魔法使いの長
この世界には魔法使いが存在する。
魔法使いはそれぞれ保持している魔法の属性があり、その属性は五つに分類される。火、風、水、土、闇の五つだ。
闇はあるのになぜ光はないのか、それに関してはどの本にも記されていないため分からない。お婆さんに聞いてもいつも「さてね」と曖昧な返事をするだけだった。
人々は彼らのことを属性ごとに火焔の魔法使い、風雲の魔法使い、水流の魔法使い、大地の魔法使い、夜闇の魔法使いと呼んでいる。彼らは属性ごとに住んでいる国が異なり、そのほとんどの国で、住んでいる人口の七、八割近くを魔法使いが占めている。お婆さんが会いに行けと言っていたのはそれぞれの国を統べる王のような存在だ。
魔法使いの長とお婆さんが何故知り合いなのか、お婆さんは一体何者なのか、その答えを求め、書斎の扉を開く。中に入れば古本の匂いがした。どこか懐かしく、安らぎを覚えるこの部屋はお婆さんの気配があまりにも残りすぎていて苦しくなった。
お婆さんがよく座っていた作業机の引き出しを開ける。言葉通りそこには魔道具と手紙が残されていた。
手紙は全部で六つ。その全てに蝋で封がされており、開けようと封蝋に手をかけるもびくともしない。恐らく魔法がかけられているのだろう。
何の魔法が施されているのかは分からない。とりあえず手当たり次第に魔力を注いでみれば、金の封蝋がされた手紙が開いた。
二つ折りにされた便箋を広げる。中にはこう記されていた。
『アンナへ。手当たり次第に魔力を注いでようやっと一通読めたというところだろう。未熟者め。どの便箋がお前宛てかくらい瞬時に判断しなさい。さて、どうせ辛気臭い顔をしているであろうアンナに課題を与える。残り五つの封蝋はお前さんには開けることが出来ない。特定の魔法使いの魔力を注がなければ開かないようになっている。ここまで言えばもう分るだろう?五つの国を回り、その全ての手紙を渡してきなさい。いわばお使いだ。私の旧友共へ私が亡くなったことを知らせなければいけないからね。頼んだよ』
何とも簡略的な手紙だった。感動的な内容を期待していた私は拍子抜けしてしまったのと同時にお婆さんらしいなと妙に納得してしまった。手紙に綴られた手書きの文字をなぞる。すると下の方に意味深な空白があった。そこを指でなぞると文字が徐々に浮かび上がる。
『追伸:魔道具の中に入っている手紙をもし渡せそうだったら渡しておくれ。誰宛ての手紙かは今は考えなくていい。アンナ、愛している』
揺れる視界の中で私は馬鹿みたいに笑ってしまった。この空白の部分は特定の人物が触れなれば、文字が見えない仕組みになっている。私がもし気付かなければどうしていたのだろう。これはきっと、この手紙の中で最も大切なメッセージだ。そんなものをこんな風に残すお婆さんが可笑しくて泣きながら笑ってしまった。
ひとしきり笑った後、魔道具を手に取る。一見ただの鞄のように見えるそれは中を開くと、暗闇が広がっていて、底がない。これはお婆さんが私にお使いという名の修行をさせるためによく使っていた際限なく物を入れられる魔道具だ。
鞄の中に手を突っ込み、中を探る。中から出てきたのは透明な蝋で封がされた一通の手紙と、いくつかの魔道具だった。その手紙からは魔力を感じない。魔法がかけられていないのだろう。好奇心に駆られる。幾ばくかの逡巡の後、私はその手紙と魔道具達を鞄に戻した。この手紙を開けるのはきっと今じゃない。私の勘がそう言っていた。
鞄を肩にかけ必要な物を放り込んでいく。いくらでも入れられるからと言って大量に詰め込めばいざという時にすぐ欲しい物が取り出せない。必要最低限の荷物を鞄に入れて、戸口へと向かう。
外に出て、振り返る。この家に次いつ帰れるかは分からない。見えこそしないが、家の下の地面に大きな魔法陣の描かれたこの家は保存魔法がかけられていて、埃が積もることも崩れ落ちることもない。けれど、誰も住んでいない家というのはあっという間に寂れてしまう。
なるべく早く帰ろう。心にそう決めて、アンナは長年過ごしてきた家を後にした。