第61話 二度目の再逢。そして・・・
ついに、この回で最終章となります。
紫色の霧がたちこめる世界“テアビノ”―――――カリユシさんに“マナ・アトラト”から時の精霊タイブレスの元へ送ってもらった後、精霊自らの手によって、俺達はこの“テアビノ”へ転送された。
「ここが・・・テアビノ・・・」
「テアビノって言うより・・・混沌の世界“カオス”って呼び方の方がお似合いかもな!」
俺とランサーが、辺りを見回しながら言う。
ただの霧かと思いきや、火薬の匂い・・・というよりも、瘴気のような臭いがいろんな所から臭ってくる。
「とても、生き物が住めるような世界じゃないわね・・・」
「本当に・・・ここに父様が・・・」
複雑そうな表情をしたミヤが、辺りを見回す。
「・・・ここの空気は、召喚獣である僕でさえ、不快に感じる・・・。長居は無用そうだから、とりあえず進んでみよう!!」
「そうだな・・・」
シフトの提案に頷いた俺は、皆を連れて歩き出す。
俺達は、何もない平原のような場所を歩いてくる。今現在は魔物と出くわしていないため、俺達は黙ったまま前に進んでいた。
「なぁ」
最初に口を開いたのはランサーだった。
「お前らもわかっているとは思うが・・・今となってはもう、賢者の石・・・じゃなかった、マカボルンを確実に手に入れるのは、不可能だって事・・・忘れないでいてほしい・・・」
真剣な表情で話すあいつの周りは、何て答えればいいかわからず、また沈黙に戻ろうとしていた。
「・・・情けないよな・・・」
「セキ・・・?」
俺のつぶやきに反応したミヤが自分の方を向く。
「ランサーの言う通り、頭ではそうであるとわかっているんだ・・・。でも、まだ心のどこかで“何とかマカボルンを手に入れる事ができるんじゃないか”って考えている自分がいるんだよ。あの石が人間の魂からできているって知っているのにな・・・。その考えを捨てきれない自分が・・・やっぱりちょっと恥ずかしい・・・」
今まで、目的達成の事を考えて生きてきたから・・・今の状態が、自分にとって複雑な状況であるのに変わりはない。
「セキ・・・」
俺の台詞を聞いた皆が、黙り込んでしまう。
しかし、シフトだけは僕の側に来て、肩を軽く叩いた後につぶやく。
「セキ。君は・・・君達は、それでいいんだ。・・・皆がどんな民族で、どこの出身の者であろうとも、人間である事に変わりはない・・・。希望でも欲望でも、そういったモノを持ちながら成長を遂げて行くのが、人間なのだから・・・」
「シフト・・・。サンキュ・・・」
やっぱり、シフトは自分よりも大人だな…
今の台詞を聞いて、俺はそれを実感できた。
「だからこそ、僕が・・・」
「シフト・・・?」
何かを言いかけたシフトに対し、俺はきょとんとした表情で彼を見る。
「・・・え?あ・・・。ううん、何でもないから!!」
軽く冷や汗をかきながら、シフトはそっぽを向いてしまった。
進んで行く内に、殺気というより、身の毛がよだつような悪寒を感じ始める。
「・・・来るわ!!!」
そう叫んだミヤが刀を構える。
「ギャオォォォォォォォォッ!!!!!」
俺らの周りに、魔物が近づいてきた。
その姿を見た時、俺は背筋に寒気が走る。魔物達の皮膚は、焼け爛れたように荒れていて、1つ目や3つ目を持つ魔物・・・2つ目なのに目が一つしかない奴や、首がもげそうなかんじで垂れ下がっている奴がたくさんいたのである。
クリムゾロで出くわした魔物の大半は「獣系」・「魔鳥系」・「竜系」・「亜人系」と、見たらどんな種類かすぐに判別できた。しかし、今俺達の目の前にいる魔物達は、“魔物”というより、“不死者”ともいえる、異形の者だらけだ。
「セキ!!!ボーッとしていないで、いくよ!!!!」
シフトの声で我に返った俺は、剣を構えて魔物達へ立ち向かって行く。
数時間後―――――――
「ギャァァァァァァァッ!!!」
剣で敵を斬る音と共に、俺は最後の魔物を倒した。
「皆!!!大丈夫か・・・!?」
返り血が顔に少しだけついた事にも気がついていない状況で、俺は皆の安否を確かめる。
「ええ・・・大丈夫!」
「少し苦戦したが・・・大丈夫だ」
ソエルとランサーの声が聴こえる。
「シフト・・・?」
気がつくと、シフトは床に座り込んでいて、ミヤは倒した魔物を見つめながら立っていた。
「2人とも・・・大丈夫か・・・?」
歩きながら、俺は2人に問う。
「私は・・・大丈夫よ」
低い声でミヤが答える。
「シフト・・・怪我とかしていないか・・・?」
そう言ってシフトの顔を覗き込もうとすると、俺は目を見開いて驚く。
「戦っていた時・・・流れこんできたんだ。この魔物の“声”と・・・ククルの…“声”が・・・!!」
そう述べるシフトの顔は青ざめていて、瞳は潤んでいた。
「これも全て・・・マカボルンの影響なんだよね・・・」
そう呟くシフトの身体は震えていた。
数秒ほど、俺達の間で沈黙が続く。
「・・・とにかく、進もうぜ」
ランサーが静かな口調で俺らに言う。
「・・・あれは・・・!!!」
遠くで何かが見えるのを見つけたソエルの表情が一変する。
少し離れた場所にある巨大な山にある麓辺りから、紅い光が見えた。
「あそこに、ダースがいると見て・・・間違い・・・なさそうだな・・・」
複雑そうな表情で、俺は呟く。
ミヤが側にいるから誰も口に出さないが、マカボルンを体内に取り込んだ大魔王ダース――――ミヤの父上が暴走してしまえば、この世界だけではなく、全世界の破滅につながってしまう。そんなマカボルンを「どうにかする」という事は、「ミヤの父上を殺す」という事を示す。
何もしなければ、世界が破滅する・・・。だからといって、こんな形で実の親子が殺しあわなければならないなんて・・・!!!
旅人の俺は無宗教だけれど、今回ばかりはこんな残酷な運命を与えた“神様”を恨んだ。
ゆっくりと進み始める俺達。
「…セキ」
振り向くと、ミヤがいた。
彼女の表情は、今まで見たこともないくらい不安で怯えているような表情だった。ただ、涙を流さず気丈でいようしているのに気がついた時、それが痛々しくてたまらなかった。
「・・・行こう・・・」
大丈夫・・・何があっても、俺がついているから・・・
そんな想いを抱きながら、ミヤに手を差し伸べる。
「・・・うん・・・」
不安な表情に変わりはなかったが、小さな声で頷いた後、俺の手を取る。
※
「ついに」という言葉を何度繰り返しても足りないくらい「ここまで来た」という実感が沸いた。マカボルンの影響で凶暴化した魔物達が大量にいるこの“テアビノ”で、ついに私達はミヤのお父さんがいる巨大な山の麓に到着する。
私達が見た光景は異様な現象だった。
地面にひびが生え、草木が枯れているかと思いきや、枯れた植物が再生しかけた状態のモノもある。
・・・きっと、この場所では破壊と再生が繰り返されてきたんだろうな
自然の摂理に反した状態を目の当たりにした私は、そんな事を考えていた。
「・・・父様・・・!!!」
何かに気がついたミヤが、その方向に走って行く。
「ミヤ・・・待って・・・!!」
私とセキ・ランサー・シフトの4人は、急に走り出した彼女を追いかけて行く。
走っていった先にいたのは、群青色の髪をして、漆黒の翼を背に持つ魔族―――――ミヤのお父さんでもある、大魔王ダースだった。
「父様!!!!大丈夫ですか・・・!!!?」
「・・・ミヤ・・・か・・・!?」
彼女は地面に蹲っている父親の元へ駆け寄る。
そんな娘の姿を見た父親は、表情を変える。ミヤが何とかその身体を抱き起こした。
「ミヤ・・・なんで・・・何故、こんな所まで来た!!!?」
初めて見た時のダースは冷静沈着な話し方をしていたのに、まるで人が違うような表情で叫ぶ。
「父様・・・」
「クリムゾロへ帰るのだ・・・!」
「父様・・・私・・・!」
その直後、辺りが静まり返る。
数秒後、ダースがその重たい口を開く。
「・・・テアビノにいるという事は・・・。聞いたのだな・・・全てを・・・」
「・・・はい・・・」
ミヤが悲しそうな表情で頷く。
すると、土を踏む音が一瞬聴こえたかと思うと、セキが彼ら親子の側に来て言う。
「大魔王ダース・・・」
「・・・あの時の小僧か・・・」
「・・・はい・・・。あなたは・・・彼女の体内にマカボルンがある事にいち早く気がつき、自らの力で“あれ”を引き剥がした・・・。その術はもう、通用しないのですか・・・?」
セキの台詞を聞いたダースは、一瞬黙り込む。
私達の周りが緊張感溢れる空気を出しているのに気がつく。
「引き剥がす・・・か・・・」
ダースはフッと嗤う。
「この魔石を我が体内に取り込み・・・もう50年は経過したか・・・。石の中に存在するエネルギーは、元は人間。魔族である私から離そうとしたら、全力で抵抗してくるだろうな・・・」
「・・・抵抗・・・?」
ランサーが不思議そうな表情をする。
「魔石に埋め込まれている人間達の魂は、娘の体内が一番心地よかったと言っていた。だから、ミヤには何も起こらなかったのだと思う。だが・・・私が無理やり引き剥がした事で、こいつらは私に腹を立てている・・・」
「マカボルンの中に存在する魂が・・・個々の意思を持っている・・・という事・・・!!?」
「・・・そうだ」
驚いた表情のままダースに問いかけるシフトに対し、ダースは静かに頷いた。
「・・・だが、このまま私を倒せばマカボルンは体内に存在できなくなり、外に出てくる可能性もある・・・」
「そんな・・・」
ミヤの表情がどんどん青ざめていく。
「いや・・・そんなの嫌よ・・・!!!!!私はもう・・・大事な人を失いたくない・・・だから・・・父様が生きたままマカボルンから解放される方法を探しましょう・・・!!!」
ミヤの漆黒の瞳が潤んでいたが、彼女は必死に涙をこらえながら叫ぶ。
「ミヤ・・・」
「嫌・・・離れたく・・・ない・・・!!!」
「ミヤ・・・聞きなさい・・・」
「嫌です!!!私だけ生きたって・・・何も意味がないじゃないですか…!!!」
顔を真っ赤にし、息切れをしながらダースに向かって叫ぶミヤ。
「ミヤ・・・聞いてあげて・・・」
セキが横で、今にも泣きそうだが・・・柔らかい笑顔で彼女を見つめる。
「・・・・・・っ」
何も言葉を返さなかったミヤは、そのままダースの方を見つめる。
「聞いてほしい・・・ミヤ・・・。“お前だけ”なんて考えは、間違っている・・・。例え私の身が滅びたとしても・・・その精神は、お前の中で生き続ける。・・・お前の母、アクトはこの石のせいであの世へ旅立った。当時、私も死にたくなるくらい絶望したが・・・気がついたのだ。“身体は滅びても、心はずっと一緒。・・・自分の中にアクトがいる限り、共に生きていける”と・・・」
「父・・・サマ・・・」
「・・・そして、私は永きに渡る年月を生きた・・・。故に、これからを生きるお前たちの未来を・・・自分のせいで消してしまいたくはないのだ・・・」
“ココロの中で生き続ける”・・・か・・・
私は彼女達のやり取りをただ見ている事しかできなかったが、ふと私はその台詞について思った。レンフェンでの内乱後、両親を失った私の中にはコ族に対する恨みの気持ちでいっぱいだった。だから・・・“死んでしまっても、自分の両親は自身の心の中で生きている”なんて発想、全く持っていなかったのである。
大魔王ダースは、私達の世界における“次元の狭間を管理する者”である事も関係してくるけど、永い時を生きている彼だからこそ、言える台詞なのだと心からそう感じた。
「・・・わかり・・・ました・・・」
ミヤがボソッと呟く。
それを聞いたダースは顔を伏せた状態でフッと一瞬微笑んでいた。
そして、何とか自力で立ち上がったダースは、よろけた状態で一歩二歩だけ前に進む。その後、私達の方に振り向いて口を開く。
「今から、本来の姿に戻り・・・我が精神をこやつらに乗っ取らせる」
「・・・それって、もしや・・・!!!」
ダースの台詞を聞いたランサーの表情が激変している事に、私は気がついた。
「自我を失ったわたしは、破壊生物そのもの。・・・そして、マカボルンの力により、その凶暴性はさらに高まる・・・」
「なっ…!!」
大魔王である彼の真の力――――レスタトと対峙した段階でも、物凄い威力を見せていたのに、これから見せるのは、その倍以上の力だというのがよくわかる。
「・・・覚悟はよいな・・・?」
ダースが持つ金色の瞳がミヤ・・・そして、セキの方に向く。
「・・・はい・・・!!!」
「大丈夫です・・・父様・・・!!!」
セキとミヤの、覚悟を決めた強い意思が声から感じた。
ダースは、その金色の瞳を一瞬閉じたかと思うと、すぐに開く。
「それでは・・・いくぞ!!!」
そう叫んだダースの身体が、紅い光に包まれていく。
「キャァッ!!」
眩い光と共に、猛烈な強風が私達の周りに吹く。
あまりの眩しさと強風に目を閉じる私達。恐る恐る瞳を開いてみると―――――
「ギャォォォォォォォォッーーーーー!!!!!!」
物凄い雄叫びをあげる魔鳥が、私達の前に降臨する。
漆黒の翼を持ち、山のように巨大な魔物の瞳は・・・血のように赤い色だった。
ただ飛んでいるだけなのに、そこから感じる殺気が“限度”を超えるような何も言えないくらい巨大なモノだった。
胸が・・・!!!
あまりの殺気に、私の胸が強く痛み出す。例えるなら、「胸が張り裂けそうな痛み」といった所か・・・。
私の目の前ではセキとミヤが・・・それぞれ剣と刀を構えていた。
「苦しまないように・・・すぐに終わらせます・・・父様・・・・!!!!」
そう叫んだミヤが走り出す。
「大魔王ダース・・・俺は貴方に感謝しています・・・。貴方の娘であるミヤに出逢い、“人を守る事の大切さ”や、それによって持てる強さ・・・そして、“共に生きていく喜び”を知りました・・・。故に、ミヤや・・・仲間達が生きるこの世界を、俺は守りたい・・・いや、守っていきます・・・!!!」
その直後、セキも走り出した。
「過去は過去の人間が終わらせなければならないんだ・・・絶対に!!」
途中聴こえなかったが、シフトが一言呟きながら走り出して行く。
「ソエル姉さん・・・行こうぜ!あいつらのためにも・・・!!!」
「・・・ええ!!!」
皆の決意を胸に刻み込んだ私は、銃を構えて大魔王ダースに立ち向かっていく。
いかがでしたか?
この回を書いていた時、「2つの内、どちらか一方しか選択できない」というのは、つらい事だなと感じていました。
次回はついに、最後の戦いが始まった所からスタートです。
セキ達は、大魔王ダースとの戦いで何を見出すのか!?
そして、未だに何を意味するかわからない一文を読んだ方もいると思いますが、その結末もちゃんとわかるように書いています。
次回をお楽しみに★
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