第56話 次元の狭間を管理する者
文明世界”マナ・アトラト”の首都クウィーン・MDで市内観光をしていた僕たちは、案内人をやってくれたアモーネさんという女性に連れられて、とある場所に向かっていた。
生前の僕が暮らしていた都市ぐらい発展した街だな・・・
この都市に来た際、そんな事を考えていた。だから懐かしいのかはわからないけど、故郷に帰ってきたような気分でとても嬉しかった。しかし、僕は浮かれていた余りに、ランサーの異変を気がついていなかったわけだが―――――――
「ただ今戻りました!!」
僕達は華やかな中心街から外れた住宅街の裏側・・・まさに、“裏町”といえるような場所にある民家の中に入っていく。
どう見ても一般人なのに、どうしてアモーネさんは拳銃を所持していたのだろう・・・?
歩いている間、ずっとそれについて考えていた。
中に入っていくと・・・部屋の中は真っ暗で、誰もいる気配がない。
「なぁ、アンコンダクターはどこにもいねぇぞ?」
「・・・この世界で、あまりその言葉を口にしないでください」
ランサーは皮肉っているような話し方で呟くと、すぐにアモーネさんは一喝した。
その後、彼女は服のポケットから白くて小さな石を取り出す。
「もしかして・・・それが、“魔導石”?」
「ええ」
僕の問いに対して静かに答えたアモーネさんは、白い魔導石を花瓶の下に隠れた紋章のようなモノに近づける。
「その紋章・・・・!!!」
ランサーが僕の横でものすごい表情をして驚いていた。
すると、魔導石から白い光が発し、何かが外れる音が聴こえる。
「この音は・・・?」
「・・・・ついてきてください・・・」
ミヤが不思議そうな表情をしていたが、この女性は全く見向きをしなかった。
その直後、音が聞こえた方にある床の床板を外す。
「隠し階段・・・・」
僕はつばをゴクリと飲み込む。
魔導石って、魔術を唱えられるだけでなく、こんな使い道があるんだ・・・
元科学者だった僕にとって、この石はとても興味深い。そんな事を考えながら、皆と一緒にこの隠し階段を降りていく。
隠し階段を降りた先には、一つの鋼鉄でできた扉があった。そこを開けると―――
「・・・アモーネか」
部屋の中は書斎のような造りになっていて・・・僕たちの視界に入ってきたのは、オレンジ系の茶髪で、瞳が淡い水色の女性だった。
「貴女が・・・この世界の“次元の狭間を管理する者”・・・ですか?」
セキが恐る恐る尋ねる。
椅子に腰掛けていたその女性は、セキや僕たちの方を見る。
あれ・・・?
この人がランサーを見た時、わずかに目が反応したように見えた。気のせいだろうか。
「・・・いかにも。私がこの“マナ・アトラト”の“次元の狭間を管理する者”だ」
正面を見たこの女性は、静かに答える。
「早速で申し訳ないんですが・・・アンコンダクター殿!私は・・・」
「ミヤ・クエズウラ・・・」
「えっ!!!?」
ミヤが喋りだそうとした途端、この女性はミヤの名前をいきなり呟く。
「“クエズウラ”・・・?」
ソエルが不思議そうな表情をしている一方で、ミヤの口が開く。
「・・・私の真名を…ご存知だったのですね・・・」
「真名・・・?」
初めて聞いたミヤのフルネームに、驚きを隠せない僕たち。
「・・・言うタイミングがあまりなくて話せなかったんだけど・・・。私が名前しか名乗らなかったのは、“クエズウラ”という姓が代々クリムゾロのアンコンダクターとその一族だけが持つモノだったからなの」
「そうだったんだ・・・」
僕はポツリと呟いた。
でも、今まで話せなかったのは「大魔王ダースの娘である」というのを隠したかったというのもあったから、仕方のない事だよね・・・
彼女の出生に関する事情もあり、今回僕らに対して秘密にしていたのは、仕方のない事だとすぐに理解を示す事ができたのである。
「とりあえず、仕切りなおして・・・。えっと・・・?」
「・・・カリユシだ」
セキが前にいるこの女性の方を見ると、彼女は自分の名前を名乗った。
「・・・ファーストネームは・・・?」
ランサーが鋭い瞳でカリユシって人を睨みながら言う。
そんな彼を見たカリユシは、黙り込んだ。
「カリユシ様は、この世界でも微妙な立場なの。だから、あなたたちごときに、真名を教えるわけにはいかない!!」
彼女の横で、険しい表情をしたアモーネさんが身構えていた。
「微妙な立場・・・?」
「・・・私の事はとりあえず置いといて・・・。ダースの娘よ、先ほど何か言いかけていたようだが・・・?」
「え・・・?はい・・・」
カリユシの視線がミヤの方に向く。
「えっと・・・。私達は貴女が精霊タイブレスに直接会えると、“フィシュビトラー”のスコウ陛下から伺ったのですが・・・」
「確かに、私は数いるアンコンダクターの中で唯一、時の精霊タイブレスに直接会う事のできる者だが・・・。もしや貴女は、父親へ会いに・・・?」
無表情だったこの女性の表情が少し変わったかと思うと、ミヤは黙って頷いた。
「貴方たちがテアビノへ入るのを判断するのは私の役目ではないので、連れて行くだけは可能だが・・・」
「だけど・・・何かあるんですか?」
セキが真っ直ぐな瞳で、カリユシさんを見る。
「2・3日は安静にしていないといけないって事だよ!!」
気が付くと、僕達の後ろに金髪で黒い瞳をした、40~50代くらいのおじさんが立っていた。
「誰・・・!!?」
「ああ、失礼。俺はナモン・ルン・アグゼリオ。・・・まぁ、カリユシ(そいつ)の身内みたいなモノよ!」
僕らが不審がっている表情を見たこのおじさんは、カリユシさんを指差しながら自分の名前を名乗った。
「安静に・・・って、どういう事なんだ?おっさん!」
ランサーがこのナモンって人に尋ねる。
「・・・この俺をおっさん呼ばわりとは・・・やっぱり肝が座っているなぁ・・・!!」
「“やっぱり”・・・?」
「ナモン・・・!!」
不思議そうな表情をしながら呟いたランサーの間に、カリユシさんが割り込んでくる。
「ああ・・・悪い悪い!!・・・実は、日常生活には支障はないんだが・・・この世界の“アンコンダクター”であるカリユシは、数日ほど時空魔法を使えない日というのがあるんだ」
「“時空魔法”・・・。それって、世界と世界を行き来する事も入っているのですか?」
「ああ」
ナモンが説明し、カリユシさんが低い声で頷いた。
「じゃあ、2・3日程経過すれば、僕らを時の精霊タイブレスに会わせてくれるって事なんだよね!?」
「ああ。その時には、魔法も使えるようになっているからな・・・」
カリユシさんのその台詞を聞いた僕は、心の中で喜んでいた。
一方で、複雑な思いもあったけど・・・。
※
俺達がいた世界を抜け出してから、俺の頭の中でいろんな事が起こっていた。召喚獣ツアルと会った際には、頭の中に、何かのヒビは生えた音がしたり、次元移動の際に、ミヤちゃんやスオウ国王の額に現れた光の紋章に対してデジャヴを感じたり等、様々だ。そして、極めつけはこの“マナ・アトラト”に来て、記憶にないはずなのに、身体がこの地を知っているような・・・不思議な感覚に陥っていた。
いくら俺でも、こんなにいろんな事があっちゃあ、頭も混乱するぜ・・・
あれから、カリユシっていうこの世界の“次元の狭間を管理する者”との会話が終わり、彼女の家に2・3日滞在する事になった。
あのカリユシっていうべっぴんさん・・・見た目が、俺とそっくり・・・
俺はそんな事を考えながら、先ほどまでしていた会話を思い出していた。
「2・3日の間、どうしようか・・・」
「僕はあのテーマパークで遊んでみたいな♪」
「駄目だ」
シフトの提案を聞いたあのべっぴんさんが、即刻却下した。
「どうして・・・?」
「それは・・・・君が召喚獣だからだ」
「・・・・なんで、それだけで駄目なの!?」
“召喚獣”の言葉に反応したシフトは、鋭い視線で彼女を睨む。
「・・・それについて、一つ言わせてもらおう」
ナモンとかいうおっさんが、真剣な表情をして話し始める。
「この世界“マナ・アトラト”は、お前達も知っての通り文明の発達した世界だ。だが、それは・・・ある種族の大きな犠牲の上で成り立っている・・・」
「“大きな犠牲”・・・?」
その台詞を聞いたソエル姉さんが、深刻な表情になる。
「この国にはかつて、”デスティニーロ族”という種族が存在していた・・・。今はほとんどいないが・・・」
「どうして・・・今はあまりいないんですか・・・?」
セキが恐る恐る尋ねる。
「彼らは、魔導石の力の源である“魔導”というエネルギーを生まれつき持った種族だからだ・・・」
「え・・・・っ!!?」
俺や皆の表情が一変する。
「・・・って事は、そのデスティニーロ族?が“魔導石”を創っていたって事!!?」
シフトの表情が物凄い険しくなっていた。
おそらく、最初の台詞の意味を理解できたという所か。しかし、俺はふと疑問に思う。
「・・・そんな非人道的な事が起きているっていうのに・・・国民は何も思わなかったのか・・・?」
この時、ナモンの視線が、真っ直ぐ俺に向いているのに気が付いた。
「・・・そもそも、デスティニーロ族が“魔導”を生まれつき持ち、お前らの世界でいう“魔術”も生まれつき使えるという事実・・・それ自体、国民は知らされていなかったんだ・・・。故に、20年前、あんな悲劇が起こった・・・」
「悲劇・・・?」
その言葉を聞いて、何故かはわからないが、心臓が跳ねたような感覚を覚える。
しかしその後、カリユシの淡い水色の瞳が潤んでいる事の方が相当印象的だった。
あのべっぴんさん・・・もしかして、そのデスティニーロ族の女性なのか・・・?
俺はボーッとしながら、そんな事を考えていた。ナモンははっきりとは言わなかったから、確実とは言えないが・・・彼女がアンコンダクターである事を差っぴいても、俺くらい・・・もしくは、俺以上の魔力を最初に見た時から感じていた。だから、きっとそうなのかもしれない。
俺って、もしかして・・・
「・・・考え事か・・・?」
「うわっ!!!」
民家の屋根の上で寝転びながら考え事をしていると、いきなり頭上から声がしたので、俺は物凄く驚いた。
瞬時に起き上がってみると、そこにはカリユシが俺のいる屋根まで登ってきている。
噂をすれば、何とやら…ってかんじか
内心でそんな事を考えていた。
「まぁ…な。…何か用かい?」
「いや…これといった用事はないのだが…」
そう呟きながら、俺の隣に来て座る。
「あんたは…家族とかいないのか…?」
「え…?」
「いや…。どう見てもあのおっさんは君の親父さんではなさそうだし、アモーネちゃんだって身内じゃなさそうだからつい…な」
俺の台詞を聞いたカリユシは、黙り込む。
俺ってば、何訊いているんだろう…
何だか変な質問をしてしまったような気がして、ひどく恥ずかしかった。
「いや…言いたくなければ、別にいいんだ!ただ…」
「…お前は賢い奴だな…」
「え…?」
複雑そうな表情でフッと哂いながら、話し始める。
「…察しのとおり、私は20年前に虐殺されたデスティニーロ族の人間だ。だから…家族はいない…」
「そうか…。悪い…」
もしかしたら…という予想は、おそらく当たりのようだ。
「俺も…あんたと同じなんだ…」
「ランサー…?」
「俺にも家族はいない…。俺を拾って育ててくれた奴はいるけど、そいつとの血のつながりはない…。それと…もしかしたら、俺もあんたと同じデスティニーロ族じゃないか…って考えているんだ」
俺とカリユシとの間で、沈黙が走る。
「ランサー…お前は…」
「ん…?」
「お前は、クリムゾロではどんな人生を送ってきたんだ…?」
「あー…。施設暮らしはうんざりだったけど、グリフェニックキーラン…魔術学校に通っていた頃は、なんだかんだで楽しかったな…」
「魔術学校…。そんなモノがクリムゾロにはあるのか…?」
「…もしかして、”マナ・アトラト”以外の世界に行った事ないのか…?」
俺としては、”次元の狭間を管理する者”だから、一度や二度は他の世界に行った事があるのではと考えていた。
「我々アンコンダクターは基本、自分が住む世界以外で長く滞在する事は不可能なのだ」
「でも、ミヤちゃんの親父さん…大魔王ダースは今、”テアビノ”にいるよな…?」
「…あの件に関しては、特別だ」
「"特別”…?」
「あやつはテアビノに行く前、私の元を訪れ、「時の精霊タイブレスに会わせてほしい」と頼んできた。その後、精霊と何を話したのかはわからないが…テアビノでの長期滞在を許可されたらしい…」
「ふーん…」
本当はもっと具体的な事を彼女から訊きたいと思ったが…とりあえず、無理に訊くのは良くないと考えた俺は、話題を変えることにした。
「そういえば、あのナモンっていうおっさん…只者じゃないだろ…?」
「…気がついたか…」
「…まぁ、クリムゾロでお偉いさんとか、いろんなタイプの人間を見てきたから、表か裏の人間かぐらいは見抜けるさ…」
「ふふ…」
その瞬間、彼女がクスッと笑った。
「ランサー…お前は、本当に優秀な男だな…」
最初は無表情なお姐さんかと思っていたが…その自然な微笑みは、ソエル姉さんとはまた違った魅力を感じていた。
普段だったら、「いやぁ~!!やっぱり俺様、天才っしょ~?」ってふざけていたが…何だかこの微笑を、以前も見たことあるような…という、デジャヴがまた起こっていた。そのため、ただ彼女を見つめるしかできなかった。
俺やカリユシは気がついていなかったが、俺らの会話を盗み聞きしていたアモーネちゃんが家の中へと入っていく。
「アモーネさん…どうかしましたか…?」
入ってきた彼女を最初に見つけたミヤちゃんが、声をかける。
「いえ…何も…」
アモーネちゃんはそっぽ向いたと思うと、寝室の方へ行ってしまった。
「どうしたのかな…?」
ミヤちゃんはボソッと呟く。
だが、盲目である彼女は、アモーネちゃんが深刻そうな表情をしているのに、当然気がついていないのであった。
いかがでしたか。
”ランサー編”なのに、最初から本人の語りで始めなかったのは、第三者から見て普段の彼と今はどう違っているのかを客観的に書くために今くらいに出しました。
次回もお楽しみに♪
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