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闇の涯  作者: 藍原センシ
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『闇の涯』 第15回

  9. シンハ ── 森暦某日


 氏族領の境界、氏族長の屋敷があるサナ氏の本拠地”村”とヨド領の境に横たわる連峰の、機械化された後者の側に臨める半分。村からでは美しく翠微(すいび)の萌えるその輪郭も、頂上を越えてこちらから見てしまえば、行きすぎた魔科学技術によって成す(すべ)もなく蹂躙されていく森界の縮図に過ぎなかった。

 ヨド領の工業団地から招霊器を持って退散したシンハたちは、その山の天然の洞窟を利用して作られた《臨空の盾》の拠点の一つへと急いでいた。山肌を伝い、関所を越えないぎりぎりの位置を進む。この山にある拠点は、ヨド領内で諜報活動を行う際に寝泊まりする為の場所であり、いちいち番人の目を盗んで大回りをしながら領間を行き来する時間と危機を減らす為のものだった。

 ヨド氏がこの山を機械化したのは、魔科学技術開発に使用する資源の採掘を効率的に行う為だ。そして、彼らはその作業を全て人工知能に代行させている。

 元来この山はヨド氏が掌握している採掘場の一つに過ぎず、セキュリティは全てあの強力なオートマトンたちが担っている。監視装置などで遠隔地から見張られているというような事もなく、如何に彼らにとって”軽い”場所であるのかという事が窺えるが、それが(かえ)ってこちらの利用しやすさに繋がっている。

(それでも、あまり気分のいいものではないな)

 魂落ち状態にあるデインの体を背負って運びながら、シンハはちらりと谷の方に視線をやった。山中に出来た擂り鉢状の土地──機械化したピラミッドを裏返したような階段の採掘現場で、その一部分が大きく崩壊している。引っ繰り返ったオートマトンの残骸や引き捲られたようなベルトコンベアを見るに、まだ何度か崩れる可能性があるので直接空魔が入って……という事は出来ないらしい。

「山の掘りすぎっすね」

 同じく魂落ち状態のムウの体を背負いながら、ジャンプが言ってきた。

「土を掻き出しすぎて、中身がスカスカになっちまってやがる。岩盤も相当脆くなっているに違げえねえ。採掘場になっているのはこっち半分だけだけど、地中の領境なんか曖昧そのものだ、奴ら、俺たちの村に突き抜けるまで掘るでしょうぜ」

「そのような事になれば、同じような土砂崩れや地盤沈下が、サナの領内でも起こるかもしれねえ訳だ」バクンが応じる。「で、それで麓の俺たちが生き埋めになったとして、ヨドの連中が自然災害で押し通せば通っちまうのが今の森界なんだ」

「おい、お喋りが多いぞ」

 シンハが短く注意すると、ジャンプは「だってよ」と不満げに言った。

「場合によっちゃ、俺たちはヨドの中枢に攻め入りやすいこの拠点を捨てなきゃいけなくなるんですぜ? ムウお嬢ちゃんの首尾がどうなのかは、擬鉄界をモニタリング出来ねえ俺たちには知れねえ。けど、そうやって待っている間に天然洞窟が落盤して全員ぺしゃんこ、お陀仏なんて事になったら洒落にならねえ」

「………」

 なるほど、とシンハは思う。確かにジャンプの言う事にも一理あり、ヨド氏側の山の状況が分かった以上、身を隠したからといって完全に身の安全が保障される訳ではない、という事がこれで明らかになった。こちらと擬鉄界で時間の流れ方に五百二十倍の差があるとしても、ムウがデインを連れ戻すまでの間、この一日のうちにも何が起こるか分からないのだ。

 ヨド氏は、繰り返しムウの行動を妨害しようとするだろう。ムウや星紀からすれば、擬鉄界内の時間は果てしなく長い。こちらが数分を過ごす間に、彼女たちは何らかの危機が襲い掛かる可能性も十分にある長さの時間を過ごしている。星紀との顔合わせからまだ十分弱しか経っていないが、擬鉄界ではこの間にも三、四日が過ぎている。こちらも、ただ待つだけでは油断と変わりはないのかもしれない──。

「……とにかく、まずは身を隠そう。久々にあの隠れ家を使う事に変わりはないんだ、もし私が危ないと判断したら、あそこは放棄して村に戻る。勿論、今回私たちが起こした行動の大きさ、隊長が亡くなられた事……領境の警備も強化されるだろうし、ヨド領内で動きづらくなる事は必定だ。けど」

 自分にも言い聞かせるつもりでシンハが言った時、

「もう見つかっているぞ、この間抜け!」

 あっ、と、皆が声を上げた。転瞬、山肌の上の方から矢が雨霰と降り注いでくる。シンハは咄嗟に槍を抜き、剣技による斬撃を飛ばしながら「伏せろ!」と皆に叫んだ。

 斜面に取り付けられた昇降装置に乗った《寄生木》の侍たちが、工場を襲撃した時と同様一列に並んで弓を構えていた。彼らの中央には、やはりクシュナが立っている。あの場で撃退してから三十分程度しか経過していないというのに、もう人員を補充してフォーメーションを組み直したのか、と思うと戦慄が走るようだった。

「何なんだよ、あの化け物は……!」

 ザンキが、毒()きつつ刀を抜く。それぞれ招霊器とムウの体を引き受けているドウランとジャンプもそれに続こうとするので、シンハは「お前たちはいい」と止めた。「守りながら戦うのは難しい」

 軽く手を伸ばし、背中に結わえられたデインの肩に触れる。

 ジャンプは「そりゃねえよ!」と抗議した。

「それじゃあ旦那も同じじゃねえか。俺たちだけに逃げろって……」

「招霊器とお嬢様を守る方に全力を尽くせと言っているんだ。早く行け!」

「旦那……」

 ジャンプ、ドウランは唇を噛みつつ視線を左右させたが、やがて身を翻した。

「任されたし、任せたぜ」

「逃がすか! 蜂襲穿(ホウシュウセン)!」

「ザガード! ハジャト様のお造りになられた財を破壊するなよ!」

 侍の一人が放った矢が、ドウランの頭上を掠めた。矢は彼らより少し先の金属質な地面に当たって爆散し、彼らはびくりと足を止める。クシュナは矢を放った侍に警告したが、その侍はすかさず二射目を(つが)えようとする。

「招霊器はまだスペアがあります。それよりもあの娘を始末して、《(まむし)》どもの目論見とやらを頓挫させなければ!」

「……(しのび)の分際で、私の命令に背馳するか!」

 クシュナはその柳眉を倒豎(とうじゅ)させ、音高く抜刀した。(しな)る刀身を回転させ、蛇の如く侍の首に巻き付けると、一切の躊躇いを見せずそれを引く。ザガードと呼ばれた侍の頭部はいとも容易(たやす)く落ち、血糊の緒を曳きながら斜面を転がり落ちてきた。

「部下を……」ザンキが、(おぞ)ましげに呟いた。

 落下する首は、何度か弾みながらこちらの目の前まで到達する。本能的な嫌悪感から誰もが身を引きかけた時、その隙を突かんばかりにクシュナが昇降装置から跳躍した。降り注ぐ《寄生木》たちの矢の一本ででもあるかの如く、しなやかな体を真っ直ぐに伸ばしつつ、生首の後を正確に追随してくる。

「怯むな! 牙竜鉾(ガリュウボウ)!」「絞万朶縛獄(コウバンダバクゴク)!」

 シンハは生首を振り払うと、槍系統専用の剣技を繰り出しつつ身を引いた。一瞬前まで自分が居た場所に槍が移動し、クシュナの振るった刀身はそれに巻き付いてくる。先程の侍を屠り去った攻撃の延長線上にある技だ、と判断し、シンハは相手が武器を引く前に自分の方へ槍を引き寄せた。

 クシュナと自分の力は、ほぼ拮抗していた。斜面の上下で、互いの武器を絡ませたまま綱引きのような状態になる。とはいえ、この状態で有利なのは、重力に従って相手を下方へと引いている自分の方だった。

「畳み掛けろ!」ひとしきり矢を打ち払った仲間たちに、シンハは叫ぶ。

「おう!!」

 打てば響くような力強い声が重なり合った。ザンキやバクンを始め、仲間たちが一斉にクシュナへと飛び掛かっていく。

 ──倒せる。

 そのような確信が、シンハの中で頭を(もた)げた。

 クシュナさえ倒す事が出来れば、如何に強力な暗殺部隊である《寄生木》でも烏合の衆と化すだろう。こちらは別に、彼らを全滅させるつもりで戦っているのではない。安全にここを離脱し、隠れ家まで行き着ければそれで良いのだ。

 だが、それが”確信”ではなく”期待”に過ぎなかった事は、それから十秒も掛からないうちに証明された。

 クシュナは食い縛った歯の隙間から鋭く息を漏らすと、ずっと上方向に引いていた腕を急に横へと振るったのだ。力の向きを急激に変えられたシンハは慣性によって(まろ)びかけ、クシュナはこちらの力が抜けたその一瞬を見逃さなかった。

「お前たち、矢を放て! 私を誤射する心配は無用だ!」

「何!?」

 シンハは数秒前まで、自分がこれ程狼狽を露わにした声を出すとは思わなかった。

 大柄な自分の体躯が大きく振り回され、クシュナへと突進を掛けていた仲間たちを薙ぎ倒した。すかさず、昇降装置に乗った侍たちが二度目の矢の雨を降らせてくる。体勢を崩した仲間たちは防ぐ間もなくそれらに射抜かれ、よろめいて次々と谷底の方へと滑落し始めた。

 シンハの目の前で、バクンが顳顬(こめかみ)を貫かれ、その身を力なく傾倒させた。

「バクン────っ!!」

 その声が届いたのかどうかすらも、最早分からなかった。狭まった視界の奥で、彼はゆっくりと谷へと倒れ込み、死角に消えていった。

「あ……ああ……っ!」仲間たちが、次々に死んでいく。驚く程呆気なく、大量発生した水田の(いなご)が駆除されるように。兵士一、二、三などではない、名前と顔を一致させて覚え、近所付き合いもあった者たちであるはずなのに、その死に様には命の重みなど全く感じさせないものだった。

 立たなければ。守りの(かなめ)である自分が動かなければ、皆が死んでしまう。

 シンハは足を踏ん張りつつ、クシュナの腰に組み付いて引き倒そうとする。彼女は昇降装置のほぼ真下に居る為、こちらに飛来する《寄生木》の矢の軌道から、更に内側の死角に入っている。狙って撃ちでもしない限り、クシュナの部下たちが彼女を射抜く事はないだろう。

 彼女を引っ張り、味方の矢に撃たせて倒す。それがどれだけ、武士道精神に反する行為なのかはシンハも理解していた。しかし、仲間がこれ程あっさりと殺されていく中で、そのような事など考えている余裕はなかった。

「いいのか、《(まむし)》の新たなリーダー?」クシュナは伸縮する刀を引きながら、同じように組んだシンハの耳元で囁いた。「このままでは、貴様の方が先に死ぬぞ? 背中に負った、その少年と共に」

 一瞬、背筋がひやりとした。ジャンプたちには偉そうな事を言っておきながら、先程から自分は背中のデインの事を気に掛けていただろうか。混戦状態の中、誰かや何かが自分の背後からぶつからなかっただろうか。それは、敵の居る斜面に殺到した仲間たちの体だったのか、もしくは放物線を描いて落下した矢が、魂落ちによって物言わぬ状態にあるデインに突き刺さった衝撃だったのか。

 そのような事を考えたのが、(かえ)って仇になった。

 シンハが硬直した一瞬、矢の一本がデインを自らに括りつけている紐を掠め、切れる寸前まで綻ばせた。隙を見逃さず、クシュナの腕が独立した生き物の如くうねってその綻びを引きちぎる。ずるり、と、背負っているデインの体が滑った。

 しまった、と思った時には、既に彼はクシュナの腕に奪われていた。

「安心しろ、すぐには殺さない」

 彼女は言うと、仕上げとばかりに足を振り上げていた。軍靴の爪先が、シンハの鳩尾(みぞおち)を蹴り上げ、そのまま勢いを殺す事なく右手首を抉った。

 槍から手が離れ、クシュナと彼女の刀の重さが一気に消滅した事により、力の反動は唐突にシンハ自身へと牙を向いた。シンハはよろめき、その場で蹈鞴(たたら)を踏むものの、踏み留まる事は出来なかった。

 仲間たちの多くが消えていった谷底へと、シンハは仁王立ちのまま滑り落ちていく。勢いを可能な限り抑えようと踏ん張りながら感じていたのは、これから死ぬのではないかという恐怖ではなく、デインを奪われてしまった事への強い慙恚(ざんい)の念だった。

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