのままに受け入れる。生きていて、何らかの要因で戻って来られなくなっているのなら、システムの全てをパージしてでも彼をサルベージする。

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