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闇の涯  作者: 藍原センシ
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『闇の涯』 第11回

  7. 工藤春姫 ── 西暦二〇五五年 五月二十日


「おかえり。……どう、外の様子は?」

 薄暗い部屋の隅で毛布に(くる)まった春姫は、戻って来た禎宣に問い掛ける。彼はパーカーのフードを払い、サングラスを外すと、提げてきたコンビニのレジ袋を床に置いた。

「駄目です。まだ出られるような状態じゃありませんよ。先輩は、まだ見ない方がいいかもしれません」

「そっか……」春姫は小さく溜め息を()く。

 禎宣は隣に歩み寄って来ると、腰を下ろし、袋からレーションを取り出した。

「お腹空いていませんか? こういう保存食は、なかなか手に入らなくなりそうですが」

「ありがとう、禎宣君。少し貰おうかな」

 春姫は手を伸ばしながら、献身的な彼に感謝する。今本当に大変なのは彼の方なのにな、と思った。「HMEはどう? まだ、既読付かない?」

「そっちも駄目ですね。電話も、星紀にも父さんにも繋がりません。もしかすると、システムの自動修復が追い着いていないのかも。今回使われた刻印獣は、より強力な次世代型だったのかもしれませんね」

 禎宣は、「俺のせいですみません」と謝ってきた。春姫は慌てて手首を振る。

「禎宣君が謝らないの。望んでこうなった訳じゃないんだから」

「……はい」彼はそこで少々弱々しく微笑み、ヘッドホン型補聴器を外した。


          *   *   *


 五日前の怪物騒動の際、自宅アパートを破壊された春姫は着のみ着のままの状態で外へ飛び出し、道路の寸断により孤立してしまった。逃げ遅れた住民は建物の倒壊に巻き込まれて命を落とし、春姫はそういった人々が押し潰され、炎に焼かれるのを間近で見た。スマートフォンも崩壊した部屋の中にあり、自分はこのまま誰にも連絡が取れないまま彼らと同じように死ぬのだろうか、と恐ろしくなった。

 瓦礫を乗り越えて禎宣が現れたのは、炎の熱さと、人体が破壊される音や臭いの中、心細さで今にも泣き出しそうになっている時だった。春姫はその時彼の姿が、自分の見た幻ではないだろうかと本気で疑ってしまった。

「助けに来ましたよ、先輩!」

 彼は威勢良く言い、春姫の手を引いて寸断された道路を渡ると、小田急小田原線の高架を越えて船橋方面へ逃げた。怪物が何処から出現したのかは分からなかったが、その破壊の手はかなり広範囲に及んでいるらしく、行けども行けども炎上していない建物はなかなか見られなかった。

 やがて、半壊しかかったこの雑居ビルに出た。ここは怪物の蹂躙が及んだ範囲の最果てらしく、大部分の住民が退去したとはいえ完全に崩壊するような気配はなく、禎宣は一時的にここに身を落ち着けよう、と言った。

 段ボールが数個あるだけの殺風景な地下室に入ると、春姫は堪えきれなくなって泣き崩れてしまった。禎宣はそんな自分を黙って抱き締めると、父親である志総経之教授や親友の星紀に連絡を試み、(しば)らくしてから電話もHMEも繋がらない事を口にした。春姫は自分の身内や知人の番号を幾つか彼に教えたが、それらもことごとく通じなかった。

「信じられない話をしても大丈夫ですか?」

 禎宣は、一連の異常について心当たりがあるようだった。春姫が躊躇う事なく肯くと、彼はそれでも少々迷う素振りを見せ、しかし結局その事を口にした。

「俺、人間じゃないんですって」

 禎宣によると、市街地で猛威を振るった怪物は刻印獣といい、彼一人の命を奪う為に現れた存在だという。彼は人間界と重なり合って存在する異世界の種族で、サナと呼ばれる一派の(おさ)の跡継ぎである。そして、対立するヨドという一派の暗殺の手を逃れる為、幼い頃にこちらの人間界に隠されたのだそうだ。

「……それ、禎宣君の新作小説じゃないよね?」春姫がつい聞いてしまうと、

「即興でこんな話が出来るなら、とっくの昔にラノベ新人賞に応募しています」

 彼は言い、四六時中着けている補聴器をそこで初めて外した。そこで春姫は、ずっと隠されていた彼の耳が紡錘形をしている事を知った。

「妖精みたい……」思わず呟くと、彼は「そうですね」と少々苦笑した。

「空魔族の事、確信はないけれど知っているって人間、何でかは分からないけど昔から一定数居るみたいですからね。絵に描かれる妖精の耳が尖っているのって、多分何処かで空魔を見た人が始まりなんじゃないでしょうか」

「それじゃあ、魔法とかも使えたりするの?」

「臨空術ですね。俺は無理です、ずっと人間──鉄器族に育てられたから、術の使い方なんて教えられるはずがないし、そもそも鉄界じゃ魔気がないから神依をしなきゃ出来ません」

 すらすらと用語を交えながら語る禎宣を見て、春姫は彼の言う事が事実なのだと受け入れざるを得なかった。だが、非常事態とはいえこのように呆気なく彼の秘密が──それも出会ってまだ一ヶ月程度しか経過していない自分に──語られた事に、(いささ)か戸惑いを覚えてもいた。

「それって、喋っちゃって大丈夫な事だったの?」

「ええ。だって、いずれ先輩にはバレる事でしたよ。幾ら顔のパーツに個人差があっても、この耳はそう言ってごまかせるものでもないですし」

「あたし、補聴器だって思っていたら無理矢理外そうとしたりしないわよ?」

 少々むっとしながら言うと、彼は「あはは」と笑った。

「だって寝る時とか風呂入る時とか、さすがに外さなきゃいけないじゃないですか」

「……そんな状況まで、想定してたんだ」

 春姫は赤くなってしまってから、彼が自分の緊張を自然に解いてくれた事に気付いた。


          *   *   *


「だけどひょっとしたら、今の状況はチャンスになり得るかもしれませんよ」

 誰とも連絡の取れないスマホを充電器に挿すと──連絡がつかないのは電波状況が悪い訳ではなく、刻印獣が通信プロトコルをコンバートしてしまった為らしい──、彼は春姫の傍に歩み寄って来ながら言った。横になるよう手で示されたので、言葉に甘え、腰を下ろした禎宣の膝に頭を載せる。自分の端末を失い、外にも出られない状態で、春姫に出来る事は食べる事と眠る事の繰り返しだった。

 毛布の中で服を脱ぎ、目を閉じると、禎宣はこちらの髪を優しく撫でてきた。

「チャンスって、何が?」

「刻印獣は、ピンポイントで俺の居る場所を目指してきました。ヨドの連中が、何処までこの世界の住人のユニットID……じゃない、個人までを特定出来るのかは知りませんけれど、ある程度の監視の目はあると思っておいた方がいいですね。だけど、システム外に脱出してしまえば……連中の居る森界まで出る事が出来れば、その目も完全に振り切れるでしょう。そうすれば、サナの仲間とも接触出来るかもしれない」

「システム?」

「あ、ああ……ええ。『系統』っていう意味の方です。森界と鉄界、二つの世界が存在する事を話してしまったので。俺たちの居る鉄界に属する間、その人やモノはこっちの世界の体系(システム)に含まれるっていう意味で」

 禎宣は言い、「もし」と続けた。

「ヨド氏が鉄界のネットワークを掌握しているなら、バックドアを使って俺たちの通信ログも辿られるかもしれない。俺が何処で誰と接触しているのか探られれば、大人数での行動が難しくなる可能性もあります。……外で情報を集めるうち、あの刻印獣を討伐したのは刀と魔法らしき技を使う女の子だという事が分かりました。状況から考えて、これは空魔であると見て間違いないでしょう」

「刻印獣を倒したって事は、サナ氏?」

「恐らくは。父さんは──経之教授は俺を育てたんだ、空魔族と繋ぐ手段は何かしら持っているだろうけど、ヨド氏がネット上のやり取りを何処まで掴むかが分かりません。となると、俺が一人で森界に行くのが最善の行動かと」

「あ、そっか」春姫は納得し、瞼をぱちりとしばたたいた。「だったら、星紀君たちとは通信出来ない今の状況の方が、その作戦はやりやすいって事ね」

 禎宣はそこで、「(ただ)し」と付け加えた。

「森界へ行くには、大学にある機械を使わなければいけません。そこまで、姿を隠しながら行く必要があります」

「それなら、あたしも行く」春姫は即座に言った。禎宣は、ぴくりと眉を上げる。

「先輩も?」

「鉄器族のあたしじゃ、禎宣君の役に立てる事はそこまでないかもしれない。けど、空魔や教授よりも、一緒に居て疑われないのはあたしでしょ? 独りぼっちって、思っている以上に心細いから」五日前、燃え盛る瓦礫の中で孤立した事を思い出す。「それに……あたしも、禎宣君が行っちゃったらどうすればいいか分からない」

「………」

 禎宣はやや考え込むように唇を噛んでから、微かに口角を上げた。

「確かにそうですね。可愛い先輩を、先の事も分からない中で置いて行く訳には行かない。それに臨空術が使えなくたって、先輩はきっと俺の役に立ってくれますよ」

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