第59話 姉弟
この回で”ランサー編”は最後です。
「カリユシが・・・俺の・・・姉貴・・・?」
ラグナの一言を聞いた俺は、頭の中が真っ白になる。
それは自分が銃を突きつけられている事すら忘れてしまうほどだった。
「がはっ・・・!」
側にいた奴の部下が俺の腹に一発入れたのか、その勢いで俺の脚は床につく。
「動くな!!!」
「少しでも動けば、撃つ!!」
頭上で奴の部下2人が、俺に銃を突きつけながらカリユシに言い放つ。
顔を少し上げてみると、彼女は何かしようとしたのをすぐに止めたのが見えた。
「カリユシよ・・・。我々に従わなければ、ランサーが死ぬことになるぞ。さあ、どうする?」
「・・・・っ!!」
この時、無表情だったカリユシの表情が、少し変わった。
彼女が何かしようとする気配は全くないし、呪文を唱える様子もない。何故だ・・・!!?
これまで、自分の思惑通りに事が進む場合が多かったため、予想外の出来事に恐怖と不安を覚えた。
「おい!!なんで・・・なんで、何もしようとしねぇんだよ!!?」
俺は嘆くように声を張り上げるが、当の本人は全く反応しない。
「もう、時空魔法も使えるんだろ!!?あんたくらいの魔力だったら、こんな奴らすぐにでも片付けられるはずなのに・・・・!!!」
俺の必死の問いかけに対し、カリユシは黙ったままだ。
「・・・哀れだな・・・」
「何…!!!?」
横からラグナの声が聴こえてくる。
「代々、“次元の狭間を管理する者”となるお前達は、強い力を保つために身体がある程度成長すると体内の時間が止まり、以後成長しなくなる。20年前の貴様は15だったな・・・。未来永劫、精霊に縛り付けられた人生を送るなんて、哀れなものだな・・・」
「・・・何が言いたい・・・?」
奴の台詞を聴いた彼女の表情が険しくなる。
「別に・・・。ただ一つ言えるのは、貴様はランサーがこの世界に来る事を予期していたにも関わらず、危険な目に遭わせている・・・愚かにも程があるという事だけだな」
今の台詞を聞いた時、俺は憤りを感じた。
それは先ほどの頭痛で、俺の意識の奥に眠っていた“この世界での記憶”が目覚め始めたせいかもしれない。
「姉貴を侮辱するな…!!」
無意識の内に、俺はラグナに向かってそう叫んでいた。
そして、自分の近くにいた奴の部下たちを肩で突き飛ばした俺は、ラグナに向かって突進していく。
「馬鹿め・・・!!!」
気がつくと、奴の左手には拳銃が握られていた。
撃たれる・・・!!!
直感でそう感じた俺は、反射的に瞳を閉じる。
銃声が響いた後、身構えた際にその場に立ち止まった俺は閉じていた瞳を恐る恐る開く。
すると、自分の目の前に誰かが立ちふさがっている事に気が付く。
俺の目の前に立ちはだかっていたのは―――――カリユシだった。
「・・・ランサー・・・」
俺の無事を確認した彼女は、そのまま俺の腕の中に倒れこむ。
「おい・・・。カリユシ・・・!」
気絶した彼女の背中から、生ぬるい何かの感触がある。
それは、銃によって負った傷から流れる紅い血。
「あ・・・・」
自分の手についた血を見た途端、頭の中が真っ白になる。
血なんて何度も見た事あるはずなのに、この時は今までとは違う感覚を味わったのだ。
俺をかばった・・・カバッタ・・・。何故・・・?・・・俺の・・・・。ソレハ・・・俺の・・・セイ・・・?
・・・オレヲ・・・カバッタカラ・・・コンナコトニ・・・・?
「2人を拘束しろ!!!」
ラグナが部下にそう命じると、俺は奴の声に反応する。
「許さねぇ・・・」
低い声で俺はボソッと呟く。
その直後、俺にはめられていた手錠が粉々に砕けた。まるで、膨張する魔力を抑えきれなくなったみたいに――――――――
目の前には突然の出来事に目を丸くして叫んでいるラグナ達がいたが、その声すら響いてこない。当の俺の中には、自分とは違う意思みたいな何かが働いていた。
そして、俺の身体から黄色い光が迸り・・・!!!!
※
砂がが流れるような音が聴こえ、俺は目を覚ました。頭の中に霧がかかっているような感覚がしたが、ゆっくりと起き上がる事で、だんだん頭の中が冴えてくる。辺りを見回したが、明らかに研究所の中ではない。
神殿のような柱に、床の模様が時計の文字と針に見える。そして、視線の先には、巨大な砂時計が鎮座されていた。
えっと・・・確か俺は、シフトと一緒にランサーを助けるために研究所に忍び込んだ。そして、カリユシさんが敵と対峙している場所にたどり着くと・・・頭の中に“声”が響いて・・・何が起こったのか理解できなかった俺は、これまでの事を思い返していた。
そうしたら、ランサーから眩い光が現れて・・・
気がつくと、俺の周りにはミヤ達が倒れていた。
「皆!!!」
俺はすぐさま倒れている皆の下へ駆け寄り、一人ずつ起こして行く。
「おい!!!皆、大丈夫か!!!?」
俺は一人ひとりの身体を揺する。
「・・・セキ・・・?」
ミヤを始め、シフトやソエル。そしてランサーも目を覚ます。
「ランサー・・・あんた・・・!」
その目で無事を確認したソエルは、勢いよくランサーに抱きついた。
「わっ・・・!おい・・・ソエル姉さん・・・!!?」
いきなり抱きつかれたランサーは、頬を赤らめていた。
「無事だったんだね・・・よかった・・・!!!」
この時、ソエルの声がものすごく震えている事に、俺は気が付く。
それと同時に、鼻水を鼻で吸う音が聴こえる。
「・・・…サンキュ・・・」
自分のために涙目になっていたソエルに気がついたランサーは、彼女の頭を優しく撫でた。
俺達の間で、沈黙が続く。
・・・とにかく、ランサーが無事でよかった・・・
仲間の無事を確認した俺もまた、物凄く安堵していた。
「そういえば・・・ここは一体・・・?」
シフトがボソッと呟いた瞬間、ランサーは我に返る。
「姉貴・・・!!!」
「え・・・?」
辺りを見回し始めたランサーを見て、ソエルは不思そうな表情をしていた。
「あね・・・じゃなかった、カリユシはどこに・・・!!?」
この時、必死になってカリユシさんを探そうとするあいつの表情が、まるで別人のように新鮮なかんじがした。
『ランサー・・・』
「え・・・!!?」
どこからともなく、女性らしき声が聴こえてきた。
「誰だ!!!?」
ランサーの表情が急に険しくなり、辺りを見回す。
すると、巨大な砂時計の前に金髪で白銀色の瞳をした女性が現れる。
「貴女は・・・」
俺の横で、ミヤが呆然としていた。
「ミヤ・・・この女性を知っているのか・・・?」
その直後、ミヤはつばをゴクリと飲んで、その口を開く。
「私も初めてお会いするけど・・・この気はおそらく・・・」
「そう・・・。私が、時の精霊タイブレスです」
「!!!!!」
自分から名乗り出たこの女性に、俺らの視線が一気に集まる。
「あんたが・・・時の精霊サマか・・・」
そう呟きながら、ランサーが前に出てくる。
「・・・20年ぶりですね、ランサー・・・」
あいつの真剣な眼差しを見たタイブレスは、静かに答える。
すると、眩い光と共に、その中から気を失っているカリユシさんが現れた。
「姉貴・・・!!!」
地面に降りてきた彼女を、ランサーがすぐに受け止めた。
「気絶しているだけで、命に別状はありません。傷も少しずつ癒えていくので、まもなく目を覚ますでしょう・・・」
「っ・・・・」
黙ったままカリユシさんを抱きしめるランサー。
俺達4人はそれをただ見つめる事しかできなかった。
数分程、その場にいる全員が黙り込む。そして、顔を上げたランサーの視線が精霊の方へ向く。
「さっき・・・俺の中で何か別の意思みたいなモノが働いていた・・・。あれから、何が起こったんだ?」
その表情は、今までもよく見た事のある真剣な表情だった。
ランサーの台詞を聴いたタイブレスは一瞬黙り込んだが、すぐにその重たい口を開く。
「・・・確かに、貴方の身体を媒介にしてここへ運んだのは私です。ですが、あの爆発を引き起こしたのは、紛れもない貴方の能力・・・」
「能力・・・?」
その言葉を聞いた瞬間、不思議に感じた俺は彼女に問いかけるような表情を見せる。
「・・・貴方は、デスティニーロ族の中でも特に強い力を持って産まれた子供だった・・・。カリユシが貴方をかばって怪我をしたのをきっかけに、力を抑える封印が完全に解け、その強き魔導が暴走した・・・」
「え・・・・!!?」
俺達全員の表情が一変する。
「力が暴走・・・それって、もしかして・・・!」
シフトが声を震わせながら、精霊に問いかける。
すると、俺達の目の前に、写真のような映像が1つ現れる。
「これは・・・!!!」
その映像を見たミヤ以外の4人の顔が、どんどん青ざめていく。
「セキ・・・皆・・・?一体、何が見えているの・・・?」
俺達の様子がおかしいことに気がついたミヤが、困惑しながら俺達に尋ねる。
「国立魔導研究所が・・・跡形もなくなっている・・・・!!!」
「え・・・!!?」
俺の台詞を聞いたミヤもまた、身体を硬直させる。
「・・・今は、私の力によってこの施設周辺の時を止めていますが・・・時空魔法を使った際に間に合わなかった人間はおそらく・・・」
タイブレスが深刻な表情で呟いた後、俺達5人は呆然としていたのである。
※
時の精霊タイブレスが自分達に見せてくれた映像を見て、俺は唖然とした。あの研究所の姿が跡形もなくなっているのだ。正確に言えば、建物があったようには見えるものの、一つの建物といえないくらい崩壊していたのである。
「俺は・・・」
この時、自分の力がどれだけ恐ろしい魔力かをに気がついた。
魔術師である俺にとってこの焼け跡を見れば、どれぐらいの威力の爆発だったか手に取るようにわかる。おそらく、精霊が時間を止めていなかったら、このマナ・アトラトが崩壊していたのだろう。それぐらいの威力があるのを確信した。
「こうなる可能性があったから、あんたは俺の記憶を封印した・・・って所か・・・?」
深刻な表情をした俺は、タイブレスの顔をしっかりと見る。
「そうです・・・。そして、クリムゾロで新たな暮らしができるようにと思って・・・。しかし、あなたにしてみれば、こちらの勝手な選択だったのかもしれませんね・・・」
「・・・もういい・・・」
俺は精霊から目をそらし、自分の胸の中にいるカリユシに視線を移す。
「ここ・・・は・・・?」
すると、気絶していた彼女が目を覚ます。
「カリユシさん・・・目を覚ましたんですね・・・!!?」
シフトが俺らの側に駆け寄ってきた。
「・・・・…何を情けない表情をしている・・・」
状況をすぐに把握した彼女は、俺を見てフッと嗤う。
「・・・・・・そりゃあ、目を覚ませば・・・誰だって、嬉しいに決まっているだろ・・・!!!」
“家族が生きている”――――これを実感した俺の瞳から、一筋の涙がこぼれる。
「・・・すまなかったな・・・ランサー・・・」
「姉貴・・・?」
「お前を護るためとはいえ・・・20年もの間、つらい思いをさせてしまった・・・。私も・・・もし、自分がアンコンダクターでなければ…どんなにお前と一緒に生きたかった事か・・・!!!」
「姉貴っ・・・・!!!」
俺は窒息するくらい彼女を強く抱きしめ――――そして、声を押し殺しながら泣いていた。
今まで、周囲には”優秀”と言われてもてはやされていたが、俺はどんなに誉められても、何か足りないと感じていた。たった一人でいい。“血のつながった家族”――――それが、何もなかった俺が一番求めていたモノだったんだと、身をもって実感したのである。
そして、セキ達や時の精霊タイブレスが見守る中、時間は過ぎていくのであった。
いかがでしたか。
物語で出てくる”砂時計の間”。
この砂時計はもちろん、時の精霊を象徴する物として書きましたが、この時、私の頭の中にはゲーム『ペルソナ2 罪』のエンディング辺りに出てきた場所のイメージが浮かんでいました。それを参考に考えたので、ゲームをご存知の方はどんな背景かわかるかもしれません。
では、ご意見・ご感想をお待ちしてます☆