最後の魔術師
はるか古より現代まで生きる一人の偉大な魔術師がいた。
ある日、魔術師の住む家にノックの音が響き渡る。
「はて、この家を探り当てることが出来る人物などもう幾人もいないはずだが。だれが来たのかな」
そんなことを呟きながら玄関を開けると、そこには昔馴染みの魔女が立っていた。
旧友である魔女との数百年ぶりの再会に魔術師は心からの喜びを示すと、家の中に招き入れた。
家に入った魔女はあちらこちらに目をやると鼻を鳴らす。
「どれだけ時が経とうが少しも変わり映えのしない、つまらん部屋だね」
「やれやれ、久しぶりにあったのにそれか。口の悪さは変わらんな」
そして魔女と魔術師は互いに顔を見合わせると笑い声をあげた。
積もる話も終わった頃に、魔術師は魔女に、今日はなんの用で来たのか、と尋ねる。魔女はその話かと頷くと話し始めた。
「私もみんなのようにこの世界を離れようと思ってね。その挨拶に来たのさ」
「おや、ついに君もか。前に会ったときは弟子に全てを伝授したらいなくなると言っていたが、それも終わったのかね?」
魔術師の言葉に魔女は首を横に振った。そして弟子なんて集まりゃしなかったよと吐き捨てるように口にする。
その言葉に魔術師は首を傾げた。
「君ほどの魔女に弟子ができないなんてことはないだろう」
「それが出来なかったのさ。だからこの世界を離れるんだ」
そう言って魔女は立ち上がり、魔術師に別れの挨拶をした。
魔術師もそれに応じると、魔女は思い出したように口にする。
「不思議に思うんならあんたも都会に降りて弟子を探してみりゃいいさ」
その言葉を最後に魔女は姿を消した。
次の日に魔術師は魔女の言葉に従って都会に降りて驚いた。
バベルの塔と見紛うような大きな建物がいくつも立ち並び、見たこともないような恰好をした人々が祭りの日のように溢れ返っている。
だがそれでも気圧されるものかと魔術師は声を張り上げた。
「私は古より生きる魔術師だ。今日は私の弟子になってくれる者を探しに来た」
そしてパフォーマンスとして様々な魔術を使って見せた。
宙に浮くことから始まり、火を出したり、水を出したり、植物を急速に成長させてみせたり、その逆に枯らしてみせたり。
しかし周りを歩く人たちはそんな魔術師の姿をちらりと見るだけで、すぐにその場を立ち去ってしまう。
中には「なんだ、つまらない。手品ならもっと派手なことをしてみせろよ」などと言う者もいる。
その日魔術師は、朝から日が暮れるまでパフォーマンスをしてみせたが、弟子になりたいと願い出る者は一人もいなかった。
家に帰った魔術師は、魔術がもはや人の世に求められていないことと、そしてなぜ仲間たちがこの世界を離れたのかを悟り、家の中を整理し始めた。
その日、世界から最後の魔術師が姿を消した。
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